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自然界のコードを解明する
2022/12/06

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概要

地球温暖化が進むに連れて、世界の都市には、命に係わる熱波の到来頻度が増す状況に適応することと「イノベーション(革新)」に投資する必要性が増しています。



                                                                                                                                                                                              

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バイオテクノロジー(生命工学)分野のイノベーションとは、生命体や有機体から直感を得て、人間の健康や環境の持続可能性を支える、新しい技術や製品を開発することです。生物学に対する理解を深め、生物学に貢献する能力を磨くことは、遺伝子治療から代替タンパク質に至る21世紀の様々な課題を解決する鍵になると考えます。

エコノミスト・グループ傘下の「エコノミスト・インパクト」が行った学術論文と特許の分析によると、バイオテクノロジー分野のイノベーションは1970年代から着実に増加し、2000年前後の時期に著しく加速しています。イノベーションは、ここ数年、幾分減速気味のようにも思われますが、コンピューター技術の進展がイノベーションへの参入を容易にしていることから、今後は再び、加速が予想されます。

二重らせん構造

分子生物学者のフランシス・クリックとジェームズ・ワトソンが1950年代半ばにデオキシリボ核酸(DNA)の分子構造を発見したことがきっかけとなって、生物学の中核を成す「遺伝子情報」(「コード」)のイノベーションが急速に進み、1960年代後半はこの分野の全盛期となりました。

1985年に米国の生化学者、カリー・マリスが開発したポリメラーゼ連鎖反応(PCR)は特に重要な研究の一つで、DNA断片の継続的な複製を可能にしました。PCRは、熱と酵素を用いて、遺伝子や遺伝子断片の無制限の複製を可能にしますが、こうした技術は、バクテリアやウイルスの特定に寄与することが証明されています。

1980年代には、「遺伝子治療」という言葉が使われ始めましたが、これは欠陥のある遺伝子を修復する可能性を示唆する、当時の仮説的な概念でした。遺伝子には、身体の形や機能を制御するDNAが含まれていますが、この分野の研究は科学的に成熟するまでに数十年を要し、第一世代の遺伝子治療は、ようやく実用化されたばかりです。

1990年代には農業バイオテクノロジー(アグリテック)の普及が加速し、害虫に強い作物が規制当局の認可を得て実用化に漕ぎつけました。もっとも、人類は3万年以上も前から、従順な犬の繁殖や収穫量を増やすための作物の選択的な交配等、生物の遺伝子組み換えを行ってきたのであって、その延長線上に、不自然に大きいトウモロコシの粒や、巨大なブロッコリー、甘くて瑞々しいリンゴが生まれています。

1990年代に入ると、物議を醸した遺伝子組み換え等、アグリテックの産業化が進み、1990年代半ばには、成体動物の最初のクローンとして「羊のドリー」が誕生しました。

                                                                                                                                                                                                                                                                                                                 

出所:エコノミスト・インパクト、及びフラミンゴ

このモデルは、文献における新しい言語の出現を検出しています。遺伝子治療、CRISPR(遺伝子改変技術)、深層学習などの新しい概念がいつ出現するかを特定し、その後の使用状況によって長期的にどの程度重要であるかを測定します。キーワードの出現頻度が高いほど、影響力が強い、あるいは「革新的」であるとみなされ、高いスコアが付けられます。スコアは、そのキーワードが初めて登場した年に割り当てられ、この調査結果は、二次調査や専門家との綿密なインタビューによって補完されています。                                                                                                                                                                                                                 

                                                                                                                                                                                         

ポストミレニアル世代のイノベーションの急増

この分野にイノベーションの大きな波が押し寄せたのは新しい世紀を迎えた2000年前後であることがピクテのモデルから判明しています。

2003年に終了した「ヒトゲノム・プロジェクト(ヒトのゲノムの全塩基配列を解析するプロジェクト、HGP)」によって遺伝子配列解読技術が急速に進み、「バイオテクノロジー・ルネッサンス」の基礎が築かれました。HGPは、初めてヒトDNAのマッピングと配列決定を行い、微生物学、ウイルス学、植物生物学、疾病研究等に革命をもたらすと同時に、ソフトウェア開発や共同研究基盤の構築を通じて、遺伝子配列の決定に必要となるコストを削減し、複雑な手順を改善しました。ヒトゲノムの「原案」の作成には約3億ドルを要しましたが1、今では、個人のゲノム解析サービスを提供する23andMe 等を通じて、誰でも 200 ドル以下で DNA 検査を受けることが可能です。

人類遺伝学に対する理解が増したことで、様々な疾病の治療への応用が期待されています。遺伝子治療は、副腎白質ジストロフィー症(ALD)や脊髄性筋萎縮症(SMA)等の深刻で進行性の疾患の原因となる遺伝子異常を修正することが期待されています(ALDやSMAは修正可能な少数の遺伝子異常に起因して発生する傾向があることが認められています)。

クリスパー・キャスナイン(CRISPR-Cas9)は、ヒトの遺伝子を編集するための技術であり、嚢胞性線維症、血友病、鎌状赤血球症の他、癌等のより複雑な疾患にも応用が可能です。ピクテのモデルを使った分析では、2000年以降の技術区分別の特許取得件数ランキングで、クリスパーが2位に付けていることを明らかに示していますが、イノベーションには地域的な偏りがあることも判明しており、1960年代から1990年代半ばまでは、北部欧州と米国の特許取得が際立っていたのに対して、2000年代以降は、東アジア、特に中国と日本の追い上げが顕著です。

バイオテクノロジー・ブーム

今後については、高性能計算(ハイパフォーマンス・コンピューティング)と人工知能(AI)の相乗効果のお陰でバイオテクノロジーのイノベーションは新しい局面に入った可能性があるとの楽観的な見方が散見されます。

グーグルの親会社、アルファベットの傘下にあるAI特化の英国企業、ディープマインドは、2021年7月、同社のプラットフォーム、アルファ・フォールドが、タンパク質の構造予測を可能にするとの発表を行っています。タンパク質が鎖状の化学化合物から3次元構造に変化するプロセスは、何十年にもわたって科学者を悩ませてきましたが、ディープマインドのモデルは、これまで要した数年ではなく、数日のうちにタンパク質の形状を特定することが可能です。

生命体の構成要素であるタンパク質の機能に対する理解を深めることで、ほぼすべての疾患が恩恵を享受出来るのです。

投資家、新興企業、企業を対象としたディープテック・ネットワーク、ハロー・トゥモローの共同設立者であり副社長を務めるアルノー・ドゥ・ラ・トゥール氏は、アルファ・フォールドが「生物学とロボット工学およびAIとの融合」プロセスの重要な瞬間に達したことを確信しており、「コードの書き方がわからなくてもアプリの作成に必要な要素は揃っているわけですから、誰でも容易に新しい酵母株や細菌株を操作出来ますが、これは、若干、恐ろしいことでもありますから、規制が必要です」と述べています。

同氏は、「現在起こりつつある2つ目の重要な変化は、コンピューター技術、ソフトウェア、オートメーション等の進歩が参入障壁を下げていることの結果として、バイオテクノロジーのイノベーションの民主化が起こっていることだ」と主張し、「パリに本拠を置くDNA スクリプト社は、最初の酵素DNAプリンターを開発していますが、このプリンターを使えば、科学者が必要に応じて分子やDNA鎖を開発することが可能ですし、バイオテクノロジーがヘルスケアから代替タンパク質や衣料品等の分野にも進出するようになれば、アイディアがありながらヒトの医療に必要な臨床試験を行うための資金と時間が確保出来ない新興企業や非従来型の企業がバイオテクノロジー分野に参入することになると思います」と述べています。

ドゥ・ラ・トゥール氏は、DNAスクリプト社のようにイノベーション基盤の構築に関連する産業とソフトウェア産業との類似点を指摘し、「コードの書き方がわからなくても、アプリの作成に必要な要素は揃っている」のだから、数年後には、バイオテクノロジーも同じ方向に進むだろうと予測しています。「誰でも容易に新しい酵母株や細菌株を操作出来ますが、これは、若干、恐ろしいことでもありますから、規制が必要です」。

 

投資家向け見解

・世界のバイオテクノロジー市場は、2030年までの10年間で、足元の市場規模の3倍強に相当する3.4兆ドルに拡大することが予想されます(ビジョンリサーチ)。

・現在、治療が可能な希少疾患は,希少疾患全体の5%にも満たないことから、バイオテクノロジーを用いた治療に対する需要は今後も高水準で推移すると思われます。

・遺伝子編集が研究の効率化を可能にする一方で、自動化とAIはデータの解明に資すると考えます。

 

[1] https://www.genome.gov/about-genomics/fact-sheets/Sequencing-Human-Genome-cost

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