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- 経済成長と政府債務の「大いなる乖離」
新型コロナウイルスのパンデミック局面で膨らんだ債務を、いつ、どのように返済するかを巡って議論が紛糾していますが、経済および金融の安定が損なわれるリスクを見逃すべきではないと考えます。
金融市場および経済安定の阻害要因
本稿では、GDP(国内総生産)成長率と政府債務残高が乖離する状況を「大いなる乖離」と呼んでいます。「大いなる乖離」は、金融市場と経済の安定を阻害する主な要因です。1999年から2000年にかけての「ITバブル崩壊」の引き金となったのは、債務を膨らませた新興のIT関連企業が、株価のバリュエーションに見合う収益やキャッシュフローを創出できない状況が相次ぎ、投資家の信頼を失ったことによります。このことは、成長に対する期待と債務の相関が薄れたことを示す典型的なケースとなりました。企業の債務が引き起こしたITバブルの崩壊に続いて、信用力の低い家計の過度の債務をきっかけに「サブプライム危機」が発生し、2007年から2008年にかけて深刻なグローバル金融危機に発展しました。また、2010年から2012年にかけて最悪期に陥ったユーロ圏のソブリン債危機「欧州債務危機」は、ギリシャ政府の粉飾決算を引き金とした各国政府の過度の債務に対する懸念を発端とするものです。
コロナ危機を脱しようとする局面においても、経済成長と政府債務の乖離が極めて重要な課題であることに変わりはありません。財政支出の拡大が経済成長を押し上げる「財政乗数の効果」が薄れた可能性があるのではないかとの懸念が課題の緊急性を高めています。GDPの追加的な成長を得るために必要とされる財政支出や政府給付の水準が上昇し続けていることを示唆する研究も散見されます。米国を例に取ると、1960年から1988年の期間には、政府、企業、家計の債務を合わせた国の債務の1%の増加が実質GDP成長率を2.6%押し上げました。これが、1982年から2001年には1.7%に、また、過去20年間については僅か0.7%に低下しています。つまり、債務の蓄積が経済成長を鈍化させているのです。
政府債務残高のGDP比率が一定の閾値を超えると、公的債務が経済成長に負の影響を及ぼすことを裏付ける実証研究も行われています。もっとも、閾値の水準については、専門家の意見の一致が得られているわけではありません。政府債務残高の対GDP比率が90~100%を超えると長期成長率に影響が及び始めるとの見方がある一方で、70%を超えると長期金利にかかる圧力が増すことを示唆する研究結果も発表されています。
20年に及んだ「大いなる乖離」
公的部門および民間部門の債務の拡大は中央銀行に影響を及ぼしており、金融政策はインフレ目標の設定から、借り入れコストを可能な限り低位に抑えることを主眼とするものに移っています。また、その結果、名目金利が名目成長率を下回る水準に置かれる状況が続いています。一部の学者や市場関係者の間に、イールドカーブ・コントロール(長短金利操作)またはイールドスプレッド・コントロール(利回り格差のコントロール)、ならびに、現代金融理論(MMT)の信奉者が増えている一因は、ITバブル崩壊時に初めて確認された「大いなる乖離」の原因となった危機の再来を回避するための手段を探る過程にあると言えるかもしれません。
中央銀行が2020年を通じて講じてきた施策が、新型コロナウイルスのパンデミックに起因する流動性ひっ迫と信用収縮の双方を回避したことは事実ですが、危機を回避するための施策が債務の積み上がる状況を悪化させることとなり、金融政策の正常化が複雑さを増して資産バブルの形成に大きな影響を及ぼしています。借り入れコストの上昇を抑える必要性も、中央銀行の独立性に影響を及ぼします。巨額の財政赤字を抱え、政府債務残高のGDP比率が高い国は、いずれ、中央銀行を掌握し金融政策を政治的な目的に利用したいとの誘惑に駆られるかもしれません。
「大いなる乖離」が投資に影響を及ぼす可能性もあります。債務の蓄積に市場が懸念を募らせ、国の利払い能力に疑問を呈する可能性があるからです。こうした場合には、通常、国債利回りが急騰するため、銀行セクター以外のセクターにも影響が及びかねません。また、このような状況が通貨の下落をもたらすこともあり得ます。債務の持続性が損なわれれば、株式、社債、不動産市場にも影響が及びます。
新型コロナウイルスのパンデミックを脱しようという局面にあって、ITバブルの崩壊、サブプライム危機、欧州債務危機のいずれもが株式市場や不動産市場の暴落を引き起こし、社債スプレッドの急拡大をもたらしたことを改めて思い起こしておくことが、後々、役立つかもしれません。過去20年の「大いなる乖離」は、バブルの発生と崩壊の周期の確率、頻度、振幅を増し、金融不安を増大させたからです。
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