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利下げ開始にそろり、ECBは何を待っているのか?
梅澤 利文
2024/03/08

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概要

ユーロ圏では、GDP(国内総生産)成長率が低水準で、インフレ鈍化も続いています。すぐに利下げを開始しても不思議ではないような気もしますが、賃金の伸びが高水準であることなどを背景にECBは利下げに慎重な姿勢を継続してきました。しかし、3月7日の理事会後の記者会見などから、6月の利下げ開始の可能性が高まりつつあります。今後は賃金データを待ちつつ展開を見守ることとなりそうです。




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ラガルド総裁、6月利下げ開始の可能性を示唆

欧州中央銀行(ECB)は7日の理事会で、市場予想通り政策金利を4会合連続で据え置くとことを決定しました。ユーロ圏のインフレ鈍化を認めつつも、賃上げ圧力などが残ることから政策金利を据え置いたと、従来の説明を繰り返しました。

しかし、同時に発表されたECBスタッフによる経済見通しで物価上昇率が前回(23年12月)から概ね引き下げられました(図表1参照)。理事会後の記者会見でラガルド総裁は今後発表される賃金の数字に言及し、「もっと証拠と詳細が必要なのは明らかだ。そのデータが今後数カ月で出てくることは分かっている。4月にはもう少し多くの、6月にはさらに多くのことが分かるだろう」と述べました。市場では、6月の理事会での利下げ開始の可能性を示唆したと受け止めた模様です。

4月にはもう少し多くの、6月にはさらに多くのことが分かるだろう

記者会見の最初の質問に対し、ラガルド総裁は「①ユーロ圏消費者物価指数(HICP、図表2参照)は鈍化傾向」、「②しかし(今後も鈍化が続くか)十分な自信があるわけではなく、より多くの証拠、データが必要」、「③(賃金データを示唆して) 4月にはもう少し多くの、6月にはさらに多くのことが分かるだろう」という流れで、ECBスタッフによる物価見通しの下方修正と金融政策への影響について回答しながら、6月利下げの可能性を示唆しました(文中①~③のカッコ書きは筆者が加筆)。

①についてラガルド総裁は、ユーロ圏のHICPは2月が前年同月比で2.6%上昇と、エネルギー価格の下落などを背景に鈍化傾向は明確であると指摘しています。しかし、賃金が主要なコストとなるサービス産業の価格指数は2月が同3.9%上昇と、23年11月から3か月続いた同4.0%上昇とほぼ変わらずでした。②については、ラガルド総裁がインフレ鈍化の先行きに自信があるわけではないと述べたのは、このようなデータが念頭にあったものと思われます。

③の「6月にはさらに多くの」は賃金データを示唆していると見られます。ユーロ圏で賃金指標として参照される妥結(交渉)賃金は23年10-12月期が前年同期比4.5%上昇と、ピークをつけた前期を下回りました(図表3参照)。賃金にも鈍化の兆しが見られましたが、過去の水準と比べて明らかなように、賃金の伸びはいまだに高水準です。ラガルド総裁の会見などから、賃金の伸びが過去の水準まで下がらなくても、ECBは利下げを開始する意向と思われますが、少なくとも更なる鈍化の確認が必要と思われます。

ユーロ圏で賃金交渉が行われるのは1-3月期頃が多いと見られます。「4月にはもう少し多くの、6月にはさらに多く」の発言はこの点を意識したものと思われます。

利下げ開始時期について、ECBの意向と市場の見通しは近づきつつある

次回ECB政策理事会は4月11日が予定されており、これまでの賃金交渉の進捗を見ると4月の理事会までに十分なデータがそろう可能性は高くないようです。また、1-3月期妥結(交渉)賃金が公表されるのは5月中頃とみられ、データとして利用できるのは6月(6日開催予定)のECB理事会を待つ必要があります。

このような事情もあり、今回のECB理事会前の2月23日に、ECB政策委員会メンバーのシムカス・リトアニア中銀総裁は利下げ開始時期について、「3月利下げは論外、4月ですら可能性の低い選択肢」と述べ、利下げ開始は6月までない公算を示唆しました。他のユーロ圏中央銀行総裁の発言を見ても同様の見解が幅広く共有されていました。

一方、過去には年内の利下げ開始はないとまで述べていた、タカ派(金融引き締めを選好)で知られるホルツマン・オーストリア中銀総裁でさえも、6月以降に利下げ開始を検討と、タカ派のトーンをやや弱めたように思われます。

ホルツマン総裁以外にも利下げ開始時期を遅らせるべきとの考えを持つ人もおり、ECBの意向を巡り市場では解釈に苦しむ面もありました。しかし、ユーロ圏の経済状況などから市場のコンセンサスは利下げ開始時期として6月をメインに、データ次第では後ずれといったシナリオが見込まれていたと見られます。今回の理事会で、市場とECBの距離がいっそう近づいたように思われます。

今回のECB理事会と同じ日に、米国の上院銀行委員会で議会証言が行われ、米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長は質疑応答で米国の利下げ開始時期について「今から遠くない時点」と表現し、場合によっては6月にも利下げが行われる可能性が示唆されました。

FRBより先にECBが利下げを開始した場合はユーロ安の進行が懸念されます。エネルギー価格の下落などでインフレ鈍化を確認しつつあるユーロ圏にとって、ユーロ安による輸入インフレは回避したい局面です。パウエル議長の言葉通りなら、ECBにとって思わぬ助け舟となるかもしれません。


梅澤 利文
ピクテ・ジャパン株式会社
ストラテジスト

日系証券会社のシステム開発部門を経て、外資系運用会社で債券運用、仕組債の組み入れと評価、オルタナティブ投資等を担当。運用経験通算15年超。ピクテでは、ストラテジストとして高度な分析と海外投資部門との連携による投資戦略情報に基づき、マクロ経済、金融市場を中心とした幅広い分野で情報提供を行っている。経済レポート「今日のヘッドライン」を執筆、日々配信中。CFA協会認定証券アナリスト、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


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