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ロシア・ウクライナ危機は新興国投資の見通しをどのように変えたか?
2022/05/02

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概要

ロシアによるウクライナ侵攻が新興国に及ぼす影響を中長期的な観点から考察します。



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目次

01: 市場の混乱

02: コモディティ・サイクルの再認識

03: 米ドルが決め手

04: 中国に対する影響

05: リスクの均衡

 

01市場の混乱

ロシアによるウクライナ侵攻は、世界の市場を混乱の渦に陥れました。侵攻の影響が最も長引くことが予想されるのは新興国ですが、投資家にとっては新たなリスクと同時に、投資の好機が提供されていると考えます。

欧州では第二次世界大戦以降、最大の武力紛争となったロシアによるウクライナ侵攻が、国際商品(コモディティ)市場に最も際立った影響を及ぼしています。原油、天然ガスおよびその他資源の供給が滞ったことから、既に世界各地で上昇し始めていた物価に一段の上押し圧力がかかる結果となりましたが、一方で紛争の中長期的な影響は軽微に留まる公算が大きいと思われます。今回の紛争から投資家が学んだ教訓は、新興国に固有の地政学リスクがあることを戦争が思い起こさせたということです。ロシアの好戦的な態度が多くの観測筋の不意を打った一方で、プーチン大統領に対する中国の支援が同国と西側諸国との関係を一段と緊張させています。もっとも、ロシアの苦境は、中国による台湾侵攻のリスクを後退させたと言えるかもしれません。

中長期的な観点では、ロシアのウクライナ侵攻に対して先進各国が連携し協調行動を取ったことにより、将来の政府の行動が世界秩序の維持に従来以上に効果的に働く可能性があるとの希望も生まれています。

02コモディティ・サイクルの再認識

ロシアによるウクライナ侵攻がエネルギー価格に及ぼした影響は、疑う余地のないものでした。ロシアに対する西側諸国の前例のないほど厳しい制裁と、エネルギー供給が制約されるのではないかとの恐怖が原油および天然ガス価格を急騰させました。ロシアのGDP(国内総生産)が世界全体のGDPに占める割合は僅か2.5%程度に過ぎませんが、一方で同国の原油、天然ガス、パラジウムの生産量が世界の総生産量に占める割合は、それぞれ、13%、17%、46%に達します(図表3)。ピクテの試算によると、今後原油価格が侵攻前の水準を50%以上上回って推移した場合には直接的、間接的な影響により、2022年の世界のGDPは(前年比)0.4%の縮小を余儀なくされそうです。(図表1)

                                                                                                                                                

図表1:原油価格高騰の影響

GDP成長率の実績および予想(%)

出所:ピクテアセットマネジメント、CEIC、リフィニティブ  

データ期間:2019年12月21日~2022年4月20日

                                                                                                                                                                                                                                                                 

                                                                                                                                                                                                              

一方、ロシアのGDPは軍事費の増大や西側諸国による制裁を受けて6%縮小し、インフレ率は12%上昇することが予想されます。この他、銀行の取り付け騒動や金融システム崩壊のリスクも否めません。また、ロシアは対外債務の不履行(デフォルト)や国際収支悪化のリスクにも晒されています。

新興国を総じて見ると、ロシアは域内の成長に不可欠な各種資源の主要な輸出国であり(図表5)、産業用金属や木材等、エネルギー以外のコモディティも輸出しています。また、ロシアとウクライナは、小麦、トウモロコシ、ヒマワリ油等、農産物の主要生産国であり、ユーラシアおよび北アフリカの一部の国は小麦の輸入を両国に依存しています。従って、新興国の多くは農産物価格上昇の弊害を被っています。一部の資源国が価格高騰の恩恵を享受する一方で、資源を持たない国の苦境が際立ちます。また、ロシアに対する西側諸国の制裁に起因して、割安な価格で市場に放出されたロシア産原油や天然ガスを調達するという恩恵に預かる新興国も散見されます。

資源価格の高騰が物価に及ぼす影響は、消費品目の構成次第で国ごとに大きく異なります(図表2)。家計の所得に占める食料やエネルギー支出の比率が高く、相対的に貧しい国はロシアのウクライナ侵攻前から既に物価の上昇に苦しんでいますが、食品価格の急騰が「アラブの春」(2010年から2012年にかけて、チュニジアやエジプト等、北アフリカ地域で発生した大規模反政府デモの総称)の発端となったように、こうした状況が国内政治の安定に影響を及ぼす可能性があることには注意が必要です。

インフレが進むことは、新興国株式や債券の投資家にも様々な影響をもたらしています。需要の高い資源の産出国では市場の魅力が増し始めているのに対し、資源の輸入依存度が高い国の市場は魅力が薄れています。また、後者の市場では、インフレに伴って政治リスクが増大しています。

近年の新興国投資では経済成長やテクノロジーが注目される傾向が強まっていましたが、投資家は今、グローバル経済の基本的な要因である資源を再認識する必要に迫られています。

                                                                                                                                                                                                                                    

図表2:資源価格高騰の影響

インフレ率の実績および予想(%)

出所:ピクテアセットマネジメント、CEIC、リフィニティブ 

データ期間:2019年12月31日~2022年4月20日

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                         

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                

ロシアによるウクライナ侵攻の影響はコモディティに留まりません。一例を挙げれば観光業も苦戦を強いられています。新型コロナウイルスは、感染拡大の初期の局面に比べれば制御されているとはいえ終息の兆しは全く見られず、一方で燃料価格の上昇が運賃コストを押し上げているためです。

ロシアによるウクライナ侵攻の影響は国や地域によって大きく異なります。トルコ、中欧・東欧ならびにバルト海諸国は、ロシア、ウクライナ両国に対する輸入依存度が際立ちます。対照的にアジア各国は両国を主要な貿易相手国としていないため、食料およびエネルギー供給網(サプライチェーン)の混乱の影響を除けば影響は相対的に軽微です。もっとも、アジア域内でも国によって状況は異なります。資源国であるインドネシアとマレーシアが恩恵を享受しているのに対し、資源の輸入依存度が高いインドとフィリピンは相対的に脆弱です。一方、資源を殆ど持たない韓国やシンガポールは外貨準備を積み上げており、対外収支も良好です。

図表3:原油および天然ガスの生産量

世界での全生産量に占める国内生産量の比率 (%)

出所:ピクテグループ 2022年4月20日付けデータ

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                   

03米ドルが決め手

ロシアに対する経済制裁は、米ドルが世界の基軸通貨であることから効果をあげています。ロシアの一部金融機関の国際決済網(SWIFT)からの排除、ロシア中央銀行の外貨準備の凍結、商業銀行の海外業務の禁止等、過去に例を見ない強力な制裁は、ロシア銀行セクターの70%程度に影響を及ぼしており、ロシア以外の新興国政府にとって身も凍るような恐ろしい状況を展開しています。ロシアはこの種の金融面の脆弱性を補うため5,000億米ドル規模の外貨準備を積み上げてきましたが、制裁の影響を排除するには至っていません。

こうした「金融の武器化」は、中国等を自前の決済システムの開発に走らせると同時に、資源国にはコモディティ価格をドル建てからドル以外の通貨に変更するよう促す可能性が考えられます。こうした試みがどの程度成功するかは別問題です。ロシアのウクライナ侵攻が新興国市場の投資家に明確に示したのは、(投資家が制裁リストに載っていないことを前提とする限り)ドル建て資産を保有することの魅力です。

図表4:世界の輸出に占めるロシアの輸出比率

コモディティ別(%)

出所:ユーラシアグループ 2022年4月20日付けデータ

                                                                                                                                                                                                                                  

                                                                                                                                                                                                                                                                                   

04中国に対する影響

 中国に及んだ短期的な影響は、相対的に軽微に留まる公算が大きいと考えます。これはロシアが中国の輸出先の僅か2%を占めるに過ぎないからですが、一方でロシアは中国からの資金に依存しています(図表5)。また、ロシアのウクライナ侵攻は、中国がロシアの原油や天然ガスを割安な価格で調達することを可能としています。

 このことは、足元、僅か1.5%に留まる中国のインフレには中長期的な追い風です。また、中国政府は2022年の経済成長率目標を5.5%に設定しており、目標実現のために金融、財政両面から景気浮揚策を講じることが予想されます。

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                 

図表5:ロシアへの資金移動における国・地域別の割合(%)

 

出所:国際通貨基金(IMF) 2022年2月1日付けデータ

                                                                                                                                                                                                                               

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              

ロシアによるウクライナ侵攻の長期的な影響は、ロシアが米・中間の勢力均衡の決め手となる可能性があるということです。厳しい制裁を課された状況でロシアが他国と取引するための数少ない手段の1つは中国人民元を使った取引ですが、このことは、米国の金融覇権の代替として中国が期待される可能性を示唆しているようにも思われます。中国経済は完全な資本主義体制とは言えないものの、先進国経済との相関が低く、中国債券は投資対象としての魅力を増していると考えます。

もっとも、中国に深刻な政治リスクがあることも事実です。近年多くの産業に対して当局の規制が強化されたことや、ハイテク以外の「ローテク・セクター」を標的とした米国との貿易戦争の行方が懸念されます。

05リスクの均衡

経済成長やインフレ動向が読み難い状況下、新興国に対するリスク・プレミアムはここ数週間、上昇基調を辿っています。新興国市場からの資金流出は、ここしばらくは落ち着いていたものの、新興国が相変わらず政治リスクに晒されている状況は変わらないこと、また、政治リスクは従来資産価格に織り込まれること、を思い起こさせました。

皮肉なことに、新興国指数が内包する明らかに高いリスクは、ロシア株式および債券の当該指数からの除外に伴って低下しています。これはロシア株式およびロシア債券が、ロシアのウクライナ侵攻前の局面で周知のガバナンス・リスクや政府の好戦的な態度を一因に、過度に割安な水準に放置されたためです。

このことは新興国投資に際して、環境・社会・ガバナンス(ESG)要因が重要であることを明確に示しています。3つの要因はいずれも重要な役割を果たしていますが、新興国投資に際してはガバナンス要因の重要性が一段と増しています。規模が極めて大きい投資家の場合を除けば、新興国政府との意義あるエンゲージメント(対話)は、往々にして、思い通りに運ばず、成果が上がらないことから、特にガバナンスに欠ける国からは、投資資金が流出する結果となっています。

「投資先の新興国のガバナンスについては、従来以上に、徹底的な分析が必要になると考えます。」

ピクテは流動性が許す限りロシア資産を排除する一方で、コモディティ価格の急騰やインフレが進む局面で妥当だと判断した銘柄の組み入れを行ってきました。例えば、ソブリン債については、コモディティ価格急騰の恩恵が期待されるラテンアメリカおよびアフリカの一部の市場で組入れ比率を引き上げ、一方、トルコ、台湾、タイ、インド等の脆弱な市場については組み入れ比率を落としました。

新興国社債については、金利感応度の高い市場の組入れ比率を落としました。また、償還期限の短い金融債やコモディティ関連銘柄の組入れ比率を上げる一方で、食品価格やエネルギー価格の上昇に左右される傾向が強い消費関連銘柄の組入れ比率を減らしました。

新興国株式については、中東を拠点に肥料の原料を生産する企業や、ラテンアメリカの鉱山企業等、コモディティ価格上昇の恩恵が期待される銘柄を組み入れており、市場別では、総じてブラジルの配分を高めにしています。また、太陽光や風力発電銘柄も保有しています。

ロシアによるウクライナ侵攻は、短期的にも中長期的にも投資家にとっての課題を残しています。今後1年から2年についてはコモディティ価格の上昇が、世界各国の経済成長とインフレ動向に影響を及ぼすものと思われます。一方、中長期的な観点では、先進国が「世界の警官」としての役割をどの程度担うことになるのか、また、新興国がそれにどう対応するかによって先行きが読み難い状況です。米ドルの覇権や信認が永久に損なわれる可能性も否めません。いずれにしても、投資先の新興国のガバナンスについては、従来以上に徹底的な分析が必要になると考えます。

 

 

※当資料はピクテ・グループの海外拠点が作成したレポートをピクテ投信投資顧問が翻訳・編集したものです。

 


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