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新興国市場モニター:新型コロナウイルスの影響
2020/03/02

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概要

ピクテ・アセット・マネジメントのチーフ・エコノミスト、パトリック・ツヴァイフェルが新型コロナウイルスの発生による中国およびその他新興国への影響を分析します。



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最悪期は脱したか?

新型コロナウイルス(COVID-19、新型肺炎)の感染拡大が伝えられていますが、ピクテでは基本シナリオとして、発症件数は3月前半のうちにピークを迎えると見ています。従って、経済への最も大きな影響が出るのは1~3月期で、4~6月期には経済の本格的な回復が期待できると考えます。一方、主なリスク要因としては、感染拡大の長期化および/または新型コロナウイルスが想定以上に悪性のウイルスであったと判明することが挙げられます。

新型コロナウイルス発生の影響の分析

世界規模の感染が経済に影響を及ぼす経路は主に3つあると考えます。

  1. 致死率:死亡した労働者が労働市場から永久に除かれることから、生産に影響を及ぼす
     
  2. 感染、入院による欠勤:生産高に一時的な影響を及ぼす
     
  3. 感染防止策:世界規模の感染に直面した人々が、1)検疫および隔離に従う、2)感染が広がる地域への出入りを回避する、3)レストラン、観光、娯楽、公共交通機関、実店舗でのショッピング等といった消費を控える等、個々人の行動が変化すること

感染によって死亡者数が増えることは遺憾ですが、新型コロナウイルスの致死率は極めて低位に留まる公算が高いとされていることから、本稿では、2つ目と3つ目の経路を通じた中国とその他新興国への影響を分析します。

中国経済への影響:需要ショックおよび供給ショック

二つの経路は、二通りの方法で中国経済に影響を及ぼします。一つは、供給ショックを通じた影響です。ウイルス感染および隔離のために労働従事者が減ることから、生産が大幅に減少します。こうした状況に春節(旧正月)休暇延長後の工場閉鎖延長の影響が加わります。

もう一つは、需要ショックを通じた影響です。検疫や隔離ならびに「感染に対する恐怖」が国民の移動を制限し、サービス活動の一時的かつ大幅な減少をもたらします。新型コロナウイルスによって極めて大きな影響を受ける業種セクターは中国のGDP(国内総生産)の52%を占め、うち、サービス・セクターは18%を占めています(運輸交通:4.5%、卸売・小売:10%、宿泊:2%、娯楽および文化・スポーツ:1%)。

重症急性呼吸器症候群(SARS)との比較


2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)発生時には、1~3月期から4~6月期にかけて、中国の実質GDP成長率(前年同期比)が1.5%のマイナス、小売売上高が2.3%の減少となったものの、その後は、それぞれ、1.2%および2.8%と大幅な回復に転じました。

短期的かつ急激なショック
図表1: SARSによる中国GDP成長率および実質小売売上高への影響(前四半期比%、年率)

出所:ピクテ・アセット・マネジメント

新型コロナウイルスによる影響は、感染防止のため(SARS発生時よりも)迅速かつ大規模な対策が講じられたにもかかわらず、SARSの影響を上回る公算が高いと思われます。また、新型コロナウイルスの発生を受け、春節休暇中の観光業やサービス・セクターにおける高額消費が、例年とは異なって、手控えられたことも注目されます。

中国のGDP成長率予想の下方修正

以上から、ピクテでは、2020年1-3月期の中国のGDP成長率予想(前年同期比)を1.9%下方修正しました。ただし、4~6月期には大幅な回復を見込んでいるため、2020年通年予想は、従来予想の5.9%(前年比)を5.6%(同)とし、0.3%の下方修正に留めました。

新型コロナウイルスの拡大による予想の修正
図表2:新型コロナウイルスによる中国および世界のGDP成長率への影響

出所:ピクテ・アセット・マネジメント

ピクテでは、想定される追加緩和の影響を踏まえて予想を策定していますが、追加緩和策は、金融刺激策でなく企業に対する救済策と見なされるべきだと考えます。金融当局は(7日物および14日物レポレートを10ベーシスポイント(0.1%)引き下げてそれぞれ2.40%および2.55%とする)緩和策を既に講じていますが、新型コロナウイルスの発生によって打撃を受けた企業の支援に際しては、財政政策が主導的な役割を果たすと考えます。

政府は、SARS発生時と同様、期間を限定し特定企業を対象とした税優遇策等、対象を絞った支援策を講じるものと見られます。蘇州、寧波、深圳、上海の地方政府は、既に、オフィス賃貸料の免除(1~2ヵ月)、納税申告の延期、新規融資の支払い利息の一部補填等、様々な企業支援策を発表していることが伝えられています。


新興国全体への影響

新型コロナウイルスの新興国全体への影響は、主に、3つの経路で発生すると考えます。

  1. 検疫・隔離ならびに「感染に対する恐怖」が観光業に及ぼす影響
    政府の迅速な対応は、新型コロナウイルスの影響が2003年のSARSの場合以上に大きいことを示唆しています。アジア域内の複数の政府が、海外渡航に関する警告ならびに中国への渡航および中国からの渡航の全面禁止を決定しています。

  2. 中国の需要減退が貿易に及ぼす影響
    中国の需要は世界経済の16%を占めています。
     
  3. 企業の休業によるグローバル・サプライチェーンの分断
    中国がアジア製造業の中心地であることを考えると、サプライチェーンの分断は極めて深刻な問題です。武漢市はサプライチェーン分断の起点である可能性があり、リスクが最も大きいのは自動車および情報技術(IT)の両セクターだと考えられます(図表3参照)

新型コロナウイルスの震源地
図表3:武漢市の経済の業種別内訳

出所:ピクテ・アセット・マネジメント

図表4が示しているのは、中国を除いて最も懸念されるのが、ベトナム、シンガポール、台湾、タイ等のアジア各国だということです。インドネシアやインドに対する影響が軽微だと考えられるのは、両国が外国との金融および貿易取引が少ない「閉鎖的な経済」を営んでいるためです。アジア域外の新興国では、ハンガリー等のグローバル・バリューチェーン上での存在感の大きい国、あるいはロシア等の中国の主要貿易国に限定されます。

大きな影響を被ることが予想される新興国
図表4:新型コロナウイルスの新興国全体への影響:中国の観光、交易およびグローバル・バリューチェーンに占める比率に基づいた国別ランキング

出所:ピクテ・アセット・マネジメント

新型コロナウイルスがもたらす経済への影響は、中央銀行に対して、追加の金融緩和を行うよう、圧力をかけることが予想されますが、大方の中央銀行が即刻の利下げを行う公算は低いと思われます。影響が一時的なものであるかどうかを判断するのには時間が必要だからです。例外は、既に利下げを行ったフィリピンとタイですが、両国ともに年内の追加利下げが予想されています。

ブラジルとロシアも利下げを行っています。一方、シンガポール通貨金融庁は、シンガポールドルの実効為替レートを決める政策バンドを通貨安方向に調整する「十分な余地がある」ことを公表しています。

まとめ

新型コロナウイルスの発生を受け、短期的ではあるものの甚大な影響が予想されますが、世界経済への影響は0.15%程度に留まると考えます。


新型コロナウイルスの発生時には、世界経済に回復の勢いが増しつつあったことには注意が必要だと考えます。ウイルス感染の影響が一時的なものに留まるとの見方が正しいとしたら、その後は順調な回復が予想されます。

以下の3つは、回復の追い風になると考えます。

  1. 世界の在庫が7年ぶりの低水準に落ち込んでおり、在庫・新規受注比率の4ヵ月連続の大幅な改善を下支えしています。在庫は、世界の産業活動の短期の先行指数と見なされます。
     
  2. 世界交易に大幅な改善の兆しが見られます。輸出受注ならびに情報技術セクターの輸出循環には底入れの兆しが見られます。世界の輸出の低迷は、主に、輸出循環に起因していたと考えられます。
     
  3. 新興国の超緩和策:新興国の中央銀行のうち、2008年のグローバル金融危機以降最多の63%が利下げを行っています(ネットベース)。金融緩和の効果が経済活動にあらわれるのは8ヵ月以上先になる傾向が認められます。

新興国に対するピクテの強気の見方は、新型コロナウイルスの発生以降も変わりません。新興国が先進国との成長率格差を拡大していくとの予想に遅れが生じているだけだと考えます。


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