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トランプ関税は“終わりの始まり”か 脱グローバル化がもたらすインフレ・ドル安・高金利シナリオ<大槻奈那 × 渡辺 努>
2025/04/18

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ピクテ・アカデミック・ラウンジ:#1
東京大学・渡辺努名誉教授xピクテジャパン・シニアフェロー 大槻奈那

トランプ関税は“終わりの始まり”か:脱グローバル化がもたらすインフレ・ドル安・高金利シナリオ

 

<脱グローバル化が招くインフレ>

大槻:トランプ政権では脱グローバル化が加速すると思われます。この脱グローバル化により、渡辺先生は物価が上昇するとおっしゃっていますが、この関係について、改めて整理していただけますか?

渡辺:リーマンショックの前頃までの30年間は「グローバル化」が進んできました。この中で、中国等が安い商品や労働力を供給し、日本に限らずどこの国でも物価は上がりにくい状態が続きました。従って、グローバル化は実はインフレ率を下げる効果があったということが研究でもよく分かっています。

しかし、2010年頃から進行しているのが、自国第一主義による「脱グローバル化」です。例えば、パンデミックの時にサプライチェーンが混乱し、遠くの工場等から商品がデリバリーされなかった。こうしたことを経験した企業は、やはり工場は近場で作るべきと考え、国内に回帰し、これがコスト上昇に繋がりました。今トランプがやっていることも、結局は脱グローバル化の大きな流れの新しいページを作っているということなのだろうと思います。

 

<トランプ関税は二次的影響を注視:スタグフレーション懸念>

大槻:興味深いですね。その流れでトランプ関税について取り上げたいのですが、例えばピクテでは、アメリカのGDPを1.8%程度押し下げ、インフレ率を2.6ポイントくらい押し上げると試算しています。ここまでのインフレ率は一過性だとしても、インフレはある程度続くと見るべきでしょうか。

渡辺:はい。もちろんアメリカはインフレになるのですが、怖いのは、二次的なインパクトです。例えば、こうした中国との対抗関係の激化を一度経験してしまうと、たとえトランプ関税が停止されたり政策が変わったとしても、中国に工場を作るのは躊躇されるでしょう。このように、脱グローバルが加速し、それがインフレ率を上げていく。こうした傾向は案外根深いと思います。

大槻:そうすると、インフレ+景気減速、あるいはスタグフレーションが発生する確率が高いと思われますか?

渡辺:思っています。現在は供給サイドの変化が起きているわけです。従ってインフレと景気の後退がペアで起きてくる。アメリカだけでなく、日本も含めた国々もそういうフェーズに入ってくのではないかと思います。

 

<国際通貨制度の刷新には一定の必然性>

大槻:もう1つの焦点が為替です。トランプ政権で経済諮問委員長に就任したスティーブン・ミラン氏の掲げるいわゆる「マールアラーゴ合意」のような国際通貨制度の新たな枠組についてはどう考えていますか?

渡辺:最初は、このマールアラーゴ合意はさすがにできないだろうと思いましたが、4月以降の彼らのいろいろな交渉を見ていると、もしかしたらやってしまうのかも、と思いました。日本も含む主要国にドル安を容認させることによって貿易収支を改善することが、元々の意図としてあったと思います。そして、いずれにしても、現在の国際通貨システムは古くなってしまったとも思います。

大槻:古びてしまった… それはどのような点でしょうか?

渡辺:例えば、今や様々なタイプの通貨が出てきています。しかし、今のシステムはその技術の進歩に見合ってないというのが私の印象です。もう少し違う観点から言うと、例えマイナス金利などという思い切った金利政策をやろうとするとそこは国際的な協調が必要になってくるわけです。こうした問題を大きな国際通貨システム変更のタイミングで議論するというのもあり得るのではと思います。

 

<日本人は、それでも自分の賃金は上がらないと予想>

大槻:では日本に移りたいと思います。インフレが長期化し、日本の個人にもインフレ・マインドがだいぶ根付いてきた感じもするのですが先生はどうご覧になっていますか?

渡辺:日本は2022年の春くらいからインフレが始まりました。当初は海外から来た物価高だったのでそれが一旦反映されてしまえば、インフレはすぐ終わるのではと多くの方が仰っていたわけです。ところが、実際には3年経ってもインフレは減衰するどころか加速するようなところも見えます。モノの値段を上げるということについて、企業も消費者も慣れてきたというのが事実かと思います。もっとも、私は基本的に全般としてはいい方向に動いていると思います。私達は毎年アンケート調査を行っているのですが、今年3月の結果を見ても、多くの人たちは物価上昇が続くと予想しています。

大槻:こうなるとデフレにはもう戻らないのでしょうか?

渡辺:実は、私はそうでもないと思っています。私たちのアンケート調査では、物価以外にも、それぞれの方のご自身の賃金を予想してもらっています。これを見ると、実は、「物価は上がる」と答えつつ、自分の賃金は、

たとえ今上がっていても、「将来的には変わらない」と答える方が大多数なのです。昔、賃金が上がらなかった時期のことを強く記憶しているので、先々についてもそんなにバラ色だとは思えないようです。こうした状態が続く限り、デフレにもう一度戻ってしまうリスクも残ると思っています。

大槻:あとどれくらい賃金が上がり続けたら、賃金上昇マインドというものが醸成されるのでしょうか?

渡辺:今まで3年賃上げを行ってきましたので、もう3年くらいしたら「変わりましたね」となるといいかなと思います。

 

<日銀は、物価重視で利上げ継続。長期金利も大きく上昇する可能性>

大槻:日銀の金融政策についても伺います。非常に難しい局面に入ってきたという印象ですが、渡辺先生はどのような政策を取ると予想されていますか。

渡辺:今後景気は悪くなりますので、金利を下げるという考え方もあろうかと思いますが、私は日銀はそれよりもやはりインフレ率が2%を大きく超えてくような状況の方が怖いと思います。従って、やはり金利を上げていくと思っています。インフレが高くなってしまったので、やむを得ず金利を上げるという方向に追い込まれていくのではと思っています。

大槻:日本は、今までは世界から見たら常に金利は低い国だという認識でしたけど、そこも変わってくかもしれないのでしょうか。

渡辺:日本の金利はこの30年異常に低かったわけですが、それがもう少し普通に、若干低い程度のところに収束していくんじゃないかと思っています。そう思う理由は、21年以降からの4年間くらいを見た時に、インフレ率がグローバルに同期する傾向がすごく強くなってきているからです。そうすると日本の金利だけが違う道を歩むということはできないのでは、と思います。

大槻:そうすると、例えばアメリカの長期金利が4%台半ば前後になっていますが、日本の場合、潜在成長率が低いのでその分を加味するにしても、そこからマイナス1~2%、といった長期金利つまり、今でいえば2%台後半とか3%台というような高い長期金利もあり得るということですね。やはり我々は今分岐点にいるということですね。

渡辺:はい。今はトランプ大統領の立ち回りに目を奪われていますけれども、潮目の大きな転換はすでに始まっていますし、それは、トランプが何をどうするかという程度で止まるものではないと思います。

 

<“邪魔”は入ったが、物価と賃金の好循環から高成長が生まれる世界に期待>

大槻:最後に、日本市場の課題や期待を教えていただけますか?

渡辺:足元では少々経済動向に“邪魔”も入りましたが、希望を含めて言えば、物価が安定的に上がっていき、それに合わせて賃金もきちんと上がり、皆さんも自分の賃金が上がると予想するようになることが非常に望ましいと思っていました。それがいわゆる賃金物価好循環というもので、これができれば、おそらく企業はもう少しイノベーションに力を注ぎ、果敢に新しい商品を作って、それに高めの値段をつけて儲けるということに挑んでいく。労働者も賃金上昇を念頭において、例えば新しいスキルを身につけての企業に役立ってそこでしっかりとした賃金をもらおうと考えるようになっていく。このように、企業も労働者もより活力を持てるような経済が実現してほしいと思います。そうなると日本の株も上がると思います。

大槻:そうですね、第一に賃金の持続的な上昇、それに伴って企業が価格転嫁をしていくことで企業の価値がどれだけ上がっていくかということを見て行きたいということですね。今日はありがとうございました。

概要

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