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米中対立先鋭化の下での日中関係
市川 眞一
2023/08/22

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概要

米中両国の対立が先鋭化するなか、中国経済には失速の懸念が払拭できなくなった。設備、不動産への過剰投資が需要減速で顕在化、成長率が鈍化していると見られるからだ。また、中国への直接投資は1998年以降で最低水準となり、米国の対中輸入は急減している。米国政府が経済安全保障上の貿易管理を強化、リスクを嫌う民間企業は中国とのビジネスを自主的に控える動きが背景ではないか。7月1日に施行された中国の『改正反スパイ法』も運用の不透明さから西側企業が対中ビジネスを敬遠する要因と見られる。そうしたなか、習近平政権には、西側諸国との関係改善への兆しが見られるようになった。経済の停滞が中国国内における体制批判へ至るリスクを意識しての動きだろう。岸田文雄首相は、就任以来、米国のジョー・バイデン大統領との緊密な関係構築に腐心してきたと言える。強固な日米関係を土台として、今後は対中関係の改善に動くのではないか。経済の行き詰まりが、習近平政権に日本との対話を後押しする可能性があるからだ。



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■ ノイズは多いが成長率は鈍化傾向

新型コロナ前の2019年までの5年間、中国の実質成長率は年平均6.8%だった。今年前半は5.8%であり、減速の兆しが強まっている。昨年12月よりゼロコロナ政策がなし崩し的に解除され、本来、足下は力強いリバウンドの局面だ。それにも関わらず、設備、不動産の過剰投資が需要の失速で顕在化し、経済成長の重石になりつつある。1990年代の日本経済との類似性を指摘する声も聴かれるようになった。

 

 

■ バイデン政権による対中政策で中国からの輸入は減少傾向

中国の需要減速は輸出の停滞が一因と言える。米国の統計では、今年前半、対中輸入額は前年同期比25.2%減少した。その結果、米国の財に関する対中貿易赤字は昨年同期に比べて692億ドル減少している。2018年、米国の輸入総額に対する中国の比率は21.2%に達していたが、直近12ヶ月は14.9%になった。背景には、米国政府による経済安全保障上の貿易管理強化があるのではないか。

 

 

■ 2023年4-6月期の対中直接投資は過去20年で最低水準

中国国家外貨管理局によれば、今年4-6月期の中国に対する国外からの直接投資は前年同期87.1%減の49億ドルになった。ゼロコロナ政策の期間は対中投資の意思決定が滞ったと見られるだけに、時間の経過と共に回復するとの見方もある。もっとも、米国の規制強化、中国の改正反スパイ法により、企業にとり中国への直接投資はリスクが格段に高まっている。当面、元に戻るシナリオは描き難い。

 

 

■ 習近平主席の治世下で成長率は顕著に低下

昨年秋の共産党大会で3期目に入った習近平中央委員会総書記(国家主席)だが、経済がアキレス腱になりつつあるのではないか。任期が5年だった李先念、楊尚昆両国家主席、10年の江沢民、胡錦涛両主席の下、中国は年平均8~12%の高い実質成長を遂げていた。習主席の場合は6.1%であり、直近5年だと5.0%に止まる。共産党一党独裁体制だけに、経済成長率の鈍化は国民の政権への不満の温床になりかねない。

 

 

■ 若年者の高失業率は国民による不満の温床になる可能性

習主席にとって特に頭が痛いのは、若年層の失業率が20%を超えたことだろう。国家統計局は、7月からこの数字の発表を中止した。習主席はテクノクラートやビジネス界のエリートを養成してきた共産主義青年団(共青団)を排除、側近で政権中枢を固めている。結果として、意思決定が円滑な一方で、批判がないため独善的な失敗に陥るリスクがある。また、経済の行き詰まりは、ストレートに習主席への批判になりかねない。

 

 

■ 日本の対中輸入額は高水準を持続

第2次安倍政権後半、日中関係は劇的に改善した。しかしながら、新型コロナ禍の下、米国でジョー・バイデン大統領が就任して以降、菅義偉前首相、岸田文雄現首相は安全保障、経済安全保障を中心に日米関係の強化に注力している。畢竟、日中間の対話は滞り、外交関係は悪化した。一方、貿易を見ると、日本の対中輸入額は過去最大に近い。経済面での関係は維持されてきたと言える。

 

 

■ 2023年前半における中国からの訪日客は低水準

経済的な行き詰まりからか、中国の対西側外交には変化の兆しが見られる、豪州への貿易制裁解除や日米を含む78ヶ国・地域への団体旅行解禁などが一例だ。ちなみに、中国からの観光客は、2019年1-7月には訪日外客の28.4%を占めていたが、今年1-7月は7.0%に過ぎない。今秋以降に訪日する中国人観光客が大きく増加した場合、日本のインバウンド消費は2019年の水準を回復しよう。

 

 

■ 今秋は岸田政権にとり対中関係改善の好機

経済問題から中国が日中関係の改善を望んでいるとすれば、岸田政権にとり好機と言える。8月末に岸田首相の親書を携えて訪中する公明党の山口那津男代表に対し、中国側の接遇が当面の注目点だろう。また、9月上旬のASEAN関連首脳会議では、岸田首相と李強国務院総理の会談が行われる見込みだ。その上で、11月のAPEC首脳会議では、岸田、習両首脳による2度目の会談が調整されるだろう。

 

 

■ 米中対立先鋭化の下での日中関係:まとめ

APEC首脳会議で1年ぶりのトップ会談が実現すれば、岸田政権下における日中間の対話がようやく軌道に乗ることになる。もちろん、それで安全保障上の懸念が消えるわけではない。ただし、米国、欧州、豪州が中国との対話を進めつつあるなか、日本だけが取り残された場合、経済にマイナスの影響を及ぼす可能性がある。中国が経済的事情により西側主要国との関係改善を望んでいるとすれば、それは日本にとっても好機に他ならない。また、米国に対しても重要な交渉上のカードになるだろう。

 


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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