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- レアアース~将来のための資源獲得競争~
レアアース(希土類)は、今日のハイテク技術に欠かせない元素ですが、採掘や精錬の過程で環境や地政学上の問題を起こしています。
セリウムやイットリウムを含む17種類のレアアースは、一般の人には殆ど知られていないかもしれませんが、磁気特性や可視光特性を有するため、風力発電タービン、医療機器、ドローン、電気自動車(EV)、電子表示(電子ディスプレイ)等、現代のテクノロジーに不可欠の鉱物資源となっています。
「21世紀に生きる私達は、社会を変革するための技術をすべて持っているのですから、変革を実現するために必要なクリティカル・メタル(重要鉱物資源)を確保する必要があるのです」とクリティカル・メタルに特化する事業を展開するカナダの鉱山会社、ユーコア社のパトリック・ライアン最高経営責任者(CEO)は説明しています。
リチウムイオン電池に使われるリチウムについては、その重要性を耳にすることが多いと思いますが、レアアースはリチウムと同じ範疇に分類されます。レアアースは、スズ、鉛、銅等と同じように世界中の天然鉱床の地殻に存在しており、字義とは異なって、希少性に問題があるわけではありません。
一方、埋蔵地域が偏っていることと抽出が難しいことが環境面と地政学上の2つの大きな問題を引き起こしており、需要の増加に伴って状況が悪化する可能性が予想されます。
「クリティカル・メタルが入手出来ない状況を想像してみてください。雇用が失われ、気候変動の目標も達成出来ないでしょう。足元の状況に基づいて予測すると、レアアース酸化物は2020年代末には現在の5倍の量が必要となり、供給面での問題が生じることが予想されます」とライアン氏は付け加えています。
同氏によれば、一番の課題は採掘の工程で生じるものです。レアアースは他の鉱物と同じ鉱床に埋蔵されていることが多く、商業上重要なものとして複数のレアアース酸化物で構成されるバストネス石が挙げられます。バストネス石から個々のレアアースを取り出す工程が必要となりますが、その工程で毒性物質や放射性物質が地下水に浸み込み、健康上あるいは安全上の懸念が生じる可能性があるのです。
テキサス州ヒューストンにあるライス大学材質科学・ナノ工学部のジェイムズ・トール教授によれば、「レアアースそのものが特に強い毒性を持っているというわけではなく、重金属や放射性物質が付着していることが問題」なのです。めったに起こるわけではありませんが、レアアースを1トン生産するのに、2,000トンの有害物質が発生することもあります1。
1990年代初頭以降、レアアースの採掘活動を急速に拡大し続けてきた中国の複数の地域では土壌と水の汚染が広がっています2。
レアアースは低炭素技術に必須の資源でありながら、地中から採掘する過程で環境を破壊するという利点と難点を併せ持った資源です。もう一つの課題は、鉱床、つまり鉱山が、特定の国に集中していることです。中国がレアアースの生産の約60%、精錬の約90%を行っており、中国国外で稼働している精錬工場は僅か4ヵ所に過ぎません3。
こうした状況は、積極的な事前対策を講じなければ、深刻な地経学リスクをもたらしかねません。「製造業セクターの需要の伸びの見通しと、現在の採掘および精錬能力を勘案すると、供給不足が起こることは疑いようがありません」と、ユーコア社事業開発部のマーク・マクドナルド副社長は述べています。
投資の拡大と廃棄物の削減
解決策にはどのようなものがあるでしょうか?
選択肢の一つは、レアアースへの依存度を下げることです。一例にトヨタのプリウスが挙げられます。プリウスは、かつては、一台に約25ポンドのレアアースを使用した「レアアース集約車」とも言える車だったのですが、トヨタは、日本と中国間の地政学的緊張と採掘が環境に及ぼす影響を勘案して、レアアースへの依存度を下げたハイブリッド車用モーターを開発しています4。
一方、既に採掘され、精錬されたレアアースを最大限に活用するという選択肢も考えられます。トール教授と教授の研究室は、電子廃棄物、石炭フライアッシュおよびボーキサイト残留物から、磁気特性や電子特性を損なうことなく、レアアースを抽出する手法を開発しました。「とても簡単な方法です。電子廃棄物を二つの電極の間に置いて、高電圧と高電流をかけるだけでいいのです。溶媒も水も使わずに、1秒以下でレアアースを分離することが可能です」と教授は説明しています。
トール教授と研究チームが実験したもう一つの方法は、濃度が極めて薄い希酸を流し続けることで、毒性の強い副産物の発生を抑えることです。トール教授は、電子廃棄物からレアアースを取り出す方法をリサイクル(再利用)ではなく「アップサイクル」の手法であると説明し、「経済面では、採掘に比べてコストを大幅に削減することが可能です。地面に大きな穴を掘ることも、長距離を輸送することも要らず、極めて有毒な副産物を生じることもありません。鉱業はコストが高く、温室効果ガスを大量に排出しますが、この方法を使えば、いずれの問題も回避出来るのです」と述べています。
安価なじゃがいもを使って環境に優しい手法でレアアースを抽出する可能性も考えられます。米国アイダホ国立研究所の研究チームは、細菌を使って、ハイテク機器やその他の産業機器からレアアースを回収する画期的な方法を開発しました。
チームは、微生物を使ってレアアースの性質を変えるバイオリーチ(生物浸出)法を用い、じゃがいもを洗った水を細菌に浸み込ませることで生成される酸がレアアースに付着した物質からレアアースを分離させることに成功しています。また、じゃがいもを洗った水を使うことで、ブドウ糖を使った場合と比べて、レアアースの抽出コストを17%削減することが出来ました。
世界中の研究者が、レアアースの生産量を増やすことと、採掘地が偏る状況を改善するための新しい技術の使用法を探っています。ユーコア社は、レアアースを分離する新しい手法を開発し、従来の方法と比べて、効率性を3倍以上に改善していますが、このことは、精錬工場から排出される温室効果ガスが3分の2程度削減出来ることを示唆しています。
欧州連合(EU)が資金を拠出するEITローマテリアルズ社のプロジェクトは、電気自動車に使われるレアアースの完全なライフサイクルをブロックチェーンを用いて追跡し、毒性汚染との関係がないことを確認するための「レアアースの持続化可能性の評価のための循環システム(CSyARES)」を開発しています。
また、アイオワ州立大学のエイムス研究所とテキサスA&M大学の共同プロジェクトは、レアアース化合物の特性を発見し予測する手法を改良するために人工知能(AI)と機械学習を取り入れ、人間の能力の限界を超えた効率性と正確性を実現しています。各国政府も国内生産の拡大と供給網(サプライチェーン)の強靭性の強化に取り組んでいます。米国政府は2018年前後に、レアアースの供給確保に係る協定をオーストラリアおよびカナダと締結しています。
米国政府は様々な資金提供プログラムを公表していますが、最近発表された助成金や賞金の中には、永久磁石の完全な国内サプライチェーン構築プロジェクトの一環として重希土レアアースの分離および精錬に取り組むMPマテリアルズ社(カリフォルニア州マウンテンパス)が獲得した3,500万ドルが含まれます。
一方、エネルギー省が主導する取り組みは、石炭灰や鉱山の周辺に残されたその他の廃棄物からレアアースを回収することで、新規の採掘を減らすためのプロジェクトに1億4,000万ドルを拠出しています。
また、オーストラリア政府は、国内外のバリューチェーンの統合を目指す国内企業を支援しています。ライナス・レアアース社は、2021年に獲得した1,480万豪ドルの助成金で、西オーストラリアに新設したレアアース精錬施設の建設コストの半分程度を賄っています。
同政府は2020年、国内産業支援のための政府機関として「重要鉱物資源促進室」を新設し、2022~2023会計年度予算に、重要鉱物資源プロジェクト促進助成金(2億豪ドル)や研究開発支援金(5,000万豪ドル)を含む一連の支援策を計上しています。カナダでは、ケベック州政府が重要鉱物資源および戦略鉱物資源に係る「ニュー・エコノミー」プログラムに9,000万カナダドルを供出しています。
欧州委員会(EC)では、EU加盟国が再生可能エネルギーやロボット工学(ロボティックス)等、21世紀の産業に必要な資源を確保するために、これまで以上に積極的な行動を起こすことを奨励し「重要鉱物資源予測」を公表しています。
現在、中国国外では、オーストラリア、カナダ、米国で約20件のプロジェクトが始まっています。「政府の支援策が呼び水となって、民間セクターや学術機関が将来必要となる資源を入手するための、コスト効率が高く環境に優しい手法を探る助けとなっています。こうした状況は、現在および将来の技術革新を可能とする安全で持続可能な資源の入手を確保するために不可欠となるでしょう」とユーコア社のライアンCEOは述べています。
投資家向け見解
・「フォーチュン・ビジネス・インサイト」は、レアアース市場が年率平均10%のペースで成長し、2028年には55億米ドル規模に拡大するものと予測しています。
・米国、英国、EU、オーストラリアおよび日本の先進国・地域は、中国への依存度を下げるため、レアアース鉱山および精錬施設を新設するための積極的な投資を行っています。
・調査会社アダマス・インテリジェンスによれば、レアアース・メタルの生産は2035年までに倍増することが予想されますが、年率8~10%と見込まれる需要の伸びには追い付けそうにありません。
[1] https://www.theguardian.com/sustainable-business/rare-earth-mining-china-social-environmental-costs
[2] https://e360.yale.edu/features/china-wrestles-with-the-toxic-aftermath-of-rare-earth-mining
[3] https://iea.blob.core.windows.net/assets/24d5dfbb-a77a-4647-abcc-667867207f74/TheRoleofCriticalMineralsinCleanEnergyTransitions.pdf
[4] https://global.toyota/en/newsroom/corporate/21139684.html
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