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日本株上昇の持続力
市川 眞一
2021/09/14

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概要

8月27日を直近の底値に日本株が上昇に転じた。特に菅義偉首相が自民党総裁選への立候補見送りを言明した9月3日以降、急騰局面を迎えている。その背景は、1)菅首相の交代による政治的閉塞感の緩和、2)ワクチン接種の進捗による経済正常化への期待、3)日本株を持たざるリスクの高まり・・・3つの要因があるのではないか。日本株は政治的なイベントに反応する傾向が強く、世界指数のウェートが大きいため上昇局面では買われ易い。11月上中旬と見られる総選挙の前後までは、政策期待に支えられ堅調な展開が続く可能性がある。ただし、問題は持続力だ。日本株のバリュエーションに関する相対的な割安感は、低いROEによって説明できる。内部留保による株主資本の膨張が一因だが、現預金を積み上げたわけではなく、海外事業の拡大に伴い子会社・関連会社の株式が大きく増加した。一方、国内では人員削減が難しいため、企業は不採算部門の売却・縮小・廃止を躊躇う傾向が強く、結果として資本利益率が上がらなかった。雇用制度の見直しなど制度的な改革が求められるものの、新内閣が踏み込む可能性は高くない。その場合、日本株の上昇は一過性に止まるだろう。



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菅首相の退陣表明は、マーケットの閉塞感を変える上で大きな効果を生んだ。もっとも、背景には新型コロナの感染第5波に収束の兆しが見え始め、ワクチン接種が進んでいることが大きいだろう。現在の1日120万回程度のペースが維持できれば、年末にも80%程度の国民が2回の接種を終える見込みだ。それは、2022年における経済正常化の重要な条件と言える。

 

日本株が世界指数をアウトパフォームしたのは、メガバンクの再編が相次いだ2002年、郵政民営化が決まった2005年、そして第2次安倍政権が発足した前後の2012~15年だ。いずれも政治の変化により、構造改革への期待が高まった時期に他ならない。ただし、一過性の政治イベントに止まったことで、日本株は数年続く調整局面を余儀なくされてきた。

 

8月末現在、MSCIの世界指数における日本株の時価ウェートは6.63%、米国に次ぎ世界で2番目に大きな市場だ。通常は持たないことが世界指数のアウトパフォームに貢献するが、日本株の急騰局面においては持たざるリスクが急速に高まる。足下、菅首相の退陣表明で政治的イベントの重要性が増し、内外の投資家がポジション調整で日本株を買っているのではないか。

 

足下、TOPIXのイールドスプレッドは6.78%であり、S&P500の3.17%を大きく上回っている。静止した状況においては、日本株は相対的に割安に見えるだろう。従って、政治的イベントによる日本株の上昇局面では、バリュエーションが日本株の買い材料とされることは少なくない。ただし、恒常的な割安放置の背景には、何らかの理由が存在していると考えるべきではないか。

 

第2次安倍政権の成長戦略第2弾であった『日本再興戦略 改訂2014』では、「グローバル水準のROEの達成が目標とされていた。しかし、安倍政権下でも日米の差が縮小することはなく、2021年のアナリストコンセンサスは米国が17.2%、日本は9.0%だ。この低い資本利益率は、表面的に割安に見えるバリュエーション指標に対し、日本株を買わない重要な要素と言えよう。

 

日本の大企業の低いROEは、内部留保の膨張による自己資本の拡大が要因だ。1990年度に26.1%だった自己資本比率は、2020年度には43.1%になった。S&P500は22.5%であり、日本企業は肥大化した自己資本に見合う利益を挙げていない。配当や自己株取得など株主還元への消極性が、日本企業の低ROE、見劣りする株価のリターンの背景と言えるだろう。

 

麻生太郎副総理は、かつて内部留保に関し「守銭奴」と批判、企業に賃上げや設備投資への活用を迫った。しかし、内部留保が現預金として積み上がっているとの見方は明らかに現実とは異なる。また、内部留保を減らす方法は、1)当期純損失、2)自己株取得・配当、3)減資の3つしかない。従って、設備投資や賃上げで内部留保を取り崩すことは基本的に困難だ。

 

日本企業の内部留保は資産における保有株式と並行して増加してきた。海外事業のウェートが高まり、海外子会社の利益を現地で再投資してきた結果と見られる。一方、国内事業については、雇用維持の観点から不採算部門の売却や縮小、廃止が進まなかった。従って、バランスシートが膨らみ、REOがグローバル水準に達せず株価が停滞してきたのだろう。

 

新内閣への期待に加え、ワクチン接種の進捗により2022年は”with Corona”における経済の正常化が見込めることから、総選挙前後までは日本株の堅調展開が続きそうだ。もっとも、その後の持続的な上昇には、雇用制度改革などに着手することにより、日本企業が資本利益率の改善を図る前提条件を整える必要がある。これは、国民の反発を受ける可能性があり、次期首相が誰であっても、具体化へ踏み切るにはハードルが極めて高いだろう。つまり、足下の日本株の上昇相場は、政治的イベントに反応した一過性のもとなる可能性が強い。新内閣の政策をしっかり見極めると同時に、国際分散投資を進めることが得策と言えるのではないか。

 

 

 

 


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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