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米国による半導体の輸出規制強化
2022/10/24

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概要

米国で発表された、中国に対する先端半導体および半導体製造装置の輸出規制強化について解説いたします。



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概要

・2022年10月7日、米国商務省は中国向けスーパーコンピューターおよび半導体製造装置に対する新たな輸出規制を発表しました。

・規制は広範囲におよび、以下の3つの柱で構成されています。

         1. 特に中国で使用または設置される先端半導体や半導体製造装置に係る輸出規制

         2. 中国国内で特定の集積回路の開発または生産を支援する米国人および米国企業の能力に対する規制

         3. 特定事業者の二重利用品目への参入を制限することを目的とした「未検証ユーザーリストおよび

            「エンティティ・リスト」の掲載事業体の追加

・今回の措置は、米国が主要技術に係る「相対」優位性に替えて「絶対」優位性を追求することを示すものです。

・ 消費者から先端半導体や半導体製造装置メーカーに至る半導体業界全体が、新たに導入される輸出規制の影響を受ける可能性があると思われます。

・米国による規制強化に対して、中国が直ちに反応を示すことはないと思われますが、同国政府は科学技術自立の実現に向けた取り組みを強化する公算が大きいと考えます。

・米国政府の技術規制は、中国に対する広範な「戦略的競争」政策の一部ですが、当該規制が示す米中間の部分的なデカップリングは、世界経済および世界平和の先行きを懸念させます。

 

米国は、中国の最先端半導体の購入および製造能力を阻止

2022年10月7日、米国商務省は中国向けの先端コンピューターおよび半導体製造品目に対する新たな輸出規制を発表しました。

米国は、「こうした製品や能力は、大量破壊兵器を含む高度な軍事システムの製造に使用されており、軍事的意思決定、計画、兵站、自律型軍事システム構築の速度と精度を改善し、人権侵害を犯している」と指摘して、規制の発動を正当化しています。

今回の措置は、米国が国家安全保障を理由に外国企業との貿易の制限を可能にするため既存の法的枠組みを拡大解釈したものであり、「輸出管理規則(EAR)」と特定の貿易制限が適用される取引相手を指定する様々な「リスト」の双方を活用したものです。

EAR は有形物体および知的財産の双方に適用され、二重利用品目の輸出および再輸出の規制を目的としたものです。

 

米国商務省が発表した規制は、以下の3つの柱で構成されています。

1. 特に中国で使用または設置される先端半導体や半導体製造装置に係る輸出規制。

一例を挙げると、中国国内のスーパーコンピューター用の半導体は、現在、使用許可申請の対象となっており、中国国内の施設に向けた半導体製造装置の販売にも許可申請が必要です。(多国籍企業ではなく)中国企業が所有する施設は、許可申請が拒否されることを予期しておく必要があります。

     

2. 中国国内にある特定の集積回路の生産施設において、未許可で集積回路の開発あるいは製造を支援する米国人の能力に対する規制。

支援の概念は意図的に曖昧なものとされていますが、広範な集積回路の生産に寄与するあらゆる物品の国内輸送、あるいは輸送の円滑化が含まれます。

 

3.  未検証ユーザーリスト(UVL)および事業体リスト(エンティティ・リスト、EL)の修正。

前者が単に追加の精査および報告を促す「警告」リストであるのに対し、後者はリストに掲載された事業体が、入手困難な輸出許可を得ずにEARの規制対象品目を受け取ることを基本的に禁止しています。複数の中国企業が2つのリストに追加されたことに加えて、そのいずれかに指定されるための手続きも明確化され、迅速化されました。

 

中国の半導体技術の進展を遅らせるという明らかな目的に加えて、米国の手法が、二世代先まで確実に中国をリードすることを目的とする「スライディング・スケール」方式から、「可能な限り大きなリード」を保つことを目標とする「絶対」方式に変わっていることが一段と明確になっています。

新しい規制の多くに適用される技術的閾値(ロジック・チップは16/14ナノメートル以下、NANDフラッシュメモリーチップは128層以上、DRAMメモリチップは18nmハーフピッチ以下)は、絶対値で設定されており、最先端能力に数世代遅れるものです。

どのような許可が誰に付与されるかにもよりますが、米国の新しい輸出規制対象は、中国に限らないものの、とりわけ中国の半導体産業にとっては、新たな障害となりそうです。中国企業は、世界で製造される半導体全体の40%程度を消費しており、その大部分が中国の膨大な輸出用電子機器部品に使われています。特に政府や軍とつながりのある企業の最先端製品の調達は、困難を極めることが予想されます。集積回路、ファブレス、ファウンドリー等の先端半導体や製造装置メーカーは、中国への販売や中国での製造が一段と困難になることが予想されます。

                                                                                                                                                                                                                               

もっとも、世界レベルで見ると中国は半導体の主要生産国とは言い難く、中国で生産されないものは他国から調達可能であるという事実は注目されてよいと考えます。

 

これまでのところ、中国からの反応は限定的

中国国内の半導体メーカーは、大きな生産能力を持っていても相対的には未だ脆弱で、中国国内の半導体産業、特に先端半導体の付加価値の大半を生み出しているのは外国企業です。また、中国企業は、装置、ソフトウェア、材料のいずれについても、海外からの供給に大きく依存しています。国内のサプライヤーはパッケージングや検査、エッチング、フォトレジスト・プロセスの開発等、特定の分野では進歩しているものの、特に、ソフトウェアやフォトリトグラフィーの分野における世界の主要企業との技術格差は依然として大きく、米国の新たな輸出規制を勘案すると、短期間で格差が縮まる公算は小さいと考えます。

今回の米国の措置に対して、中国政府が取ることの出来る対抗措置は少ないと思われます。中国国内での米国企業の操業に制限を設けたり、レアアース等、戦略物資の輸出制限に踏み切ったりすることで報復する可能性があると指摘する向きもありますが、少なくとも当面のところ、そうした可能性は低いと思われます。報復を行って怒りを表現しても、米国政府の決定を覆す可能性は低く、戦略的な目的にもならないと思われるからです。中国政府は、米国企業を含む外国企業に対して、引き続き、中国への投資を奨励していくものと考えます。強い既得権益を持つ外国企業は、少なくとも理論上は、中国産業に対する規制の強化に反対するロビー活動に協力することが可能だからです。これは、2018年に米中貿易戦争が始まって以来、中国政府が行ってきたことに他ありません。

この間、中国政府は技術的自立の実現を目指し、半導体分野の研究開発に多額の投資を続けていくと思われます。今回の規制を受けて状況が困難さを増すことは避けられませんが、他に道はありません。習近平国家主席は、第20回中国共産党大会の演説で、科学技術の重要性に触れ、中国は「国家戦略の必要性を重視し、力を結集して固有かつ先導的な科学技術研究を行い、基幹的な核心技術の争奪戦に必ず勝利する」と宣言しています。

半導体は大きな対立のうちの一つに過ぎない

2018年にトランプ元大統領が米中貿易戦争を始めて以来、世界の二大経済大国の関係は悪化の一途をたどっており、両国が1979年に国交を樹立して以来、間違いなく最悪の状況に達していると考えます。バイデン政権は、2022年10月12日発表の最新の「国家安全保障戦略」の中で、中国を 「国際秩序を再構築する意図と、そのために経済、外交、軍事、技術力を強化した唯一の競争相手」であると位置付けています。

従って、今回、米国政府が公表した中国に対する技術規制の強化は、両国間の広範な「戦略的競争」政策の一部に過ぎないと考えます。また、米国の今回の措置は、最後の措置でも唯一の措置でもないと思われます。換言すると、中国と米国、ならびに恐らくその同盟国との関係は、世界経済に深刻な影響を及ぼし、更なる難局を迎える可能性があるということです。

第一に、米中間の部分的なデカップリングが、今や避けられないように思われるということです。両国とも、ハイテク等の戦略分野で相互依存を減らす意図を持ち、行動を起こしているからです。このような動きは、イノベーションを減速させるだけでなく、二大国間の信頼構築を阻害し、長期的には紛争の可能性を高めることにもなりかねません。

第二に、世界の二大経済圏の部分的なデカップリングが、現在進行中の脱グローバル化の流れに拍車を掛け、長期的にはグローバル経済の成長率の低下とインフレ上昇を招く可能性があるということです。

 

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