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プライベート・エクイティ市場の中核を成すヘルスケア・セクター
2022/04/15

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概要

新型コロナウイルスの感染拡大を契機としたヘルスケア・セクターにおける技術革命が、プライベート・エクイティ市場に新しい投資の機会を提供する可能性があると考えます。



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人類は、新型コロナウイルス感染症が世界各地に広がる前から、健康を損なう多くの深刻な脅威に晒されてきました。大気汚染は、年間1,000万人以上の死因となっていますが1、がんも同様に致命的な病気です2。また、世界の人口の約5分の1が、2025年までに肥満症を発症することが予想され3、また、抗生物質が効かない細菌(薬剤耐性菌)感染が驚異的なスピードで増え続けています。

一方、新型コロナウイルス感染症の世界的大流行(パンデミック)は、診断や治療の手法を大きく変える可能性があると考えます。パンデミックがもたらした混乱が、人類が直面する多くの健康上の障害の根絶に寄与するイノベーションを次々と起こしています。新型コロナ・ワクチンが非常に短期間で開発されたことが、このことを裏付けています。

通常の状況では10年の歳月を要すると思われたワクチン開発が僅か1年未満で実現することとなりましたが、こうしたイノベーションは今後も増え続けることが予想されます。ヘルスケア・セクターは、新型コロナウイルスとの闘いの中で、新しい技術を活用することの重要性を学びましたが、こうした状況は、投資家にも影響を及ぼすことが予想されます。ヘルスケア・セクターの発展につれて、新しい投資機会が到来することは間違いありません。

健康状態の改善のために、政府や企業、個人が投じている資金の総量を考えると、ヘルスケア・セクター投資のポテンシャルは、更に広がるように思われます。2020年、米国医療費の対GDP(国内総生産)比は、1960年の5%からほぼ4倍に増加しており(図表1)、さらなる投資、とりわけ、予防医療のための投資が増えることを示唆しています。

 

図表1:医療費の推移

米国の国民医療費の推移、対GDP比、%

出所:Centers for Medicare & Medicaid Services 期間:1960年1月1日~2020年12月31日

 

 

健康への投資では、社会的な側面が強調されます。戦略コンサルタント大手のマッキンゼーは、(健康増進につながる行動の促進や医薬品へのアクセス拡大等の)既存の「治療介入」の利用法を見直すと同時に、人工知能(AI)等のイノベーションを活用すれば、世界の「疾病負担」は、2040年までに半減する可能性があるとの分析結果を示しています。こうした状況が実現すれば、人間の平均寿命は10年程度延びるということになります4

とはいえ、ヘルスケア企業への投資は、常に、成功するわけでも、単純明快なわけでもありません。新薬を市場に投入するまでに要する平均的な研究開発コストは、開発中止に追い込まれるリスクを勘案すると、10億米ドルを大きく上回ります5。一方、医薬品価格や医療サービスに課される費用には、社会や規制の観点から上限が設定されています。また、大手医薬品企業の多くは、(新薬(先発薬)の特許切れに伴って、後発薬への切り替えが急速に進む)「特許の崖(パテント・クリフ)」と、その後、売上が落ち込むリスクに晒されています。

 

投資の選択肢および投資機会の増加

ヘルスケア・セクターへの投資には、常に、こうした不確実性やリスクが伴いますが、一部の投資手法が、リスクの対価として相対的に高いリターンをもたらしていることはもっと注目されるべきと考えます。

ヘルスケア・セクターのイノベーションを投資機会として活用したいと考える投資家には、プライベート・エクイティ市場への投資が特に効果的だと考えます。プライベート・エクイティ市場には、以下の通り、複数の優位点があるからです。

初めに、投資の選択肢が豊富だということです。ヘルスケア業界では、未公開企業数が上場企業数を大きく上回るからです。次に、M&A(合併・買収)案件が多いということです。2020年には、新型コロナウイルス感染症のパンデミックを背景におしなべて投資意欲が削がれる中、ことプライベート・エクイティ市場においては、ヘルスケア企業のM&Aが(前年比)20%増と活況を呈しました。プライベート・エクイティ市場全体のM&Aが(同)14%減と低迷したにもかかわらず、非上場のヘルスケア企業を対象としたM&A案件が増加したことは、特に、注目に値します6

非上場のヘルスケア企業への投資から得られるリターンも魅力的です。プライベート・エクイティ市場では、ヘルスケア・セクター投資が、他セクターとの比較で、相対的に高いリターンをあげてきましたが、これは恐らく、イノベーションの大半が、成長の初期段階にある小型企業によってもたらされていることが一因だと思われます。研究機関の実験室から企業への(研究成果の)シフトが迅速に行われることが、(研究機関を有する)学会と緊密な関係を維持する企業やヘルスケア株式投資チームに優位性をもたらしています。

投資価値の大半は、非上場企業の新規株式公開(IPO)や買収に先立って、創出されます。IPOは、近年の多くの案件の中でも、投資家にとって有効な出口戦略(エグジット)の1つとなっています。もっとも、流動性が低下する局面では、通常の場合以上に、優れた技術や製品を有する企業に的を絞って投資することが重要です。

IPO以外の魅力的なエグジットとして、大手医薬品企業による買収が挙げられます。こうした企業は、自社のパイプラインを充実させるため、常に、成長の初期段階にある企業の動向を注視し、有望な投資機会を探っています。2014年から2018年の間に米食品医薬品局(FDA)から新薬の承認を受けた企業の54%が、FDAの承認前に買収されています7。また、新薬の多くは、中小型のバイオ医薬品企業によって開発され、既に事業基盤を確立した大手医薬品企業によって商品化されています。

 

注目されるサブセクター

新薬は、一般人の想像力を掻き立て、投資家の関心を引くものの、ヘルスケア・セクター全体の一部に過ぎないことには留意が必要です。プライベート・エクイティ市場におけるヘルスケア・セクター投資の機会は、新薬以外の分野(サブセクター)にも豊富に存在します。良好なリターンをあげる可能性が高い新薬以外のサブセクターには、以下の通り、治療薬、診断技術、デジタル・ヘルス、医療技術(メディカル・テクノロジー)、医療サービス提供機関(ケア・プロバイダー)等が挙げられますが、サブセクター、地域市場、企業形態や企業のライフステージ全般に、幅広く投資を行うことで、ポートフォリオの分散効果が得られます。

 

治療薬:治療薬のイノベーションはスピードが速く、規制環境は、企業にとってますます有利なものとなりつつあります。人工知能(AI)や機械学習は、新薬の開発、薬効の改善、精密(個別化)医療の基盤整備等の分野に、数多く使われています。バイオテクノロジーは、ベンチャーキャピタルおよびバイアウト企業、双方の投資資金を惹きつけ、調達した資金を研究・開発に充てています。

診断技術:人口の高齢化やライフスタイルの変化は、がん、糖尿病、心臓病等の慢性疾患が増え続け、したがって、診断技術に対する需要が増加することを意味します。政府が、公的検診制度の充実を図る一方で、自己診断や個別化医療に関連する事業が広がっています。初期診断は、患者の生活の質の改善をもたらすと同時に、長期治療の回避による医療費削減に寄与することで、ポジティブな成果をあげる可能性を秘めています。(液体生検等の)新しい診断技術には、(身体に負担を強いる手術や副作用の強い薬の服用等を指す「侵襲」の程度を下げた)「低侵襲」の傾向が見られます。中長期的には、患者に低侵襲治療の機会を提供することで、特定の疾患が発症する可能性の定量化が期待されます。

デジタル・ヘルス:新型コロナウイルス感染症のパンデミックや都市封鎖(ロックダウン)が、デジタル・ヘルスの普及を加速させた結果、対面治療が再開した後も、患者や医療従事者はデジタル・ヘルスの可能性に注目し続けています。米国では、メディケアの対象である高齢患者の初診の43.5%が遠隔診療(オンライン診療)で行われています8。デジタル・ヘルスは、低所得者層や過疎地域の住民に医療を提供するための重要な手段であり、国連の「持続可能な開発目標」を実現する鍵となっています。一方、国のレベルでは、デジタル・プラットフォームが、検診受診率の格差等のリスクを特定するためのデータ分析を可能にします。

 

医療技術(メディカル・テクノロジー)

メディカル・テクノロジー業界は、工学(エンジニアリング)技術と医師の専門的な知見を結び付け、医療機器、試薬、スマート・インプラント等を開発しています。高品質の製品が少ないことがバリュエーションを支えています。また、業界が極度に分断化されていることが特徴であり、近い将来、統合が進む可能性が示唆されます。

 

医療サービス提供機関(ケア・プロバイダー)

人口の高齢化が、公的および民間の医療サービス提供機関(ケア・プロバイダー)セクター拡大の原動力となっています。ケア・プロバイダー・セクターは、世界のM&A案件の公表ベースの金額ランキングで、(バイオ医薬品セクターに次いで)2位となっています。医療費の支払いを、医療の質や治療結果に関連付ける新しいモデルが提唱され、「価値に基づく医療(治療の有効性に応じて医療費を支払う制度)」が普及しつつあります。ここでは、人工知能(AI)が威力を発揮し得る分野である、安全性と有効性の二つに焦点が当てられています。また、建設的な対話(エンゲージメント)が重視され、患者と医療の専門家とのコンタクトが頻繁に行われるほど、患者の行動ひいては治療成果が改善されるとの見方が示されています。

 

図表2:資金の流れ

米国デジタルヘルス・セクターの資金調達:M&A案件数、資金調達額、10億米ドル

 

出所:Rock Health Digital Health Venture Funding Database 期間:2011年1月1日~2021年12月31日 ※2百万米ドルを超える米国の案件

 

市場別に見ると、米国および欧州が研究開発をけん引する状況が続いていますが、商品化やIPOについては、米国が優位性を維持しています。また、アジアも急速に追い上げており、特に、中国は、治療薬分野でイノベーションを起こし始めています。したがって、ヘルスケア・セクターのバリューチェーン全体に投資を行なうことで、地理的に十分な分散を効かせることが可能です。さらに、直接投資と間接投資を併せることで、分散効果や、リスク調整後リターンを高めることも可能です。

健康は、政府にとって、また、すべての国民にとって、特に、新型コロナウイルス感染症のパンデミック後、極めて重要な問題となっています。投資が拡大する中、規制当局は従来よりも市場に融和的な姿勢を強めており、技術革新(テクノロジー)が課題の解決に有効なソリューションを提供しています。ヘルスケア・セクターに焦点を当てたプライベート・エクイティ投資は、ポートフォリオの徹底した分散とリスク管理を通じてリスクを抑えつつ、セクター全体に内在する投資の好機を活用する手法として、極めて魅力的だと考えます。

 
1 Estimated death toll from PM2.5 particles. ‘Global mortality from outdoor fine particle pollution generated by fossil fuel combustion: Results from GEOS-Chem’, K. Vohra et al., 2021年4月
2 Globocan, 2021年2月
3 World Obesity, 2020年3月
4 McKinsey, ‘Prioritizing health: A prescription for prosperity’, 2020年7月
5 ‘Estimated research and development investment needed to bring a new medicine to market, 2009–2018’, O.J. Wouters et al., 2020年3月
6 Bain & Company, “Global Healthcare Private Equity and M&A Report 2021”, 2021年3月
7 FDA, HBM New Drug Approval Report, 2019年1月
8 U.S. Department of Health and Human Services, 2020年4月

 

 

 


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