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AI企業の巨額調達は本当に“バブル”ではないのか
大槻 奈那
2026/07/17

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概要

AI関連企業による現在の巨額資金調達は、米民間債務とGDPの関係を見る限り、まだ過剰とは言い切れない。しかし、近い将来、AI関連投資の超過収益がマイナスとなるシナリオも指摘されており、様々な脆弱性が表面化すればその前にショックが生じる可能性もある。企業間の財務格差や、循環型ファイナンス、資産価値の過剰評価等の隠れた脆弱性、データセンター計画の遅延、中長期的な労働構成の変革に伴う需要の低下といった問題に最大限の注意が必要である。



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■ 米民間債務の膨張は、加速しつつも管理可能なペース

世界銀行によれば、米国の民間債務は2025年末にGDP比で200%を超え、リーマン前の207%に迫る水準となった(図表1)。主要国の中で比較すると、現在この比率が最も高いのが米国で、中国や日本がこれに続く。

更に、AI関連企業の巨額調達により、民間債務は今年以降急増する可能性が高い。主要ハイパースケーラー4社の合計設備投資額は今年だけで7,000億ドル近くに達し、こうした設備投資の半分近くが、自社のキャッシュフロー以外で手当てされると予想されている(図表2)。これに伴い債務残高の急速な拡大が見込まれている(図表3)。



■ リーマンショック前夜との違い

もっとも、こうした債務の水準だけで”危機前夜”と断じる状況にはない。バーゼル銀行監督委員会は、債務水準の過熱度を測る目安として、GDPのトレンドから10ポイントの乖離を挙げている。この水準は、危機の予兆を機械的に判定する基準ではないものの、過去の例を見ると、リーマンショックの前、2007年のサブプライムローンの行き過ぎは、まさにこの基準を上回っていたことなどから、一つの目安となる。


しかし現在の米国の民間債務は、まだ2000年以降のトレンド線上に乗った程度で、危険水域にはない。しかもAIの設備投資には一定のGDP押し上げ効果がある。今回の巨額調達は、2007年頃の住宅ブーム時代の債務膨張などとはだいぶ状況が異なる。


■ “コンテスト外部性”が招く過剰投資とその構造上の課題

では、どこまでが許容範囲なのか。




現在のAI関連業界では、少数の勝者が支配的な地位を得る可能性が高い。このため、過度な競争に陥りやすく、各社が合理的と考える投資を行っても、過剰を生むという「コンテスト外部性」が存在するとされる(Rungcharoenkitkul, 2026)。 こうした競争に追い立てられた設備投資額は過剰になりやすく、投資額が概ね3兆ドル(2期の累積、業界全体)を超えると、投資に関する超過収益がマイナスになると指摘されている(図表4)。なお、図表2の2.9兆ドルはデータセンター投資全体の調達額、図表4の3兆ドルはモデル上の業界投資額であり、算定の定義・範囲は異なる)。

投資額がかさむほど、ショックが回避できる確率は低下し、超過収益がマイナスになった時点では25%程度まで低下する。

■ AI関連企業の債務:その構造上の課題

これらの点から、過剰投資・過剰調達が過剰水準に達するまでには、あと1、2年の猶予がありそうだ。




しかし、現在の資金調達構造にも様々な脆弱性が浮き彫りになりつつある。

現在のAI産業の資金調達に関する主な論点は、1)トップ企業と下位企業のキャッシュフローの格差拡大、2)バランスシートの不透明性、3)プロジェクト遅延による収益の下振れ、4) 構造的な需要の低下、といったものである。



第一の論点は、情報通信企業間の財務力格差の拡大である。S&P500指数の情報通信セクター構成銘柄のFCFについては、平均水準はこの数年で安定している一方、上位企業と脆弱企業の差は拡大している(図表5)。市場の収益期待が続く限り調達は可能だろうが、その前提が崩れれば、脆弱企業の資金繰りは急速に悪化しうる。


こうした財務的に脆弱な企業に対する有利子負債の金額は急増している。例えば、BBB-格以下のIT関連企業では、有利子負債残高の指数が2025年後半以降、大幅に上昇している(図表6)。


第二に、業界のバランスシートの不透明性の問題である。とりわけ懸念されているのが、AI・半導体企業が別の企業に出資し、その見返りとして長期の購買契約を結ぶといった、いわゆる「循環型ファイナンス」の問題である。こうした取引は近年拡大しており、例えばAI開発企業の支出の過半が循環型ファイナンスに対応している(図表7)。



また、AI関連業界特有の財務上の課題として、減価償却期間の問題が挙げられる。BISによれば、GPU等の機械設備の法定減価償却期間は、通常5~7年程度と設定されている。しかし、実際にこれらが陳腐化する期間は2年程度とはるかに短いとされる。このため、AI産業のバランスシートに計上されている資産が過大に評価されており、これに対して債務が課題になっているのではないかという疑念が持たれている。また、データセンター建設を第三者に委託し、長期リースや特別目的会社を介する取引では、負債認識や注記開示を含む実態の把握が難しいとの指摘がある。

こうした不透明感を解消するため、米議会では、先月、金融機関に、AI関連企業の調達リスクに関する開示を義務付ける法案も提出されている模様だ。

第三に、データセンター建設の遅延や中止が相次いでいる点である。 資材や電力供給の確保、人的資源の制約、地域住民の反対等の影響で、承認済み案件の相当部分について延期・中断の可能性が指摘されている。

第四に、中長期的な需要不足のリスクである。AIによる生産性向上は供給を拡大させる一方、雇用を減少させうる。その結果、需要がボトルネックになり、思ったほどの収益を達成できない可能性もある。AI産業が“自分で自分の首を絞める”というシナリオである。この「需要ボトルネック・シナリオ」では、自然利子率はいったん上昇した後に低下し、2040年時点では現状維持シナリオを下回ると推計されている(図表8)。

■ リスク顕在化の条件

こうした脆弱性が市場で懸念されるようになった場合、ショックは想定よりも早く訪れる可能性があるだろう。

では、どのような局面でショックが発生しうるのだろうか。


過去のショック事例を振り返ると、①損失規模が市場にとってサプライズとなる、②金融システム全体に波及する、③当局による支援が後手に回る―といった条件が重なった時に大きな金融ショックが発生してきた。リーマンショックや日本の土地バブル崩壊は、その典型例である。今回も、キャッシュフローの弱い中堅企業の経営悪化がプライベートクレジットを含む金融システムに波及し、政府による支援が適切なタイミングで行われなければ、大きなショックが生じうるだろう。

こうしたシナリオは結果として杞憂に終わるかもしれない。それでもなお、あらかじめリスクに目を向けておくこと自体が、業界に陰りが見えた場合のショックを和らげる“緩衝材”となる。楽観が支配的な局面で、ショックが増幅されやすいという過去の教訓を意識し、リスクに敏感になっておくことには大きな意味があるだろう。

※AI企業の資金調達については、関連の動画 (ピクテBASEシリーズ)も併せてご参照ください。


大槻 奈那
大槻 奈那
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

内外の金融機関、格付機関にて金融に関するリサーチに従事。Institutional Investors(現Extel)によるグローバル・アナリストランキングの邦銀部門にて2014年第一位を始め上位。日本成長戦略会議・資産運用立国推進分科会構成員、財政制度等審議会委員、国家戦略特区諮問会議有識者議員、一橋大学理事、東京大学応用資本市場研究センターフェロー等を勤める。日本経済新聞 十字路、ダイヤモンド・マーケットラボ、DowJones読売Proの目、ロイター為替フォーラム等で連載。日経Think!エキスパート・コメンテーター、テレビ東京「モーニングサテライト」で解説。名古屋商科大学大学院 マネジメント研究科教授。東京大学文学部卒、ロンドンビジネススクールMBA、一橋大学博士(経営学)


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