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日銀が招く円安のインパクト
市川 眞一
2022/04/19

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概要

日銀による量的・質的緩和の脆弱性が、資源価格の高騰を背景としたインフレ圧力により露呈しつつある。特にイールドカーブ・コントロール(YCC)は、物価変動を背景とした長期金利の上昇に歯止めを掛ける上で、日銀が国債を無制限に購入しなければならない。つまり、インフレ圧力が強まる局面において、中央銀行が実質的な量的緩和を行うわけだ。一方、米国のFRB、欧州のECBは金融緩和の出口戦略を急いでいる。この内外の金融政策の違いは、為替を円安に導くだろう。結果として輸入物価が上昇し、さらに日本国内のインフレ圧力が高まる悪循環になりかねない。円の実質的な下落は、量的・質的緩和が開始された2013年頃から既に始まっていた。企業努力で仕入れコストの上昇が吸収されていたため、消費者物価は低水準で安定していたのである。しかしながら、それも限界に達しつつあり、今後は日本でも消費者物価の上昇局面になる可能性が強い。それは、海外への富の流出を意味する上、原材料価格の多くを輸入に依存する日本へは、円安下でも生産拠点の回帰は進まないだろう。日銀が政策変更に後ろ向きである以上、国際分散投資でリスクをヘッジすることが肝要ではないか。



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日銀は2016年9月にYCCを導入、昨年3月には10年国債利回りの変動幅をゼロ%から±0.25%のレンジとした。さらに、今年3月18、19日の政策決定会合で、市場金利がこの範囲を超えることがないよう、連続指値オペの実施を決めている。足下、インフレ観測から長期金利の上昇圧力は強まっているものの、10年国債利回りは0.25%近辺に張り付いた状態だ。

 

量的・質的緩和の採用を決めた2013年4月以降、2021年度まで日銀の保有する普通国債の残高は419兆8,820億円増加した。この間、普通国債の発行残高は276兆7,794億円の増加に止まる。つまり、日銀は量的緩和により長期金利の低位安定に大きな影響を与えてきただけでなく、実質的な財政ファイナンスを行ってきたと言えるのではないか。

 

日銀が購入した国債はバランスシート上の資産に計上される。さらに、ほぼ同額が負債サイドの当座預金勘定に超過準備として積み上げられてきた。つまり、物価上昇により長期金利に上昇圧力が掛かり、10年国債利回りが0.25%に達すると、日銀の超過準備が増加、量的緩和が行われた状態になる。これは、インフレ下における金融政策としては正攻法と真逆だ。

 

FRB、ECBが出口戦略を急ぐなか、日銀はインフレ下で量的緩和を強化、為替は円安に振れ易い。資源価格の高騰と円安で輸入物価が上がり、企業物価上昇率は過去30年間になかった水準に達した。これまでは企業努力で吸収されてきたが、それも限界に近付いており、今後は価格転嫁が進むのではないか。日本でも消費者物価は本格的な上昇期に入るだろう。

 

メルセデスベンツの普及クラスであるC200セダンの日本国内における価格は、日銀が量的・質的緩和を採用した2013年頃から急速に上昇した。ユーロ建てで値上がりしたことに加え、日本と欧州の物価上昇率の違いが円/ユーロ相場に反映されなかったからだ。結果として、世帯平均所得を大きく上回った。輸入品に対する日本の家計の購買力は確実に低下している。

 

日米両国の消費者物価上昇率の差から、円/ドルの理論値を算出すると1ドル=74円になる。現在、実際の為替レートはその理論値から70%程度の円安の水準だ。ここまで大きな乖離が生じた理由の1つは、日銀の量的・質的緩和と考えられる。歯止めのないバランスシートの膨張による財政ファイナンスで、円の信頼は過去10年間に大きく揺らいだと言えるのではないか。

 

円安は上場企業の業績にはプラスに作用する可能性が強い。売上高、利益共に日本最大のトヨタの場合、2020年における海外での販売台数は全体の84.6%に達した。その多くが現地生産されており、会計上、円安は売上高、利益を膨らませる。しかし、内需には裨益しない上、資源輸入価格が上昇する結果、原価高を嫌って日本への生産拠点回帰は進まないだろう。

 

「ものづくり大国」と言われて久しいが、既に日本の貿易収支は構造的な赤字体質になりつつある。海外生産拠点からの利益の受け取りなどから、第1次所得収支は大幅な黒字を維持、経常収支はプラスの状態が続いてきた。ただし、高齢化の進捗で今後は貯蓄が取り崩される見込みであり、長期的には経常収支が赤字化する可能性は否定できない。

 

9年間に亘り歴史的緩和を継続してきたものの、日銀は安定的な物価目標を達成できなかった。そうしたなか、日本経済は、日銀が理想としない輸入資源価格の上昇によるインフレに直面しつつある。YCCにより円安を助長することで、日銀が物価上昇圧力をむしろ補強する可能性は否定できない。このタイプのインフレは、国内の需要を喚起しないことが予想される。つまり、賃上げを期待するのは難しい。日銀に政策変更の意図がない以上、個々の企業、個人が自らの防衛に乗り出さざるを得ないだろう。具体的には、生産拠点の海外シフト、そして資産運用における国際分散投資だ。そこに踏み切らなければ、じり貧のリスクに直面するのではないか。


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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