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- 金価格、「2つの逆風」はかなり織り込まれた可能性
金価格は2026年1月29日に1トロイオンス=5,595.47ドルの過去最高値を付けた後、2月28日の米国とイスラエルによるイランへの軍事行動を境に大幅に調整し、3月下旬以降は大きなボックス圏で推移している。3月以降の価格調整のドライバーは金利上昇と期待インフレ率の低下だったが、いずれも市場価格にかなり織り込まれた可能性がある。一方、4,000ドル近辺では買い圧力が繰り返し確認されており、世界の中央銀行による継続的な金購入に加え、米国の財政問題やトランプ大統領の行政権限の強化を巡るリスクといった構造的な支援材料も残っている。金は短期的なパフォーマンスにかかわらず、通貨価値の不安定化への備えとポートフォリオ分散の目的で保有する意義があると考える。
■ 金価格は3月下旬以降、大きなボックス圏で推移
金価格は、2026年1月29日に1トロイオンス=5,595.47ドルの過去最高値を記録した後、2月28日の米国とイスラエルによるイランへの軍事行動をきっかけに大幅な調整に転じ、3月26日には一時4,099.17ドルまで下落した。もっとも、当時の200日移動平均線(4,091.86ドル)が下支えとなり、当時は長期の上昇トレンドラインは維持された(図表1参照)。
■ 金利上昇というマイナス材料は、かなり織り込まれた
米連邦公開市場委員会(FOMC)は6月17日、フェデラル・ファンド(FF)レートの誘導目標を3.50~3.75%に据え置いた。声明では、中東紛争を一因とする不確実性と、エネルギーを含む供給ショックを背景に、インフレ率が2%目標に対してなお高い水準にあると指摘している。FOMCメンバーの経済見通し(SEP)では、FFレート予想の中央値は2026年末3.8%、2027年末3.6%と示された。なお、ウォーシュ議長自身は、SEPの現行形式に対するかねてからの見解に沿ってドット(金利予想)を提出しておらず、中央値の解釈には一定の幅がある点には留意が必要だ。
注目すべきは、2026年末FFレート予想の動きだ。トランプ政権が誕生し、移民政策や関税政策が次々と施行されてゆくにつれ、景気減速と雇用悪化を織り込む形で、当時4.25%~4. 5%が誘導目標だったFFレートに対して、2026年末には、3%割れまでの利下げ見通しが市場には織り込まれていた(図表2参照) 。昨年9月に利下げが再開される直前には一時2.5%までの利下げまでもが予想されていた。
その後12月にかけて3回連続利下げされるわけだが、その後も今年の2月末にイラン戦争がはじまるまでは、一貫して2026年末のFFレート予想は3%前後で推移していたことがわかる。つまり、年初も市場参加者は今年は利下げの年と予想していたことになる。
ところがイラン戦争がはじまると状況は一転した。ホルムズ海峡の事実上の封鎖により、供給ショックから原油価格が高騰。それがインフレ懸念の高まりへとつながり、2026年末のFFレート予想は利下げ予想から一気に利上げ予想にまで転じて、6月には4%を超える水準にまで上昇した。政策金利の動きに敏感な米2年国債利回りも、こうした政策金利見通しの利下げから利上げへの大幅な転換をうけて大きく上昇。これが特に金ETFの需給の変化を通じて3月以降の金価格の下押し圧力につながった。
では今後も金利上昇という逆風の影響が続くのだろうか。図表2をつぶさに観察すると、市場は、今後の利上げを過度に織り込んでいるのが実態ではないだろうか。例えば、2026年末FFレート予想は、6月開催のFOMCメンバーの2026年末のFFレート予想の中央値を上回っている。さらに、米2年国債利回りをみると、FOMCメンバーは来年のFFレートを今年より低いと予想しているにもかかわらず、市場の2026年末FFレート予想よりも米2年国債利回りは上にある。本来米2年国債利回りは今後2年の短期金利の動きを反映したものであるなら、2025年にみられたように年末と翌年末のドット・チャートにそって動いてもおかしくないのだが、現在の利回りはそれを上方に乖離している。
そのため、今後政策金利見通しが6月のFOMCで示された中央値へと戻るだけでも金利低下につながり、金価格の上昇要因となる。
■ 期待インフレ率の低下も、すでに相当程度先取り
市場の期待インフレ率も、相当程度、金価格にとっての逆風を織り込む動きが進んでいる。米2年期待インフレ率は、イランへの軍事行動以降に一時上昇したものの、4月に入ると中東和平への期待、さらにはその後のタカ派的な金融政策への期待を背景に低下に転じ、7月に入るとFRBのインフレ目標である2%をも下回り、第二期トランプ政権誕生以降で最低水準まで低下した(図表3参照)。
さらに、ウォーシュFRB議長は議長就任前から、インフレ指標として刈込平均PCEインフレ率の重視を主張してきたが、2年・5年・10年のいずれの期待インフレ率も、それを下回る水準まで低下している。それだけイランとの和平交渉に対する期待とタカ派的金融政策の期待に加えて、昨年の後半に見られたような、将来の景気減速を織り込んでいるともみられるが、こうした期待インフレ率の低下は、実質金利を引き上げる要因として働くことから、この低下も金価格にとっての大きな逆風として吹いていたことになる。
通常は景気後退が意識される局面においては、期待インフレ率は低下する一方で、金利も低下する傾向にあるため、実質金利がどちらの方向に動くかは、期待インフレと名目金利のどちらがより大きく動くのかに依存し、どちらにも動きえる。
ただ、今回に限って言えば、期待インフレ率が低下するなかで、名目金利はタカ派の金融政策を織り込んで上昇するという、金にとってはもっとも好ましくない組み合わせが生じていたといえるだろう。
また、この期待インフレ率についても、再び中東での地政学リスクが高まりインフレ懸念が台頭すれば、上昇する可能性は高まり、それは金価格にとってプラス材料となるだろう。また、FRBの金融政策の方向性についても、いまだに不確定要素が多いことを考えると、過度に織り込んでいる利上げ見通しが剥落すれば、それもまた金価格にとってプラス材料となろう。
■ 今後の見通し
ここまでの検証が示すとおり、市場は今後の利上げを過大に織り込んでいる可能性が高く、期待インフレ率はFRBの目標を割り込む水準まで低下した。過度に織り込まれた利上げ見通しの剥落、あるいは期待インフレ率の持ち直しがあれば、金はボックス圏を形成したのち、上に抜ける可能性があるだろう。その観点で注目すべきは、今後のFRBの金融政策の行方を左右しうる五つのタスクフォースの帰結と、なおくすぶる中東情勢だ。
前者は、FRBが7月9日に共同リーダー15名を公表した政策点検の作業部会である(コミュニケーション、バランスシート政策、経済データ、生産性と雇用、インフレ枠組みの5部会)。ウォーシュ議長は、秋に中間的な整理、年末までに大半の部会が結論に至るとの時間軸を示している。市場にはこれをタカ派的な制度改革の布石とみる向きもあるが、15名の過去の発言を一次資料でたどる限り、この人選を単純にタカ派やハト派へのバイアスを実現するための仕組みと読むことはできない。
第一に、量的緩和(QE)の否定が既定路線なわけではない。バランスシート部会を率いる一人であるスタイン元FRB理事は、過去の資産購入の効果を認めたうえで追加緩和の限界的な費用対効果を問うてきた立場であり、直近では、バランスシートの規模論が政治的な争点と化していることをむしろ牽制した。ラジャン元インド準備銀行総裁も、市場危機時の一時的流動性供給のための資産購入は評価しつつ、国債購入が政府の資金調達の一部と化すことへの境界線を求めており、部会の焦点は「規模の縮小競争」ではなく「運営原理の言語化」にあるとみられる。
第二に、人選はタカ派一色でもない。マンキュー元CEA委員長は2022年、行き過ぎた引き締めは誤りを重ねるだけだと公然と警告した人物であり、ダイナン元米財務省チーフエコノミストは、金融政策をルールで縛る立法に一貫して反対してきた裁量ベースでの運営の擁護者だ。
現に6月のFOMC議事要旨でも、先行きの政策金利の水準観は、現行レンジ内かやや下とみる参加者と、上とみる参加者に二分されており、委員会は一枚岩ではない。地区連銀総裁を中心にタカ派的な発言が目立つ現在の委員会において、学界と市場実務の大御所たちが議論を理論の整理、計測の改善、説明様式の再設計へと導くのであれば、結果として過度な利上げバイアスを抑制する方向に働く可能性がある。
年末の提言が「引き締めの制度化」と受け止められれば実質金利の上昇を通じて金への逆風が残る一方、「政策判断の情報基盤の近代化」に収まるならば、行き過ぎた利上げ観測の修正を後押ししよう。また、バランスシート部会の議論が国債購入と財政の境界という制度問題に踏み込み、それが市場に不確実性と受け止められる場合には、かえって金の支援材料となりうる点も付言しておきたい。
後者の中東情勢については、ブレント原油先物価格が7月1日に付けた1バレル=71.57ドルを底に再び上昇傾向に転じており、先行きには注意が必要だ。ただし、有事の再燃が前回と同じ形で金の逆風になるとは限らない。2月末の開戦時には、市場はなお年内の利下げを織り込んでいたため、原油高を起点とするインフレ懸念は利下げ観測の剥落と名目金利の急上昇を招き、期待インフレ率の上昇を打ち消して余りあるかたちで金価格の下押しに働いた。しかし現在の初期条件は当時とほぼ逆である。政策金利の予想はすでに利上げ方向へ過度に傾き(図表2参照)、期待インフレ率は開戦前の水準をも下回るまで低下している(図表3参照)。名目金利に一段のタカ派化の余地が乏しいこの状況では、原油価格の上昇にともなう期待インフレ率の持ち直しは、素直に実質金利の低下として働きやすい。ここからの原油高は、金価格にとってむしろプラス材料へと性格を変える可能性すらあるだろう。
■ リスク要因
リスク要因としては、短期的な市場ストレスの高まりに伴うドル高を挙げておきたい。過去、急性の市場ストレス下では、換金売りと世界的なドル資金調達需要から安全資産とされる金も一時的に売られ、ドル高がその下押しを増幅してきた。リーマン危機ではドル実効レートが約2割上昇するなかで金は高値から約3割下落し、コロナ・ショック時も金は2週間で約12%下落している。目先も、不確実性の高まりが「ドルへの逃避」を伴う形で顕在化すれば、金価格には更なる調整のリスクがある。
ただし、その規模は初期条件に依存する点が重要だ。リーマン危機の直前、ドル実効レートは10年平均を2割以上も下回る歴史的なドル安水準にあり、危機時の急激なドル高はその反動という側面が強かった。金の3割に及ぶ下落は、この「ドルの巻き戻し余地」が極端に大きかった局面の産物である。翻って現在は、ドルは2025年初のドル高ピークから既に7%超の修正を経て、長期平均のほぼ近傍にある。ドル高方向への巻き戻し余地が限られるこの初期条件の下では、ストレス時の金の調整はあっても、リーマン型の深い下落が再現される条件は乏しく、下値は相対的に抑えられる可能性が高いとみる。
もっとも、いずれの局面でも金は株式に先行して底入れし(リーマン時は株式の底の4カ月超前、コロナ時は数営業日前)、1973〜74年、2000〜02年、2008年、2022年という株式の主要な調整局面のすべてで、金は同期間にプラスまたは横ばいを確保してきた。リスク資産の調整が長引く局面ほど分散資産としての金の効用はむしろ高まっており、短期のドル高に伴う調整はあっても、長期保有の観点からは段階的な保有拡大の機会を提供してきたといえる。
■ 長期・分散投資としての金の有用性
最後に、長期的な視点からも金価格を捉えておきたい。これまで見てきた実質金利や米ドル指数の変動は、金ETFへの資金流出入や先物市場における投機・ヘッジ・ポジションの変化を通じて、主として短期的な価格形成を左右する要因だ。これに対し、金価格の長期的な方向性を規定するのは、世界的な通貨供給の趨勢的な拡大と、それに伴う法定通貨の価値の希薄化である。
米国は7月4日、建国250周年という大きな節目を迎えた。その半分に当たる1901年以降の125年間を振り返ると、金で測った米ドルの価値は約200分の1に低下した。英ポンドは約700分の1、日本円に至っては約1万6,000分の1である。地政学リスクの高まりや戦費・財政出動のたびに、通貨の価値は金に対して階段状に切り下がってきた。金の長期的な上昇傾向がこうした通貨価値の希薄化に根ざすものだとすれば、高値から調整した現在の価格水準は、長期の資産保全の観点からは、むしろ保有を厚くする機会を提供しているという見方もできよう。
金は短期的なパフォーマンスにかかわらず、通貨価値の不安定化への備えとポートフォリオ分散の目的で長期保有する意義があると考える。
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