Article Title
AIによる「人類滅亡論」 それでもAI相場が崩れなかった理由
田中 純平
2026/09/25

Share

Line

LinkedIn

URLをコピー


概要

AIが人類を滅ぼす――そんな刺激的な警告が広がっても、AI関連株はなぜ急落後に崩れなかったのか。株式市場が見ていたのは、恐怖そのものではなく、その先に広がる巨額需要と国家間競争である。本レポートでは、AI熱狂の底流にあるものを読み解く。



Article Body Text

AIモデルの暴走

2026年7月、OpenAIは、インターネットから隔離されたサンドボックス環境で評価中だった自社AIモデルが外部接続に成功し、Hugging Faceのインフラに不正アクセスした事案を公表した。米メディアによれば、この事案は高度AIの安全管理をめぐる重大な警鐘として受け止められ、業界内でテスト環境や監視体制の再点検を促す契機となった。実際、主要AI企業では、AIモデルの急速な能力向上を受けて、既存の安全対策や統制が十分であるかどうかを見直す動きが広がっている。

こうした流れの中、7月下旬には、OpenAIやAnthropicを含む主要AI企業の従業員1100人超が、AI開発のペースを意図的に抑制する仕組みを政府が後押しすべきだと求める請願書に署名したと報じられた。中でも特に注目を集めたのが、9月上旬にOpenAIでの勤務経験もある元Anthropic研究者のジェイコブ・コクソン氏がXに投稿した内容である。

同氏は、AnthropicとOpenAIが「再帰的自己改善(AIが、より高性能な後継モデルを自律的に開発できる能力)」を備えた人工超知能の開発競争に突き進んでおり、AIを本格的に開発しているチームは「AIがこの10年の終わりまでに人類を滅ぼしかねない」と本気で信じていると警鐘を鳴らした。

AI競争で中国が勝てば米国に明日はない

Anthropicのダリオ・アモデイ最高経営責任者(CEO)も9月12日のブログ投稿で、AIモデルの再帰的自己改善やHugging Faceへの侵入事案による脅威を例に挙げつつ、AI業界が協調して最先端のAI開発を減速すべきだと呼びかけた。この呼びかけに呼応する形で、米OpenAIのサム・アルトマンCEOや、AIモデルの開発も行う米SpaceXのイーロン・マスクCEOも賛同の意を示した。

果たして、AI開発は本当に鈍化するのだろうか。AI分野をめぐる投資競争は、先行者利益が極めて大きい点に特徴がある。一度この競争から脱落すれば、後発企業がその後に巻き返すことは容易ではなく、後戻りの難しい「チキンレース」のような状況に置かれていると考えられる。こうした構図のもとでは、たとえ倫理面で慎重な判断が求められる局面であっても、単純にブレーキを踏むことは難しい。

ベッセント米財務長官が9月8日、首都ワシントンのイベントで「(AI競争で)中国が勝てば明日はない」と警告したことは、現在の状況を象徴している。AI開発は、もはや個別企業の成長戦略にとどまらず、国家競争力や安全保障とも結びついている。

SOX指数が値崩れしなかった理由

アモデイ氏の論考に加え、アルトマン氏やマスク氏が同調したと伝わったことで『AI開発減速』観測が強まり、9月14日のSOX(半導体株)指数は前日比5.86%安と急落した(図表1)。しかし、その後は大きく値崩れすることなく、23日時点では急落前の水準を上回るまで回復している。その背景としては、主に2点が挙げられる。

1点目は、Anthropicの今年の年換算売上高が1,000億ドルを超える見通しだと9月18日に報じられたことだ。同社の昨年末時点の年換算売上高は90億ドルだったため、単純計算で約11倍の成長率となる。また、同社の新規株式公開(IPO)が、オープンAIのように来年へ延期ではなく、今年11月に実施されると報じられたことも、AI減速懸念を払拭する材料になった可能性がある。

2点目は、Meta Platformsが開発したAIエージェント「Muse」が好調な滑り出しを見せたことだ。「Muse」は21日時点で、米国のAppleの「App Store」とGoogleの「Google Play」において無料アプリの首位となっており、市場調査会社センサータワーによれば、Metaが9月8日に提供を開始してからの6日間で90万2000回余りダウンロードされたという。MetaのAIエージェントが一般ユーザー向けに普及することで、「トークン消費の増加」から「AI半導体需要の増加」へと連想する動きが、投資家の間で広がりやすかったと推察される。

サイバーセキュリティ関連株指数は高値更新

SOX指数が急落した日に逆行高となったのが、サイバーセキュリティ関連株指数だ。9月14日のNasdaq ISE Cyber Security指数は前日比+7.79%高となり、その後も高値を更新する展開が続いている(図表2)。

サイバーセキュリティ企業大手である米CrowdStrikeのジョージ・カーツCEO兼創業者は、アモデイ氏のブログ投稿に対し、「次に来るもの(人工超知能)のペースを抑えたところで、いま手元にあるもの(既存AI)の安全性を確保できるわけではない」と述べた。同氏は、AI開発の減速を図るのではなく、サイバーセキュリティ業界は自律性を増すAIシステムに対応できる防御体制の構築に注力すべきだと主張しており、こうした見方がサイバーセキュリティ関連株指数の支援材料になったと考えられる。

世界的な金利上昇によって、サイバーセキュリティや半導体といったAI関連株のバリュエーションは低下圧力にさらされているが、それを補って余りあるほど、ファンダメンタルズは依然として良好だ。


田中 純平
田中 純平
ピクテ・ジャパン株式会社
投資戦略部長

日系運用会社に入社後、主に世界株式を対象としたファンドのアクティブ・ファンドマネージャーとして約14年間運用に従事。北米株式部門でリッパー・ファンド・アワードの受賞歴を誇る。ピクテ入社後はストラテジストとして主に世界株式市場の投資戦略等を担う。ピクテのハウス・ビューを策定するピクテ・ストラテジー・ユニット(PSU)の参加メンバー。日経CNBC「朝エクスプレス」、テレビ東京「Newsモーニングサテライト」、BSテレビ東京「NIKKEI NEWS NEXT」に出演。週刊エコノミスト「THE MARKET」で連載中。日本経済新聞やブルームバーグではコメント多数引用。日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


●当資料はピクテ・ジャパン株式会社が作成した資料であり、特定の商品の勧誘や売買の推奨等を目的としたものではなく、また特定の銘柄および市場の推奨やその価格動向を示唆するものでもありません。
●投資信託は値動きのある有価証券等に投資するため、基準価額は変動します。外貨建資産の場合は為替変動リスクもあります。したがって、投資者の皆さまの投資元本が保証されているものではなく、基準価額の下落により損失が生じ、投資元本を割り込むことがあります。運用による損益は、すべて投資者の皆さまに帰属します。
●当資料は信頼できると考えられる情報に基づき作成していますが、その正確性、完全性、特定の目的への適合性を保証するものではありません。記載内容は作成日現在のものであり、予告なく変更される場合があります。また、過去の実績は、将来の運用成果等を示唆・保証するものではありません。
●投資信託は預金等ではないため、元本および利回りの保証はなく、預金保険機構または保険契約者保護機構の対象ではありません。また、登録金融機関でご購入いただいた投資信託は、投資者保護基金の対象とはなりません。
●当資料の内容は、法務、会計、税務、経営、投資その他に係る助言を目的としたものではありません。
●当資料に掲載されている内容に関する著作権その他の知的財産権は、原則として、当社、ピクテ・グループまたは正当な権利者に帰属します。無断での使用、複製、転載、改変、翻訳、配布等は禁止されています。マーケット・データのご利用に関する詳細は、当社ウェブサイト 「会社情報」の「運用・方針等」内の「マーケット・データ利用規約」をご参照ください。

手数料およびリスクについてはこちら



関連記事


ベッセント米財務長官の「胴元」発言の衝撃

金利上昇の逆風下で最高値更新 なぜS&P500は強いのか?

米ハイパースケーラーのAI投資は加速 注目すべきポイントは?

創薬の時間軸を変えるアンソロピック 生成AIは新薬開発をどう加速させるのか?

AI半導体相場は終わったのか?ここからの注目点

米国株急騰の背景に「AI相場2.0」