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それでも利上げは峠を越えた
市川 眞一
2023/03/10

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概要

3月7日に行われた米国連邦議会上院銀行委員会において、FRBのジェローム・パウエル議長は、3月21、22日のFOMCで50bpの利上げが行われる方向性を強く示唆した。これまでの同議長の言動から見て、その可能性が強まったことは間違いない。ただし、FRBの利上げは既に峠を越え仕上げの段階にあるのではないか。実質賃金の伸びがプラスを回復しつつあるからだ。



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50bp利上げの場合:実質金利はプラスへ転換

パウエル議長率いるFRBの特徴は、金融政策に関し、市場の予見可能性に強く配慮してきたことだ。同議長やFRB幹部は、講演や会見、パネルディスカッションの機会を積極的に活用、次の政策についてかなり踏み込んだ発言を行ってきた。歴史的な緩和期からの出口戦略の途上であるだけに、市場との対話を特に重視しているのだろう。

7日の上院銀行委員会の証言において、パウエル議長は「経済指標が全体としてより速い引き締めを正当化するのであれば、利上げのペースを速める準備をしたい」と語った。これは、3月21、22日に開催が予定されるFOMCにおいて、25bpではなく、50bpの利上げを行う方向を示唆したと見られる。同議長の発言に関するこれまでのトラックレコードから考えると、その可能性が高まったと考えるべきではないか。

FRBがベンチマークとして重視するコア個人消費支出(PCE)物価は、1月、前年同月比4.7%の上昇だった(図表1)。

高水準ではあるが、エネルギー市況の落ち着きなどから、トレンドとして上昇率は縮小傾向と言えよう。一方、現在のFFレートの誘導水準は4.50~4.75%であり、仮に50bpの引き上げであれば5.00~5.25%だ。その場合、実質金利がプラスに転じるわけで、米国の金融政策は節目を迎えることになる。

 

 

物価上昇圧力が再び強まるのであれば、FRBは利上げを含むあらゆる手段を講ぜざるを得ないだろう。しかしながら、2021年春以降、米国のインフレをリードした原油などエネルギー関連は既に物価に対して中立になりつつある。FRBの利上げは仕上げの段階にあるのではないか。

 

実質賃金の伸びはプラスへ:「悪い物価上昇」から「良いインフレ」へ変化

議会証言でパウエル議長が足元の経済指標について「予想よりも強い」と繰り返したのは、主として雇用関係のデータを示すと見られる。米国の人手不足は構造的な要因が背景にあり、歴史的な雇用の逼迫を背景として、賃上げ率が今後も高止まりする可能性は否定できない。つまり、インフレの主役はエネルギーから賃金へシフトした。

エネルギー主導のインフレと異なり、賃金主導のインフレは多くの国民に裨益するだろう。実質賃金の伸びがマイナスであれば、経済的に成長の阻害要因であるだけでなく、政治的にも大きな問題だ。実質購買力の減少に直面する有権者の間で、政権に対する不満が強まりかねない。

一方、足元の米国経済を見ると、エネルギー価格の影響が低減したことで物価上昇率が縮小し、実質賃金の伸びがプラスに転じてきた(図表2)。この状態であれば、かならずしもインフレを「悪い」と決め付けることはできないだろう。

 

 

インフレ圧力がもう少し落ち着けば、コアPCE物価上昇率が2%へと下がらなくても、FRBは利上げを停止、累積効果を見極める段階へ移行すると考えられる。つまり、少なくとも2023年中に利下げが行われる可能性も低い。それだけ、米国経済のファンダメンタルズは堅調であるとも言えそうだ。


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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