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持続可能性に懸念高まる社会保障
市川 眞一
2023/08/29

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概要

人口減少、高齢化が急速に進むなか、日本の社会保障制度には持続可能性に疑問符が付きつつある。国立社会保障・人口問題研究所が発表した2021年度の社会保障費用統計によれば、給付費の総額は前年度比4.9%増の138兆7,433億円になった。新型コロナにより医療費が大きく拡大、全体を押し上げたことが高い伸びの背景だ。もっとも、今後、高齢化が一段と進めば、給付総額の拡大は続くだろう。一方、財源に関しては、現役世代の減少により、保険料収入は逓減傾向が避けられそうにない。そうしたなか、現在の給付水準を維持するためには、保険料率の引き上げか、公的負担の増加が求められるが、いずれも簡単ではないと見られる。国民皆保険・皆年金を実現した日本の社会保障制度は、戦後の早い段階で設計された。前提は人口が伸びる社会である。しかしながら、1990年代に入って、経済成長率と社会保障給付の伸びには大きなギャップが生じた。社会保障制度の見直しは避けられず、自助による老後への備えが求められている。



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■ 給付額は年2.6兆円のペースで増加

2021年度の社会保障給付額が前年度比4.9%の高い増加率になった要因は、新型コロナによりワクチン接種など臨時の支出が大きく、給付費全体を3.6%ポイント押し上げた。一方、過去50年以上に亘って社会保障費は年2兆6千億円のペースで増加してきた。医療の高度化による単価の上昇に加え、高齢化の進捗、さらには2000年4月からの介護保険制度導入など、サービスを拡充してきた結果だ。

 

 

■ 保険料46.2%、公的負担40.5%

2021年度における社会保障給付の財源については、被保険者及び事業主による保険料が75兆5,227億円で全体の46.2%を占め、国庫負担が同29.3%の47兆8,337億円で続く。つまり、保険料と国庫負担で全体の4分の3を賄っているわけだ。今後、社会保障給付の水準を維持するため、給付費が拡大する場合、保険料率の引き上げ、もしくは国庫負担の増額が避けられないだろう。

 

 

■ 国費負担が急速に増加

過去20年間で見ると、社会保障給付費の総支給額が総計2,302兆円だったのに対し、社会保険料は被保険者と事業主を合わせて1,369兆円、公的負担は890兆円、合計で2,260兆円だった。安定財源では42兆円足りなかったわけだ。これを補ったのが資産運用益の累計228兆円だ。年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)など公的年金部門などが稼ぎ出したものが主と見られる。

 

 

■ 高齢者向けの給付費は高齢者以外の4倍

国民皆保険、国民皆年金を軸とする現行の社会保障制度を維持する上で、最大の問題は人口減少と高齢化に他ならない。例えば、国民1人当たりの社会保障給付額は、2021年度の平均で113万9千円だった。65歳未満だと同61万9千円なのだが、65歳以上の高齢者の場合は、現役世代の4倍近い230万4千円になる。高齢化が社会保障制度に与えるインパクトは、極めて大きいと言えるだろう。

 

 

■ 楽観的見通しでも高齢者の比率は増加

2022年における日本人の人口構成は、15~64歳の生産人口の割合が58.8%、65歳以上の高齢者は29.5%だった。国立社会保障・人口問題研究所の将来人口推計では、出生率、死亡率が共に中位のシナリオの場合、20年後の2042年には生産人口52.7%、高齢者37.1%、30年後の2052年は生産人口50.6%、高齢者39.5%になる。社会保障制度の抜本的な改革が検討されるのではないか。

 

 

■ GDPと社会保障給付額は「ワニの口」状態

日本の社会保障モデルは、戦後、人口の増加を前提として設計され、1980年代までは非常に上手く機能してきた。ところが、1990年代に入って成長力が急速に低下する一方、制度設計の見直しが進まなかったことから、国民1人当たりが生み出す付加価値(GDP)と社会保障給付の間に大きなギャップが生じている。既に医療保険では財政難に陥る保険者が続出しており、制度の持続に関する懸念が強まった。

 

 

■ 人口推計中位、TFP0.9%の伸びが前提

2019年に行われた公的年金の財政検証では、将来における人口の推移が出生率・死亡率ともに中位だった場合、制度の骨格を維持するためには、全要素生産性(TFP)の伸びが年平均0.9%以上であることが必要とされた。しかしながら、人口の推移は予想を下回り、TFPの伸びも0.5%程度に止まっている。2024年に実施される次の年金財政検証は、厳しい結果となることが予想される。

 

 

■ 日本は半分以上が現預金

個人金融資産のアロケーションを日米欧で比較すると、公的社会保障制度が充実しているとは言えない米国では、株式の比率が高く積極的な運用が行われている。一方、一般に公的社会保障の充実した欧州では、現預金、株式・投信、保険・年金が概ね3等分とされた。日本の場合、現預金が5割を超えているが、背景はデフレ状態が続いてきたことに加え、国民皆保険・皆年金制度に対する信頼感だろう。

 

 

■ 持続可能性に懸念高まる社会保障:まとめ

想定を大きく超えるスピードで進みつつある人口減少・高齢化の下、日本の社会保障制度の持続可能性に懸念が生じている。皆保険・皆年金を維持する上でも、給付の縮減、保険料率の引き上げ、公的負担の増加は避けられないのではないか。特に給付の縮減に対して、備えがあるとすれば、それは金融資産の運用に他ならない。社会保障の充実した欧州でも、現預金、株式・投信、保険・年金の比率は1対1対1だ。日本の家計の金融資産の運用は、欧州型のアロケーションを目指すのが現実的だろう。

 


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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