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パレスチナ情勢と原油市況
市川 眞一
2023/10/31

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概要

10月7日、イスラム教過激派組織ハマスが、実効支配しているパレスチナのガザ地区からイスラエルへの攻撃を開始した。青天の霹靂とも言える大規模な戦闘により、国際金融市場ではリスクオフのムードが強まっている。特に懸念されるのは、中東情勢が不安定化することで、原油市況に影響が及ぶケースだろう。もっとも、世界有数の産油国であるサウジアラビアなど湾岸諸国が、パレスチナの動きに呼応して国際社会に混乱をもたらすとは考え難い。むしろ、サウジアラビア、UAEなど主要産油国は、原油価格を安定させることで、財政収支を改善すると同時に、需要国において脱化石燃料化の動きが加速しないよう細心の注意を払う可能性が強い。また、長期的に原油収入への依存度を下げるなかで、米国、イスラエルからの技術導入による産業構造の転換を図るため、基本的に共存・協力を重視するのではないか。パレスチナ問題は、政治・外交、そして人道の面からは極めて大きな課題だ。しかしながら、世界経済を揺るがせる要因にはならないだろう。



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■ イスラエルは段階的に支配地域を拡大

パレスチナは中東において西を地中海、東をヨルダン、北はレバノンとシリア、南をエジプトに囲まれた地域で、その中心にはユダヤ教、キリスト教、イスラム教の聖地とされるエルサレムがある。紀元70年に古代ローマ帝国によって国を滅ぼされたユダヤ人が、19世紀末頃からのシオニズム運動によりパレスチナにおける国家の建設を目指し、元々の住民であったパレスチナ人と激しく対立した。

 

 

■ 英国の3枚舌外交がパレスチナ問題を複雑化

イスラエル建国への過程において、第1次大戦期の英国による「3枚舌外交」がパレスチナ情勢を混乱させた。英国はアラブ人の独立を容認しながら(フセイン・マクマホン協定)、ユダヤ人に対しても国家建設への支援を約束した(バルフォア宣言)。一方、仏ロ両国との間では大戦後のアラブの分割統治を密約したのである(サイクス・ピコ協定)。これは、ユダヤ人とパレスチナ人の対立を煽る結果になった。

 

 

■ パレスチナにアラブ人国家とイスラエルを建国する案

第2次大戦後の1947年11月29日、国連総会はパレスチナに関して英国の委任統治を終了し、アラブ人とユダヤ人の2つの国家を創出、エルサレムを特別都市とする『パレスチナ分割決議』を採択した。翌1948年5月にはイスラエルが建国されたのである。もっとも、パレスチナに住んでいたアラブ人の反発は激しく、アラブ諸国がそれを支援したことにより、パレスチナは世界有数の不安定な地域になった。

 

 

■ 近年はアラブ主要国が中東の安定を強く意識

建国後のイスラエルは、アラブ諸国と4回にわたる中東戦争を戦い、第4次となった1973年には世界経済を震撼させた第1次石油危機の引き金を引いた。ただし、1978年9月、ジミー・カーター米国大統領の仲介でエジプトと国交を正常化、2020年にはUAEとも外交関係を結んでいる。アラブ主要産油国にとり、脱化石燃料化に備える上では、米国、イスラエルとの提携による産業構造の転換が欠かせないだろう。

 

 

■ 主要産油国は国防費の支出が大きい

戦時下にあるウクライナを例外とすれば、主要産油国はGDPに占める国防費のウェートが高い。特に中東諸国にとっては、地域情勢が不安定なため、防衛力を強化する必要があったのだろう。また、原油を輸出する一方で、米国などから兵器を購入、関係を維持する意味もあったと考えられる。もっとも、国際的な脱化石燃料化により石油収入の先細りが予想されるなか、国防費の圧縮は最重要課題の1つなのではないか。

 

 

■ 原油価格の安定基調は崩れていない

ハマスによるイスラエル侵攻が世界経済・市場に大きなインパクトを与えるとすれば、それは原油価格の上昇を背景としたものだろう。第4次中東戦争の際には、戦闘こそ20日で終わったものの、産油国側がイスラエルを支援していた米蘭両国への原油禁輸措置を発動、他の国に対しても輸出価格を大きく引き上げた。第1次石油危機だ。しかしながら、現在、アラブの結束へ向けた動きは見られない。

 

 

■ OPEC+の生産余力は日量660万bbl

国際エネルギー機関(IEA)によれば、9月におけるOPEC+の生産量は日量4,310万bbIだった。サウジアラビア1国で330万bblの生産余力があるが、これは日本の消費量に匹敵する規模だ。OPEC+全体だと、生産余力は630万bblに達している。サウジアラビアなど有力産油国は、原油価格を安定させることにより、需要国における脱化石燃料化を遅らせ、原油による収入の長期的な確保を図ると見られる。

 

 

■ 第1次石油危機は世界的な原油需給の逼迫が背景

1973年の第1次石油危機は、1960年代の高度経済成長期を経て、需要の伸びが極めて速いスピードで進んでいた局面だったからこそ、価格の急騰を通じて世界経済に大きな打撃を与えた。しかし、現在は原油需要の伸びが緩やかであり、多くの国が2050年までのカーボンニュートラルを目指している。アラブ産油国は、主な需要国への関係を重視、原油価格の安定と産業構造の転換を目指すだろう。

 

 

■ パレスチナ情勢と原油市況:まとめ

ハマスによる奇襲を受けたイスラエルは、ガザ地区への攻撃の手を緩めていない。それは、政治・外交、そして人道上は衝撃的な出来事だ。しかし、アラブ主要国はパレスチナへの連帯を示しつつ、基本的に静観を維持している。長期的には原油収入に頼れなくなるため、価格の安定に配慮すると同時に、産業構造の転換を図らなければならないからだ。それには、米国、イスラエルをはじめとした先進国との協調が欠かせない。従って、パレスチナの紛争が、世界経済に及ぼす影響は大きくないのではないか。

 


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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