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ウクライナ問題はどうなるのか?
市川 眞一
2022/02/15

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概要

緊迫を続けるウクライナ情勢だが、変化の兆しも見えている。フランスのエンマニュエル・マクロン大統領がロシアとウクライナを訪問し、ドイツのオラフ・ショルツ首相はホワイトハウスでジョー・バイデン米国大統領と東欧情勢を協議した。この問題の本質はウクライナの北大西洋条約機構(NATO)への加盟の是非と言える。ロシアのウラジミール・プーチン大統領は、NATO軍が長く国境を接するウクライナに駐留する事態を避けたいだろう。一方、ウクライナは厳しい経済状況を打開するため、米国、EUとの関係強化が課題だ。1991年12月の旧ソ連崩壊後、先行してNATO、EUに加盟したバルト3国のラトビア、エストニア、リトアニアは、統一通貨ユーロを採用して相対的に経済を安定化させた。また、旧東欧圏でも、ハンガリー、ルーマニア、ポーランドはEU加盟国として経済を成長させている。NATO拡大の問題にどのような折り合いを付けるのか、今後の外交交渉に掛かっていることは間違いない。ただし、ロシアの本音は軍事行動の回避だろう。米国、そして天然ガス調達の30~40%をロシアに依存するEU諸国も、経済に打撃の大きい決着は避けたいはずだ。何らかの妥協が図られる可能性は十分にあるのではないか。



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ロシアは、旧ソ連崩壊後、構成国である15ヶ国でロシアを中心とした独立国家共同体(CIS)への移行を目指した。しかし、バルト3国は親米国・EU路線を明確にし、2004年にNATO、EUへ加盟している。一方、ウクライナは、当初、CISの枠組みに止まっていたものの、2014年のロシアによるクリミア共和国・セバストポリ特別市の編入以前から、親米・EUへ舵を切っていた。

 

ナポレオン率いるフランス軍、ヒットラー麾下のドイツ軍の侵攻を受けたロシアは、1,576㎞の国境を接するウクライナのNATO加盟について、安全保障上の大きな脅威と考えているようだ。2014年3月にクリミア・セヴァストポリを編入したのは、ロシア軍にとっての重要な拠点であり、ロシア系住民の多いこの地域がNATO軍の管理下に取り込まれることを懸念したからだろう。

 

ウクライナの2021年における国民1人当たりのGDPは、旧ソ連構成国15ヶ国中13番目の4,384ドル、ロシアの39%に止まる。一方、ソ連崩壊後、早い段階でEU、NATOに加入したバルト3国は、相対的に豊かな国になった。さらに旧東欧圏を構成したハンガリー、ポーランド、ルーマニアもウクライナの隣国でありながら、EU、NATO加盟国として経済を安定させている。

 

2021年までの10年間、IMFの推計によれば、バルト3国、旧東欧3ヶ国は2~3%台の平均実質成長を達成した。一方、ウクライナは▲0.6%だ。ロシアにウクライナ経済を支える余裕がない以上、ウクライナが親米・EU路線に傾くのは当然と言える。そうしたなか、ロシアの軍事的脅威を懸念するウクライナは、EUのみならずNATOへの加盟を求めているのだろう。

 

ロシアは、ウクライナが親米・EU路線に傾くなか、対抗措置として同国を通らず、ドイツ、イタリアなど西欧主要国に天然ガスを供給するパイプラインの建設を進めてきた。具体的にはブルーストリーム、ノルドストリーム、トルコストリームなどだが、天然ガス調達の30~40%をロシアに依存する欧州主要国にとっても、安定供給の観点からそれは歓迎だったのではないか。

 

ロシアからウクライナ経由で欧州へ送られる天然ガスの輸出量は、2010年に1,200億㎥だったが、2017年は850億㎥、2021年は450億㎥程度へ減少したと見られる。もっとも、ウクライナ問題やノルドストリーム2の運転開始問題を巡りロシアはドイツ、イタリアなどに圧力を掛ける意味もあり、2020年以降は欧州を中心に天然ガス輸出量を絞っている模様だ。

 

地球温暖化抑止のためEU主要国は石炭の使用削減を公約している。従って、エネルギーの安定的確保には、天然ガスの調達拡大が欠かせない。つまり、EUの本音はウクライナ問題に関する軍事衝突の回避と言えよう。仮にロシアがウクライナに侵攻、米国・EUによる経済制裁になれば、エネルギー価格が一段と高騰するなど、EUが浴びる返り血も大きいと想定される。

 

欧州の天候不順による再生可能エネルギーの供給減少、石炭の使用削減、さらにウクライナ問題が重なり、昨年、欧州では天然ガス価格が急騰した。足下、やや落ち着きを取り戻しているが、歴史的な高値圏にあることに変わりはない。ウクライナ問題でロシアがさらに供給を削減した場合、価格の再上昇により、欧州におけるインフレ圧力は一段と強まるのではないか。

 

米国のバイデン大統領は、ウクライナのNATO加盟に慎重な姿勢を示してきた。ロシアとの緊張関係が深刻化した場合、世界的なインフレ圧力がさらに強まり、新型コロナ禍から正常化の途上にある米国経済にも打撃が大きくなりかねないからだろう。ロシア、EU主要国もロシアとのさらなる対立を求めていないとすれば、ウクライナ問題には外交的解決の余地が生じる。マクロン仏大統領やショルツ独首相は活発な調整を開始、ロシアのプーチン大統領も新たな提案の可能性を示唆した。ウクライナ問題は予断を許さない面はあるものの、外交交渉は佳境に入ったと言えるのではないか。妥協が成立する可能性は十分にあり得るだろう。


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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