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最近の中国の規制強化の動き
2021/08/13

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概要


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何が起こったか?

 

不透明感の強い市場環境が続いていた7月24日、中国の規制当局は、小・中学生向けの学習塾を運営する教育サービス業界を標的とした規制策を発表しました。政府の発表は既に広がっていたうわさを確認するに留まらず、更に踏み込んで、同業界の事業活動の幅を縮小させるものとなりました。

当局の締め付けが相次いでいた直後の今回の発表は、今後、「社会契約」遵守が強化されるのではないかとの懸念を強めるものとなりました。ここで、これまでの経緯に触れておくことが、状況の理解を容易にするかもしれません。要するに、子供を持つ家庭が半ば強制的に巻き込まれていると感じている学習塾に通わせる「競争」費用が高額であることから、一部の地域では、子供を持つことで法外なコストが生じているということなのです。

中国の高齢化の進行を明らかにした直近の国勢調査の結果を受け、政府は子供に優しい政策を促進するための試みを倍加しているように思われます。もっとも、市場参加者を驚かせたのは、教育サービス業界に及んだ影響の大きさです。

今回の規制策発表の結果、教育サービス市場が縮小することとなり、それに伴い関連銘柄の株価が急落しました。

 

規制の発表は何を意味するか?

 

中国の配車サービス大手、滴滴出行(DiDi)の新規株式公開(IPO)直後から懸念されていたのは、中国の規制当局が「社会契約」最優先の姿勢を強めるのではないかということでした。IPOが行われた時点でのピクテの見方は後述しますが、「次に何が起こり得るか」については以下のように考えます。

中国の最新の「5ヵ年計画」は、政府が、国内市場の強化に重点を置くことを明確に示しており、ここには、海外市場に上場する株式の「国内回帰」が含まれるものと思われます。滴滴出行の場合は、米ニューヨーク株式市場の預託証券(ADR)から香港市場への移行の可能性が考えられます。

こうした動きは今後も続くことが予想されますが、昨年末にも同様の動きが散見されていたことから滴滴出行がニューヨーク証券取引所上場を果たしたことは意外でした。また、一回限りの極めて特異な上場だったと見ていました。

滴滴出行については、データ保護、特に、中国国民に関する機密情報が、規制当局の許容範囲を超えて広く共有される可能性が焦点の1つとなっていることが注目されます。

今後、最も注目されるのはデータ保護の分野になると思われますが、政府は業界を制裁したいと考えているのではなく、データ保護の遵守を求めているのではないかと考えます。

 

中国ハイテク企業と規制

 

一方、9月1日施行予定の「データ安全法(データ・セキュリティ法)」の草案作成に、アリババやテンセントが参加していたことは先行きを期待させるものであり、規制当局が、インターネット業界を妨害しようとしているのではなく、データがどのように収集され、利用されているか(過剰な収集やキャッシュ化がなされていないかどうか)を注視していることを示唆しているように思われます。

今回、新たに発表された規制は、独占禁止法改正案の発表に通ずるところがあるように思われます。

また、市場規制当局が草案を作成している市場の独占に係る諸規則は、特に、変動持分事業体(VIE)に焦点を当てたものとなっており、オンショア企業とオフショア企業間の立ち位置の明確化を図るものであると考えます。当該規則は、競争を阻害する独占条項の使用、金融商品の抱き合わせ販売、データに基づいた顧客の優遇、コスト割れのサービスの提供等の課題を含むあらゆる種類の行為を対象としています。

美団(フードデリバリー大手)は、現在、独占禁止法違反に係る審査を受けています。新たな発表があったわけではないにもかかわらず、株価は調整していますが、 「今は取り敢えず売って、後で考えよう」の合言葉は現在の規制強化への懸念の高まりを物語っているようです。

 

昨年、独占禁止法改正案が公表された時点では、一部の企業は事業運営を調整せざるを得ないだろうと見ていましたが、このことは、ESGやサステナビリティの観点ではプラスの調整になりそうです。

美団については、特に、ドライバーの権利の保護を目的とした、以下の施策が発表されています。

・報酬が最低賃金を下回ってはならない

・ドライバーの労働時間の設定に、最も厳格な計算方式を使用することは出来ない

・社会保険の適用と労働組合の設立を許可する

・職場に対し、ドライバーの意見を反映する手段を講じる

 利害関係者の観点では、従業員の保護が強化されたことに価値が創出されたと考えます。また、行き過ぎが懸念されるような施策は見当たりません。なお、ピクテは、上記の新しい要件をバリュエーション評価に組み込みましたが、美団はファンダメンタルズ面から見て、株価に上値余地を残していると考えます。

その他の企業に目を向けると、規制当局によるアリババの審査は終了したものと思われ、テンセントについても近日中の終了が見込まれます(訳注:7月24日、当局はテンセントを独占禁止法違反で処分)。両社の間には、審査対策としての先手を取った調整とも思われるエコシステムの一部共有等の施策が確認されています。

 

VIEの仕組み

 

次に問われるのは、VIEの仕組みが規制に係る審査の次の標的になるかどうかということです。滴滴出行のIPOに係る審査に際してVIEの仕組みが問題とされたことは確かですが、特に注目されるのはADR上場の扱いです。

言い換えると、ADRと香港上場の主な相違点は、後者の場合、滴滴出行が「オフショア企業でありなからオンショア企業(国内企業)である」銘柄群に分類され、従って、香港は中国の一部であるものの、本土とは異なるとする「一国二制度」下、規制当局から比較的寛大な扱いを受ける可能性があるということです。

VIEの仕組みを法的に禁止するならば、対象企業が大手優良企業であることからも、市場を更に動揺させるものと思われます。

 

教育サービス業界についての見解

 

ピクテでは元々、中国のオンライン授業を手掛ける学習塾銘柄を評価していました。教育サービスに対する需要の増加やコロナ後の科目の拡充等、教育サービス産業の構造がセクターの支援要因となっていることに加え、市場シェアを拡大する能力、提供する科目の質や量、バリュエーション等、銘柄固有の要因に注目していました。

その後、特に、4~6月期中には、規制や政府組織の変更に係るうわさが広がったものの、公式の発表はありませんでしたが、運用チームは、徐々に評価を引き下げました。

規制に係る透明性が欠落した現状においては、当初の投資のテーマは、もはや有効ではないと考えます。

 

投資の時間軸

 

皮肉のようにも思われますが、短期の投資と中長期の投資の違いを改めて認識しています。

短期の投資には、当面のところ、規制上の制約がかかる公算が高いと考える一方で、中長期の投資については、「中国には投資出来ない」との見方は当てはまらないと考えます。

これまで繰り返し述べてきた通り、地殻変動を起こすような構造のシフト(場合によっては、シフトが引き起こすショック)は、常に、投資の好機をもたらします。サプライチェーンが中国から近隣諸国に移り始め、中国に逆風が吹きつけているとみなされた時にも、投資の好機が到来しました。

投資の時間軸の観点では、中国株式は超長期戦略の対象であると考えます。長期戦略に関して中国に必須だと考えるのは、自給自足体制を整えることの他、AI、高いレベルのテクノロジー・インフラ、ロボティックス、電気自動車、再生可能エネルギー等の主要分野の拡大と、サプライチェーンの持続性を確保することです。内需の拡大に注力することも期待されます。

多くの市場参加者にとって、今回の規制の発表は、「資本主義」について、中国では中国独自の解釈がなされていることを思い起こさせるものでした。また、個人よりも多数の幸福を重んじる中国の信念は、欧米の観点からすると驚きでした。

 

要約

 

規制発表の余波が収まるまでには暫く時間がかかるかもしれませんが、運用チームは、足元の不確実性を考慮して複数の銘柄を全売却した後、売られ過ぎの銘柄に押し目買いの好機を探っています。また、足元のボラティリティの上昇の先を見据え、有望な銘柄の発掘に注力しています。

根拠の1つは、インターネット業界に教育サービス業界のような災難が降りかかるとは思われないことです。もう1つは、下半期を通じて規制上の締め付けが続くことが予想される一方で、一部の企業は先手を打って対策を講じており、その他の企業も、ほぼ確実に、新しい規制環境への対応を図るものと予想されることです。

極端な悲観は投資の好機をもたらすと考えます。インターネット関連銘柄の中には中国の生活必需品となっているような銘柄が含まれており、こうした銘柄が消えてしまうことはないはずです。従って、銘柄の善し悪しを無視した無差別の売りと極端な恐怖の中から生まれる投資の好機を見逃さないよう、状況を注視していきたいと考えます。

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