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五輪の考え方
市川 眞一
2021/06/01

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概要

東京オリンピック・パラリンピック(本稿では「五輪」とする)の開会が迫るなか、日本国内における新型コロナの感染状況から、大会の中止を求める声は少なくないようだ。ただし、『大会開催都市契約』によれば、五輪の中止を決めるのは専らIOCであり、日本側は公式の権限を持たない。平均収入の7割近くをオリンピック放映権料に依存するIOCにとり、中止を決めることは容易ではないだろう。一方、五輪が開催された場合でも、経済効果に限れば、今後、日本の受ける恩恵は極めて限定的なのではないか。施設建設や事前の広報活動は既に峠を越えた。また、海外からの観戦者受け入れを断念したことに加え、選手・大会関係者の行動が厳しく制約され、関連するイベントなども縮小や中止が避けられない。特に訪日外客の一段の増加への起爆剤としての効果に関しては、概ね失われたと見るべきだろう。さらに、新型コロナ感染第5波の懸念が景気に及ぼす影響を考慮する必要がある。逆に考えれば、中止された場合でも、経済へのインパクトは大きくないと言えそうだ。もっとも、純粋にスポーツの祭典として、新型コロナにより閉塞感の強い社会に五輪の開催がもたらす心理的な好影響はあるかもしれない。



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日本国内においては、東京五輪に関し中止・再延期を求める声が強まっている。しかし、2013年9月にIOCとJOC、東京都が締結した開催地契約によると、中止の判断ができるのはIOCだけだ。日本政府、東京都が意見・希望を述べることは可能だろうが、中止する権限は与えられていない。これは、東京大会だけでなく、開催都市に選定される上での条件と言えよう。

 

2016年リオ五輪の放映権料は28億6,860万ドルであり、2010~19年までの10年間におけるIOCの年平均収入の2倍に達していた。一方、年平均支出は12億9,840万ドルであり、夏季五輪の放映権料が入らない場合、IOCは深刻な財政危機に陥りかねない。仮にIOCが東京五輪を中止するとすれば、それは正に苦渋の決断と言えるだろう。

 

東京五輪の開催コストは、当初、1兆3,500億円と計画されていた。負担の内訳は、五輪組織委員会と東京都が各6,000億円、国が1,500億円である。しかし、昨年12月に発表された『組織委員会予算 Version5』では、1年の延期を受け総費用は1兆6,440億円に膨らんだ。新たな分担は、組織委7,210億円、東京都7,020億円、国2,210億円とされた。

 

2019年12月、会計検査院は2013〜18年度に国が五輪関連経費として1兆600億円を支出したと明らかにした。さらに、東京都の関連経費8,000億円を考慮した場合、実質的な五輪の公的負担は3兆円を超えるだろう。開催都市契約書によれば、IOCの判断で東京五輪が中止になった場合でも、日本側はいかなる補償、賠償もIOCに対して請求することはできない。

 

莫大な費用を要する五輪は、大会そのもので経済的帳尻を合わせることは困難だ。一方、2017年4月、東京都がまとめた試算では、五輪開催による2013~30年の経済波及効果を全国の生産誘発額32兆3,179億円、付加価値誘発額15兆5.340億と推計していた。GDPへの寄与は年間の単純平均で9千億円を切るが、この通りなら経費に見合う成果と言えそうだ。

 

東京都の経済波及効果の試算は、必ずしも五輪関連とは言えない項目を含んでいた。また、施設整備や広報活動費などは既に多くが支出されたと見られる。さらに、海外からの観客受け入れ断念、大会期間中のイベントの中止・縮小などにより、五輪が開催されたとしても、訪日外客増加への貢献は期待できなくなった。五輪の経済効果は大幅に縮小したと言えそうだ。

 

政府が2016年3月に策定した観光ビジョンでは、2020年の訪日外客数を4千万人としていた。達成には年15.2%の増加が必要だったが、新型コロナ禍前の2019年に勢いが失速していたことはあまり語られていない。2020年に五輪が開催されていたとしても、4千万人は難しかっただろう。新型コロナ禍に関わらず、訪日外客数の高い伸びは転換点を迎えた可能性がある。

 

あくまで経済効果に絞った場合、五輪を開催してもしなくても、今後の日本経済へのインパクトは大きく違わないのではないか。開催すれば一定の需要創出効果は見込めるが、大会規模の縮小、海外からの観戦者受け入れ断念で、大きなインパクトにはなり得なくなった。さらに、新型コロナ感染第5波の引き金となった場合、景気への負の影響は大きなものになるだろう。

 

現段階において、東京五輪は開催の方向と考える。ただし、開催されても、中止になっても、最早、日本経済に大きなインパクトにはなり難い。市場への影響も限定的だろう。施設建設など直接的な需要をもたらす事業の大勢は既に終了し、海外からの観客受け入れ断念によって訪日外客の一段の増加へ向けた起爆剤とはなり得ないからだ。従って、投資の観点から見た場合、五輪の開催を好材料と捉えることはできず、中止の場合も大きな悪材料にはならないと考えられる。ただし、国際社会が新型コロナ禍により精神的ダメージを受けるなか、純粋なスポーツの祭典として、五輪開催が心理的にプラスの効果を生む可能性は指摘できそうだ。


市川 眞一
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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