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米国経済 減速のリスクはあるか?
市川 眞一
2021/08/10

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概要

米国では物価上昇にも関わらず、市場金利が低下している。デルタ型新型コロナウイルスの感染拡大もあり、マーケットでは景気の先行きへの不透明感が強まっているようだ。足下の経済指標を見ると、確かに伸び率は鈍化しつつある。ただし、冷静に思い起こすべきは、今が経済正常化への途中段階にあることだろう。昨春、新型コロナウイルスの感染拡大により全米各地で都市封鎖、外出禁止の状態が続き、非農業雇用者数が2ヶ月間で2,236万人減少するなど、米国経済は経験のない速度で落ち込んだ。しかしながら、強力な財政・金融政策の支援もあり、製造業や金融をけん引役として景気はV字回復した。さらに、ワクチン接種が進んだことで、今年4-6月のGDPは新型コロナ禍以前の水準を上回っている。社会・経済の構造的な変化もあり、雇用の完全な回復にはまだ時間を要するだろう。もっとも、急速な落ち込みと急速なリバウンド期を経て、米国経済は巡航速度の成長へ落ち着く過程にあるとすれば、経済指標の伸びが鈍化するのは当然であり、それが景気の減速を意味しているわけではない。むしろ、今後の米国については、賃金上昇もありインフレの可能性を考えておくべきではないか。



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新型コロナ禍からの経済活動の再開、ジョー・バイデン政権の積極的な財政策を受け上昇基調にあった長期金利だが、4月以降は再び低下局面になっている。経済指標の伸びが鈍化すると共に、デルタ型の新型コロナが感染を拡げていることが背景だろう。足下の物価上昇率は引き続き高いものの、米国の債券市場は先行きの景気減速を織り込もうとしているようだ。

 

 

米国ではデルタ型を中心に新型コロナの感染が再拡大している。ただし、これまでとの大きな違いはワクチン接種の進捗だろう。州毎に見ると、接種比率が高い州ほど感染が広がらない傾向が指摘できる。また、新型コロナによる死者数が今のところ微増に止まっているのは、ワクチンによる重症化の抑制が要因ではないか。新型コロナ収束に向け期待が持てる状況となった。

 

 

米国供給管理協会(ISM)によれば、7月の景況感指数(PMI)は前月比1.1ポイント低下の59.5だった。PMIの頭打ちを背景に、市場では米国経済の先行きに不透明感が広がったようだ。しかしながら、新型コロナ禍による急失速、反動としての急回復を経て、現在の米国経済はまだ正常化への途上にある。従って、平時とは異なる視点で指標を見るべきだろう。

 

 

今年4-6月期のGDP統計では、実質成長率は年率6.5%であり、GDPは新型コロナ禍前の2019年10-12月期を6四半期ぶりに上回った。急激な経済の落ち込みを早期にリカバリーしたと言えるのではないか。今後、経済の正常化が進むに連れ、四半期毎の成長率は鈍化が予想される。しかしながら、それは米国経済の減速や失速を意味しているわけではない。

 

 

米国経済のリバウンドを支えたのはGDPの7割強を占める個人消費だ。経済成長率への寄与度を見ると、昨年4-6月期は▲24.1%と大きく落ち込んだものの、7-9月期はGDP全体を25.5%押し上げた。今年4-6月期についても、6.5%の経済成長率に対して、個人消費の寄与度は7.8%に達している。新型コロナ禍の下でも、個人消費は堅調と言えるだろう。

 

 

個人消費の内訳を見ると、新型コロナ禍の下での飲食店の休業、旅行の中止などを受けサービスへの消費が落ち込んだ。一方、財への需要は堅調であり、特に耐久財が消費全般の拡大を牽引してきた。外食や旅行ができないなか、新型コロナ特別給付金、失業保険の追加給付などもあり、米国の消費者はPC、家電、家具など耐久財を積極的に購入したようだ。

 

 

7月の雇用統計では、非農業雇用者数が94万人増加、失業率は前月から0.5ポイント低下して5.4%になった。マーケットの予想を上回る強い数字であり、米国の労働市場が回復基調にあることを再確認させたと言えよう。9月6日には失業保険の追加給付が終わるため、真剣に職探しする失業者の増加が予想され、非農業雇用者数の増加傾向は続くと考えられる。

 

 

足下の雇用統計で注目されるのは平均時給だ。7月は前年同月比4.0%上昇し、新型コロナ禍による特殊要因が剥落しつつあるなか、賃金上昇圧力の強さを再確認させた。また、週平均労働時間も高止まりしており、一部の業種で人手不足が深刻化していることが示唆されている。賃金上昇は消費者物価を押し上げるため、潜在的インフレ圧力として注視すべきだろう。

 

 

米国においては、長期金利が低下し、景気の先行き不透明感が指摘されるようになった。しかしながら、新型コロナによる歴史的な経済の失速とリバウンドを経て、正常化へ進むプロセスにおいては、経済指標の伸び率が鈍化するのは当然だろう。それが景気の減速・失速を必ずしも意味しているわけではない。7月の雇用統計は、米国の労働市場が改善を続けるなかで、求人と求職者の間におけるミスマッチを示唆するものだった。一部の業種では人手不足が深刻化し、マクロ的にも賃金上昇や労働時間の増加につながっている。賃金は消費者物価に与える影響が大きいだけに、米国経済に関してはむしろインフレのリスクに注意すべきだろう。


市川 眞一
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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