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少子化対策が資産運用を迫る理由
市川 眞一
2024/04/02

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概要

2024年度予算が成立、通常国会は後半戦に入る。政治とカネの問題以外で論戦の軸となるのは、異次元の子育て支援策だろう。岸田政権は、少子化対策の一部に医療保険からの「支援金」を充当する方向だ。もっとも、国民生活白書に「少子化」の文字が刻まれた1992年度以降、様々な少子化対策・子育て支援策が実施されてきたものの、合計特殊出生率を押し上げるには至っていない。過去の政策への検証がないまま、新たな対策を講じても、その効果は極めて不透明だ。また、応益性を前提とした医療保険を裁量的な政策である子育て支援の財源とすれば、公的保険制度の根幹が崩れかねない。長期的に考えた場合、高齢化が加速する一方、保険料を負担する現役世代が減少するため、医療だけでなく、年金、介護も含め保険財政は厳しさを増すだろう。給付水準が見直される可能性は否定できない。公助の限界が見えつつあるなか、インフレへの転換もあり、自助、即ち老後へ向けた資産形成として、長期的な投資の重要性がさらに高まるのではないか。



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■ 子育て支援は少子化社会基本法制定以降、18年間で4.1倍へ拡大

国立社会保障・人口問題研究所(IPSS)によれば、広義の社会保障費である社会支出のうち、児童手当、育児休業給付などほとんどが子育て支援関連を示す「家族関係支出」は、少子化社会対策基本法が制定された2003年度の3兆3,117億円から、2021年度には13兆5,363億円へと急速に拡大した。しかしながら、これまでのところ、合計特殊出生率の低下傾向に歯止めを掛けるには至っていない。



■ 家族関係支出は保健、高齢に続く第3の分野へ

2021年度の社会支出142兆9,802億円のうち、家族関係支出のウェートは9.5%で、保健、高齢に続き3番目の大きな項目になった。岸田文雄首相は、2023年1月4日の念頭会見で「異次元の子育て支援」を打ち出したが、実は少子化対策として既に巨費が投じられている。そうした施策に関する詳細な検証がないまま、新たな対策を行っても、コストに見合う十分な成果は期待できないだろう。



■ 2056年には生産人口1.4人に高齢者1人

65歳以上の高齢者1人に対する15~64歳の生産人口は、現時点で2.0人だ。IPSSによる最新の将来人口推計(中位推計)によると、2056年に総人口は1億人を割り込むが、その際、高齢者に対する生産人口は1.4人へ低下する見込みとされた。IPSSの将来人口推計については「甘い」との批判が少なくないものの、それでも人口減少、高齢化のスピードはかなり深刻であることが示されている。



■ 高齢化で医療費は急増へ

国民1人当たりの年間医療費を見ると、35~39歳は15万3千円、45~49歳で20万7千円だが、65~69歳では50万円、75~79歳だと78万5千円へと大きく増加する。今後、現役世代が急速に減少し、高齢者人口が横ばいになるため、医療保険に関する給付と負担の世代間バランスは大きく変わる可能性が強いだろう。長期的に考えた場合、医療保険に子育て対策を支援できるような余裕があるとは考え難い。



■ 診療報酬体系の抜本的な改革は行われず

診療報酬の伸びを抑制するために行われる2年に1度の改定において、医療従事者の人件費などを含む本体部分が引き下げられたのは2002年度、2006年度の2回しかない。開業医の発言力が強い日本医師会が強く反対、政治が押し切られてきたからだ。一方、薬価は例外なく引き下げられてきた。薬価差益の是正が表向きの目的ではあるが、財政面から診療報酬全体の帳尻を合わせる必要があったことも理由だろう。



■ 薬価の抑制による新薬開発の停滞、円安で日本の制約市場は縮小へ

日本の公的医療保険制度の下では、診療報酬を抑制するため、画期的な新薬であっても薬価が低く決定されるケースが多いとされてきた。結果として、製薬会社にとり新薬を開発するインセンティブが抑え込まれてきた感は否めない。加えて円安の影響もあり、過去5年間における日本の処方箋薬市場は、ドルベースで年率3.6%の大幅なマイナス成長になった。先進国においては極めて特殊な現象だ。



■ 過去30年間、税は3.5%ポイント、社会保険は6.7%ポイントの伸び

税と社会保険を合計した国民負担率は、財務省の試算で2024年度に45.1%になると見込まれている。過去30年間だと、全体の上昇幅10.2%ポイントのうち、税の3.5%ポイントに対し、社会保険は6.7%ポイントに達していた。増税は有権者の反発を受け易い一方、社会保険料率の引き上げへの抵抗が少ないことが政治的な背景ではないか。子育て支援への医療保険の流用もその一環と言えるだろう。



■ 2056年には人口は1憶人を下回る

甘いと言われるIPSSの中位推計でも、今後50年間に亘って日本の総人口は年率0.8%のペースで減少し、生産人口はその率が1.1%に達する。このペース以上で人口減少が続く可能性は強いだろう。その場合、税制の改革(増税)は政治的に難しく、保険料率の引き上げによる国民負担の増加にも自ずと限界がある。結果として、次は社会保険の給付水準の見直しに着手せざるを得ないのではないか。



■ 少子化対策が資産運用を迫る理由:まとめ

人口減少・高齢化が急速に進むなか、岸田政権は子育て支援を強化しようとしている。ただし、その処方箋は効果が不透明で、むしろ財政をさらに悪化させる可能性は否定できない。そうしたなか、個々人の老後への備えはこれまで以上に重要になるのではないか。インフレに対応する必要もある。公助のシステムの先行きが不透明なだけに、自助の力を高めておかなければならないだろう。少子化対策に対する医療保険の流用は、自助の根幹である資産運用の重要性を再確認させることになるのではないか。



市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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