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米国のインフレはピークに達したのか?
2022/06/15

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概要

                                                                                                                                                                   

過去のインフレ局面はリスク資産にどのような影響を及ぼしたか、チャートから読み解きます。



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インフレ高進が年初来の株式市場低迷の元凶となっています。債券利回りの大幅上昇、ひいては、株式バリュエーション(投資価値評価)の低下をもたらし、極めて明確な金融政策の方針(フォワード・ガイダンス)の転換を米連邦準備制度理事会(FRB)に促すこととなったからです。物価の上昇と金融引き締め政策への転換を受けて経済見通しが下方修正され始めており、5月の米ISM製造業景況指数がピークに達し、国債の利回り曲線(イールドカーブ)が一時的な長短逆転(逆イールド)の形状を形成する中、景気後退(リセッション)懸念が強まっています。

インフレがピークに達した場合には、どのような状況が展開されるか?

5月27日発表の4月の米個人消費支出(PCE)は、総合指数が前月比0.2%、変動の大きい食品とエネルギーを除くコア指数が同0.3%の上昇となりました。一方、前年同月比では、総合指数が3月の6.6%(過去最高)から6.3%に、コア指数が同5.2%から4.9%に低下し、インフレがピークに達した可能性を示唆しています。もっとも、指数の伸びの鈍化は主に商品価格に起因するものであり、サービス価格は小幅ながら上昇基調を維持しています。

エコノミストも、向こう数ヵ月の期待インフレ率の鈍化を予想しています。ブルームバーグがエコノミスト約50人を対象に実施した調査も、消費者物価指数(CPI)の伸び率が向こう数四半期を通じて鈍化するとの見通しを示唆しています。エコノミストの平均予想は、直近予想の8.3%に対して、第2四半期(4~6月)および第3四半期(7~9月)がそれぞれ7.9% および7.2%となっており、その後は減速基調が鮮明になるとの見通しで、第4四半期(10~12月)は 5.9%、2023年第1四半期( 1~3月)は 4.3%となっています。

                                                                                                                                             

10年物ブレークイーブン・インフレ率で測った市場の期待インフレ率も低下に転じ始め、足元では2021年末の水準を 8ベーシスポイント(0.08%)下回っています。

                                                                                                                                                                                              

                                                                                                                                                                             

インフレ率は、目先は高止まりの公算が大きいと思われますが、注目されるのは、インフレの変化率であり、また、複数の要因が状況を悪化させる、あるいは、影響を相殺し合う状況が続いていることです。新型コロナウイルスの封じ込めを図った中国の厳格な移動規制の一部解除や経済成長を促す景気刺激策の導入、ロシアによるウクライナ侵攻やEU(欧州連合)によるロシア産原油の禁輸政策に起因する国際商品(コモディティ)価格への上昇圧力、需給の逼迫を受けた賃金上昇圧力等は、いずれもインフレ要因と考えられます。一方、量的金引き締めなどのFRBの金融政策の転換、コロナ後の景気回復のピークからの景気減速、前年からのベース緩和の効果の減少、半導体供給網(サプライチェーン)の制約緩和は、デフレ要因と考えられます。

                                                                                                                                                                                                                                          

インフレがピークに達することは、株式市場の上昇トレンドが回復するための必要条件ではあっても十分条件とはいえない可能性が高いと考えます。

次に、米国で過去にインフレがピークに達した際の資産クラスの典型的なパターンを、米国のCPIの変化率から検証します。図表3はインフレがピークに向けて上昇し、ピークを抜けるまでのS&P500種株価指数のリターンの中央値を示したものです。

 

第一に注目されるのは、CPIのピークが株式市場の底入れ(1957年、1966年、 1970年、1974年、1984年)と一致する場合が数多く観察されるということです。過去14回のインフレ局面の中で、インフレがピークに達した後も株式市場の下落が続いたのは、2001年と2008年の2回だけです。

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                               

                                                                                                                                                                                                                                                                  

図表4は、図表3の元となるデータで、米国のCPIとS&P500種株価指数のリターンを示しています。過去のデータが示しているのは、インフレがピークを付ける2ヵ月前から株価指数が下げ始め(リターンの中央値は、2ヵ月前が+0.05%、1ヵ月前が-2.34%)、一方、ピークを付けた後は回復に転じて平均リターンの上昇の勢いが加速し、プラスのリターンがマイナスのリターンを上回っていることです。インフレがピークを付けた60日後、90日後、180日後の株価指数のリターンは、60%以上がプラスとなり、1年後には73%に上昇していますが、平均リターンも、それぞれ、+0.69%、+1.58%、+5.71%と改善基調です。

2000年以降の期間で、平均から大きく乖離した値が見られるのは2001年と2008年の2回だけですが、両年とも株式市場は弱気相場、経済は景気後退局面にあり、企業業績に下押し圧力がかかって利益が縮小しています。従って、インフレがピークを付けた後、株式市場は急落しています。一方で足元の経済は数ヵ月前との比較では減速基調にあるものの、依然、拡大局面にあり、2022年1~3月期の堅調な企業業績は、企業の強い抵抗力を示唆しています。また、2001年および2008年の場合とは異なり、債券利回りの上昇に因るバリュエーションの低下を受けて株式市場は軟調に推移しています。

足元のインフレ率は、前述の通り短期間で低下する公算は小さいと思われますが、過去のパターンが示唆しているのは、CPIがピークを付けたことを裏付ける根拠が今後も示されるならば、売り圧力が後退し始める可能性があるということです。

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              

インフレがピークを付けた後の米国株式市場のトレンドと同様のトレンドが、欧州株式市場にも見られることを示しているのが、図表6のドイツDAX株価指数の1966年以降の平均リターンです(ドイツDAX株価指数を欧州株価指数の代替としたのは、ドイツの株式市場は歴史が長く、インフレのピークが米国市場より多く含まれているからです)。ドイツDAX指数のリターンの中央値は、米国のCPIがピークを付けた後、240日で約11.7%上昇しています。また、この間、プラスのリターンがリターン全体に占める比率は米国の場合とほぼ等しく約75%です。

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                  

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              

図表6は、米国のインフレがピークを付けた後の5ヵ月間で新興国市場が大幅に上昇し、その後は、先進国と歩調を合わせて下落に転じたことを示しています。新興国市場は、1990年以降、米国のインフレがピークを付けた後20日で底入れし、その後の5ヵ月間でほぼ19%と急騰しています。もっとも、6ヵ月目には下落に転じ、米国および欧州市場のリターンの中央値7.6%を小幅に下回っています。

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                       

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                

国際商品(コモディティ)価格は米国のインフレがピークを付けた後、下落に転じる

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                   

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                           

図表7は、米国のインフレがピークを付けた前後のブルームバーグ商品(コモデティ)指数の中央値を示していますが、世界の商品(コモディティ)価格にはインフレがピークを付けた後に急落する傾向があり、インフレが低下に転じてから240日間のリターンの中央値が-9.5%だったことを示しています。この間のプラスのリターンが全体に占める比率は、僅か16.7%に過ぎません。

米国国債利回りは、インフレ圧力の後退に伴って低下する傾向がある

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                           

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                

米国のインフレがピークを付けた前後の米国2年国債利回りと10年国債利回りの推移が示しているのは、10年国債利回りはインフレがピークを付けた後の6ヵ月間、小幅に上昇した後に1年後には大幅に低下する(中央値は28ベーシスポイント(0.28%))傾向があることです。

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                              

一方、償還期限の短い2年国債利回りはインフレがピークを付けた後、10年国債利回りに先行して低下することが、図表11の平均変化率に示されています。2年国債利回りの低下幅の中央値は、インフレがピークを付けた後の180日間では18ベーシスポイント(0.18%)に留まるものの、1年間では60ベーシスポイント(0.60%)に達しています。

米国国債の利回り曲線(イールドカーブ)は、短期国債利回りが長期国債利回りに先行して低下すること、また、低下幅が大きいことから傾きの急勾配化(スティープ化)が進みます。

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                      

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                  

フェデラルファンド(FF)金利は、概ね、安定推移していますが、インフレがピークを付けると低下に転じます。米連邦準備制度理事会(FRB)は、現在、インフレ封じ込めを最優先してタカ派的な姿勢を強め、積極的な利上げを進めています。1980年は積極的な利上げがリセッション入りを誘発した年として記憶に残りますが、大幅な利上げが実体経済に打撃を与え、中央銀行に利上げの中断を強いることは珍しくありません。

米国経済は、インフレ圧力の後退に伴って、成長が鈍化あるいは縮小に転じる

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                               

図表11は、米国のインフレがピークを付けた前後の米国のISM製造業景況指数(PMI)を示しています。インフレがピークを付けた時点のPMIの平均は50.1ですが、より重要だと思われるのは、PMIの変化の平均が、インフレがピークを付けた30日後には-1.1、90日後には-3.2とマイナスの数値になっていることです。その結果、180日後には景気後退期入りする傾向が強いこと、また、1年後に再び好況、不況の分岐点である50を上回るまでは厳しい状況が続くことが明確に示唆されています。

もっとも、近時のデータが示唆しているのは、2008年を除く大半の場合、インフレがピークを付ける局面においてもPMIが景気拡大期に留まっていることです。


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