ミネアポリス事件のインパクト | ピクテ投信投資顧問株式会社

ミネアポリス事件のインパクト 市川眞一 米国

今週のサマリー

ミネアポリス市の事件は、全米における人種差別への抗議行動へ拡大した。背景には、歴史的な経緯と共に、新型コロナウイルス禍の下での黒人差別への強い不満があるのではないか。一方、トランプ大統領は、暴徒化した一部の行動を民主党系市長、州知事の指導力の欠如と批判した上で、連邦軍を投入する可能性を示唆するなど、厳しい姿勢を示している。もっとも、結果として反人種差別運動は反トランプ運動に転換、むしろ同大統領自身を苦しい立場に追い込んでいる模様だ。トランプ大統領の苛立ちの背景には、新型コロナウイルスにより、岩盤支持層と言われる低所得の白人住民が多いラスト・ベルト6州において、経済が急激に悪化した事情があるだろう。同大統領が経済活動の早期再開を強く推進しているのも、大統領選挙へ向け支持層を固める意向があるのではないか。トランプ政権は、一段の財政政策などを通じて、景気浮揚を図るだろう。それは、当面の米国株式市場を支える要因と言える。ただし、中長期的には、ドル余剰を通じてドル安やインフレの温床となる可能性が強い。

ミネアポリスにおいて警察官が武器を持たない黒人男性を殺害した事件は、現場の映像が拡散し、米国全体において反人種差別運動を喚起する要因になった。さらに、トランプ大統領の発言、ツイートにより、この件は反トランプ運動へ拡大しつつある。11月の大統領選挙への影響は避けられず、政権の経済政策にも関わる問題になったのではないか。

ミネアポリス事件が全米における反人種差別運動に拡大した背景には、米国における歴史的な黒人差別の問題があるだろう。例えば、国立教育統計センターによると、貧困家庭で育つ子供の比率は、白人の10%に対し、黒人は3倍の31%に達している。子供の3分の1が貧困との事実は、黒人にとって構造的な社会への不満の要因と言えよう。

失業率についても、黒人は他の人種に比べて平時から構造的に高い水準にある。新型コロナウイルス禍を受け、全体の失業率が13.3%と大恐慌期以来の高水準にある5月の統計では、白人の失業率が12.4%、黒人16.8%、ヒスパニック17.6%になった。極めて厳しい雇用情勢の下、マイノリティの相対的な苦境が改めて確認されたと言えよう。

今回の反人種差別運動の要因の一つは、新型コロナウイルスによる人口100万人当たりの死者数が黒人の場合は472人に達し、米国民平均の倍近いことではないか。ニューヨーク州のクオモ知事は、黒人の労働環境の厳しさに関する認識を繰り返し示している。恒常的な経済的ハンディに加え、新型コロナウイルス禍が、さらにマイノリティの苦境を浮き彫りにしたかたちだ。

米国の大統領選挙は、各州に人口比例で割り振られた計538人の選挙人を奪い合うかたちで行われる。伝統的に共和党の強い州がレッドステート、民主党支持の州がブルーステートと呼ばれ、勝者を決めるのは選挙毎に結果が変わるスウィングステートだ。トランプ大統領は、2016年、このフロリダ州などスウィングステートを制して勝利した。

11月3日の大統領選挙まで5ヶ月足らずとなったが、新型コロナウイルス問題は、トランプ大統領の支持率に悪影響を与えているようだ。その象徴は不支持率の上昇である。3月13日の国家非常事態宣言、同27日の国民への給付金支給決定の頃までは、現職大統領の強みを発揮していた。しかし、その後、不支持率が急速に上昇、大統領の苛立ちが強まったと見られる。

最近の世論調査によると、大統領選挙の投票に関して、ジョー・バイデン前副大統領が小幅のリードを維持している。バイデン氏は必ずしも「強い候補」ではないが、トランプ大統領が現職の強みを出し切れていないようだ。ただ、トランプ大統領を支える低所得の白人層は投票率が高く、世論調査が選挙結果と一致しないことも予想される。現状は互角の戦いではないか。

2016年の大統領選挙において、トランプ大統領は五大湖周辺の“Rust Belt(赤錆た地帯)”6州のうち、5州を制して勝利に結び付けた。この地域は、工場で働く低所得の白人層が多く、従来は民主党の支持基盤と見られていた。しかし、自動車、鉄鋼産業などが苦境に追い込まれるなか、トランプ大統領の”Make America Great Again”を熱狂的に支持した模様だ。

トランプ大統領にとっての懸念は、新型コロナウイルス禍の下、”Rust belt”の失業率が全米平均を上回っていることだろう。経済活動再開を急いだ理由の一つは、この地域の住民である自らの岩盤支持層への配慮と見られる。また、ミネアポリス事件に関する反人種差別運動への厳しい姿勢も、白人の支持固めを強く意識しているからではないか。

大統領選挙へ向け、トランプ大統領の課題は、白人層からの支持を維持することだろう。もっとも、2016年の選挙における人種別投票比率を見ると、黒人は12.4%で無視できない規模の勢力だ。ヒスパニックの失業率も高く、マイノリティの不満が高まれば、トランプ大統領にとっては、岩盤支持層を固めても再選への大きな懸念材料になる可能性がある。

現段階で大統領選挙の結果を予測することは困難だが、トランプ大統領の再選戦略が盤石でないことは明らかだろう。従って、景気の押し上げを図るため、財政政策を一段と拡大する可能性がある。それは、目先の市場には好材料だが、中長期的に考えれば、ドル余剰による通貨安、即ちインフレの温床となる可能性が否定できない。

執筆者

市川 眞一シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。2011年6月よりテレビ東京『ワールドビジネスサテライト(WBS)』レギュラー・コメンテーター。

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