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備蓄放出で原油価格は?
市川 眞一
2021/11/30

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概要

ジョー・バイデン米国大統領が主導し、日本、インド、韓国などに加え中国も国家備蓄している石油の一部放出を決めた。資源価格の高騰がインフレ圧力をさらに強める可能性を懸念した動きと言える。もっとも、その効果は極めて不透明だ。シェール革命により2010年頃から原油生産を拡大した米国は、サウジアラビアを抜いて世界最大の産油国になった。その過程で石油市況を揺さぶり、供給過剰による価格低迷を招いている。また、新型コロナ禍で原油価格が急落した昨年、OPECプラスの減産要請に対し、ドナルド・トランプ大統領(当時)は実質的に拒否の姿勢を示している。産油国側の米国への不信感は強いと見られ、備蓄の取り崩しに対して減産縮小の見送りで対抗することも考えられる。一方、主要消費国の備蓄(=在庫)減少は、むしろ価格の上昇要因なのではないか。新型コロナの新たな変異種である「オミクロン型」により足下の市場は調整局面となったが、ワクチンや治療薬の効果に関する科学的検証はこれからである上、化石燃料の需給が構造的にひっ迫した状況であることに変化はない。経済活動の再開が続くとすれば、結局、備蓄原油の放出はインフレ圧力を弱めるには至らないだろう。



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石油消費量は世界経済の動向に連動する。新型コロナ禍により世界の成長率が3.3%のマイナスになった昨年、石油の消費量は前年比9.5%減少した。今年以降は需要の回復が見込まれるものの、米国を含め産油国・企業側は増産に慎重だ。温暖化抑止のための脱化石燃料化で長期的には需要先細りが予想されるなか、価格の維持を優先しているからだろう。

 

シェール革命により、2010年に日量548万blだった米国の産油量は新型コロナ禍前の2019年に1,223万blに達し、サウジを抜いて世界最大の産油国になった。米国以外に原油生産量を大きく伸ばした国はなく、この間、同国の世界シェアは7.9%から16.3%へと上昇している。純輸入国から純輸出国へ転じた米国の動きは、石油市況に大きな影響を及ぼすようになった。

 

2014年後半、2018年10月以降の原油価格急落は、米国の増産による世界的な供給過剰が主な要因だ。また、昨年、新型コロナ禍による市況悪化局面で、OPECプラスが米国に協調減産を求めたのに対し、トランプ大統領(当時)は実質的に応じなかった。かつては蜜月と言われたサウジ、UAEなど湾岸主要産油国と米国の関係は、大きく変質したと考えるべきだろう。

 

2014年後半と昨年の市況急落を受け、米国で稼働する石油リグ数は大きく減少した。コストが高くて競争力の弱い小型のリグが撤退したことが背景だろう。また、カーボンニュートラルへ向け長期的に化石燃料需要の先細りが予想される上、環境問題を重視するバイデン政権の姿勢も影響している模様だ。結果として原油価格は下方硬直的になっているのではないか。

 

OPECプラスは、新型コロナ禍による原油市況の急落を受け、日量700万blの協調減産を実施した(サウジは独自に100万blを追加減産)。現在は消費国の経済活動が再開されるなか、1ヶ月毎に日量40万blのペースで減産幅を縮小している。脱化石燃料化への国際的な動きに対し、目先の需要回復に即応するよりは、中長期的な価格の維持を重視している模様だ。

 

経済活動の再開を受け原油需要が回復するなか、OPECプラス及び米国のシェール事業者は増産に慎重であり、結果的に米国の原油在庫は昨年7月のピークから13.9%減少した。国家備蓄の取り崩しは在庫の減少で、石油価格の押し上げ要因になり得る。特に産油国側が備蓄放出に反発、実質的な減産を実施した場合、効果を期待するのは難しいだろう。

 

国際エネルギー機関(IEA)は石油の純輸入国に90日分の国家備蓄を義務付けている。8月末現在、IEA全体で国家備蓄90日分、民間備蓄74日分、計164日分だ。本来、この備蓄は地域紛争や天災などで供給不足に落ちるリスクへの備えである。価格上昇に対して備蓄を放出するのは異例であり、世界的に見ても効果は限定的・一時的となる可能性が強い。

 

エネルギー関連で価格が上昇したのは原油だけではない。天然ガスの場合、1)需要の急回復、2)脱石炭による天然ガスへの転換、3)ロシアの供給削減、4)天候不順による欧州での再エネの機能不全・・・などが要因だ。仮に原油価格が備蓄放出により落ち着いたとしても、再エネの拡大には安定したベースロードが必要であり、天然ガス価格は高止まりが予想される。

 

米国の備蓄石油放出は、価格の抑制効果が一時的と考えられる。備蓄が無尽蔵にあるわけではなく、産油国・企業側が生産を絞れば影響が打ち消されるからだ。また、在庫の減少はむしろ価格を押し上げる可能性が強い。米国国内での支持率低迷に苦しむバイデン政権は、年末商戦へのガソリン価格高騰の影響を懸念しており、目先に拘った政策と言えるのではないか。シェール革命以降の米国の姿勢には産油国側の不信感も強く、増産要請に応じての協力は考え難い。オミクロン型コロナが当面の景気に及ぼす影響は今のところ不透明だが、2022年も構造的な物価上昇圧力が続く可能性は否定できない。インフレへの備えが必要だろう。


市川 眞一
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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