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出口戦略を巡る政府、日銀それぞれの事情
市川 眞一
2024/07/30

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概要

日銀は7月30、31日に政策決定会合を開催する。月「6兆円程度」とされてきた長期国債買い入れ額の減額について、今回は具体的な方策を決めなければならない。また、自民党の茂木敏充幹事長が講演で金融政策の正常化に関して言及するなど、政府・与党から暗に利上げを求める声も強まっているようだ。背景には歴史的な円安があるだろう。円は対ドルで160円台を付けただけでなく、実質実効レートが1ドル=360円に固定されていたニクソンショック以前の水準を下回った。実質実効レートの低下は、輸入物価の上昇を通じて「円安とインフレの悪循環」を招くリスクが高い。9月の自民党総裁選の後には、解散・総選挙の可能性があるなか、岸田政権全体に円安への危機感が拡がっている模様だ。ただし、日銀が利上げに踏み切る場合、国債の利払い費が急増し、財政を圧迫すると見られる。また、日銀当座預金の超過準備に対する付利金利の引き上げを通じて、日銀の収支に大きな影響を及ぼすだろう。それは、政権、日銀双方にとって難しい決断だ。



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■ 実質実効為替レートはニクソンショック以前の水準を下回る

7月22日、茂木敏充自民党幹事長は道新東京懇話会で講演、日銀の金融政策に関し「正常化する方向で着実に進める方針を明確に打ち出すことが必要」と語った。円の実質実効レートは5月末に68.65へ低下、固定相場制であったニクソンショック以前の水準を下回っている。日本の低金利による円安は輸入物価の上昇を通じてインフレ圧力となるため、岸田政権全体に警戒感が強まっているのだろう。



■ 日米短期金利差により円キャリートレードが活発化

一連の円安が始まったのは、2022年3月だった。同月15、16日のFOMCでFRBが利上げに踏み切ったことが起点になっている。円だけではなく、他の主要通貨も対ドルで下落した。もっとも、2022年秋に円を除く通貨は対ドルで下げ止まり、現在は概ね2019年末の水準近くへ戻っている。円が独歩安となった理由は、他の主要中央銀行が利上げに踏み切る一方、日銀だけが超低金利政策を続けたからだろう。



■ 2024年度は5年ぶりの200兆円割れの見通しだが・・・

岸田政権がジレンマに陥っているのは、円安を止めるには金融政策の正常化が王道である一方、国債の安定消化は固より、長期金利の上昇抑制が本音だからではないか。今年度の当初予算ベースだと、新規財源債35兆4,490億円、既発債の償還に伴う借換債135兆5,154億円、合計170兆9,644億円の国債が発行される。国債の表面利率が上昇すれば、財政の利払い負担は急増せざるを得ない。



■ 長期金利上昇なら利払い費は急拡大

1990年台に入り国債発行残高が大幅に増加したにも関わらず、国債の利払い費は増加していない。デフレ下で低金利が続いた上、2013年4月以降は黒田東彦前総裁の下、日銀が量的・質的緩和、イールドカーブ・コントロール(YCC)を導入したことが要因だ。YCCは既に撤廃された。日銀が政策金利を引き上げた場合、それに伴って長期金利は上昇が見込まれる。国債の利払い費は急増するだろう。



■ マネタリーベースは当座預金の超過準備に積み上がった

日銀が量的・質的緩和を決めたのは2013年4月3、4日の政策決定会合だが、直前の3月末、日銀の保有する長期国債の残高は91兆3,492億円だった。それが、今年6月末には584兆8,043億円になっている。つまり、493兆4,551億円増加だ。この日銀の国債購入に連動、マネタリーベースは536兆3,685億円供給されている。安定的物価目標2%の明確化とマネタリーベースの大量供給が、デフレ脱却策の両輪だったわけだ。



■ マネタリーベースの大量供給でも与信は伸びず信用乗数が急低下

「マネーストック=信用乗数×マネタリーベース」なので、信用乗数が一定であれば、マネタリーベースの供給拡大に伴いマネーストックも増加するはずだった。ところが、マネタリーベースの大量供給にも関わらず、マネーストックの残高は伸びず、2013年3月に8.50倍だった信用乗数は、足下、2.39倍へと落ち込んだ。これは、日銀が意図したデフレ脱却のメカニズムが機能しなかたことを示すだろう。



■ 資産の保有長期国債は負債の当座預金残高に対等

日銀のバランスシートを見ると、7月10日の時点で資産に長期国債が585兆2,197億円あり、それに対等するかたちで負債には当座預金残高544兆4,379億円が計上されている。政策金利の引き上げに伴い当座預金の超過準備に対する付利金利を1%引き上げた場合、その利払い費は年間5兆円を超えるわけだ。国債の売却は困難であり、日銀が付利金利の利払い費を圧縮することも難しい。



■ 付利金利の引き上げは経常収支に直結

2024年3月期における日銀の決算では、保有する国債の利息収入が1兆7,124億円、外国為替差益が1兆6,757億円、ETFの運用益(受取配当)が1兆2,356億円など、経常収益は5兆859億円だった。これに対して、当座預金に対する付利の利払い費は1,888億円に過ぎない。しかしながら、利上げに伴う付利金利の引き上げは、利払い費の急増を通じて日銀の収支を大きく悪化させることになるだろう。



■ 出口戦略を巡る政府、日銀それぞれの事情:まとめ


賃上げにも関わらず、実質賃金の伸びがマイナスを続けていることで、円安が物価に与える影響は政策的に無視できなくなった。ただし、日銀による利上げは、政府は国債の発行利率、日銀は当座預金の超過準備に対する付利金利、それぞれに与える影響が大きい。デフレ下において、財政政策と金融政策が馴れ合い、”too big to change”の状態が生じているようだ。結果として、日銀が利上げを行うとしても、幅、ペース共に極めて慎重なものになるのではないか。それは、中長期的に為替に影響するだろう。

 


市川 眞一
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

日系証券の系列投信会社でファンドマネージャーなどを経て、1994年以降、フランス系、スイス系2つの証券にてストラテジスト。この間、内閣官房構造改革特区評価委員、規制・制度改革推進委員会委員、行政刷新会議事業仕分け評価者など公職を多数歴任。著書に『政策論争のデタラメ』、『中国のジレンマ 日米のリスク』(いずれも新潮社)、『あなたはアベノミクスで幸せになれるか?』(日本経済新聞出版社)など。


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