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ネットゼロへの長くて曲がりくねった道
2024/03/07

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概要

エネルギー転換の世界的権威であるマニトバ大学(カナダ)のヴァクラフ・スミル(Vaclav Smil)名誉教授は、「常に真実に忠実である」との名声を確立しています。本稿では、スミル教授が、脱炭素化に向けた世界の野心的な取り組みについて、厳しい現実を語っています。



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地球環境の変化は、私達に前例の無い課題を突き付けていますが、最悪の結果を回避するためには、世界の経済大国のうちの少なくとも20ヶ国が、極めて効果的な方法を用いて数十年にわたり協力することが必要です。

忘れてはならないのは、1億人のベトナム人が年間に排出する温暖化ガスが、世界全体の排出量の0.5%、中国の排出量の2%にも満たないということです。  



ベトナムが、今後、脱炭素化を急速に進めて温暖化ガスを全く排出しなくなったとしても、その犠牲は、世界全体の排出量に対して、ごく僅かに過ぎないでしょう。温暖化ガスの影響は、相対的ではなく、絶対的な大気濃度によって決まることから、排出量が少ない個人や国は、効果的な世界合意(グローバル・コンパクト)が無ければ無力です。世界が合意に達する可能性は、中国と米国が近い将来、犠牲を分かち合う状況が想像出来るかどうかで測ることが出来ると考えます。

根本的な誤りは、世界の脱炭素化が、的を絞った技術的なソリューションによって解決され得る個別の事象とみなされていることです。固定電話を携帯電話に、あるいは、ガス炉をヒートポンプに換えるのとはわけが違うのです。

世界の脱炭素化とは、世界で最も本質的で複雑な活動である、エネルギー供給と利用の根本的な再構築を意味すると言えるでしょう。従って、肥料からジェット機、鋼鉄からプラスチック、穀物の収穫からコンテナ輸送に至る、あらゆるものやことに対応する必要のある、遥かに複雑で費用のかかる課題なのです。また、いずれにおいても、規模が大きいことも問題です。10億トン、1兆立法メートル、1キロワット時単位の取り組みには、何十年にも及ぶ段階的な進展が必要です。プロセスを加速させることは可能ですが、パリやブリュッセルの政府機関で働く官僚が、区切りの良い年を期限として策定した、恣意的なシナリオに基づいて目標を実現することは不可能です。

水力発電は「グリーン・ソリューション」の初めての試みでした。

世界で最初に建設された小型の水力発電所は、エジソンが最初の石炭火力発電所を建設した1882年に稼働を開始しました。水力発電所は、ほぼ1世紀にわたって各地で建設されましたが、その後は、環境に影響を及ぼすとの見方が増え、世界銀行が、既存の水力発電容量の大きい、低所得国での新規プロジェクトへの融資を停止する結果に至りました。これが最も不幸な判断だったのは、世界には豊かな国も貧しい国も含めて、小規模な水力発電所を多数、建設する機会がまだ豊富にあり、その合計容量が断続的な電力供給の補助として、歓迎され得るからです。中国では、水力発電が極めて重要な役割を担い、電源構成に占める比率が高いことから、大規模な建設が続いています。では、水力発電の大きな可能性を秘めたアフリカが、同様の機会を奪われなければならないのは何故でしょうか? 



ほとんどの人が、特に、人間の生存に不可欠なエネルギー供給に関連する活動にありがちな、非効率性や無駄の大きさを理解していないように思われます。

例えば、取水、水処理(淡水化)、飲料水の配水の3つについては、水道管の漏れや配管の欠陥により、水の30-40%が失われることもしばしばです。

また、極めて高いエネルギー・コストをかけて窒素肥料を作り、配送しても、肥料を撒いた後に窒素の50-70%が失われることは少なくありません。同様に、家庭暖房用の天然ガスを採取、精製、輸送しても、一重窓や断熱性の低い壁が原因で熱の多くが失われています。こうした例は枚挙にいとまがありません。合理的な社会では、新しいエネルギー源を導入して既存の非効率性を永続させるのではなく、先ず、著しく非効率な手段を是正するだろうと思われます。

ここ数年で最も「過度の注目を集めた」グリーンな発明は何かと問われたら、答えはかなりの数にのぼると思われます。

しかし、ここでは、3つの顕著な例に限定して説明したいと思います。

一例目は核融合です。2022年には幾つかの極めて重要な進展があったことを示唆する実験結果が発表されましたが、核融合技術が商業化され、採算が取れるまでには数十年を要するものと思われます。究極のエネルギー解決策はもうすぐのところまで来ているとの説明が何度もなされたものの、これは全くの誤りだったと言わざるを得ません。

二例目は、小型のモジュール式原子炉です。若い頃、マンハッタン計画に関わり、その後、オークリッジ国立研究所の所長を務めた米国の核物理学者アルビン・ワインバーグ氏が、小型のモジュール式原子炉について初めて言及したのは1982年のことでした。この40年間、実用化が近いと聞くたびに、小型原子炉を1基購入していたとしても、その発電量をどう利用したら良いかは分からなかったのではないかと思われます。

そして、最後に(オマーン等の)地表に露出したマントル岩石による炭素隔離があげられます。マントル岩石は、理論上、人間の活動に起因する数百年分の炭素を貯留することが可能なはずですが、(炭素隔離)関連銘柄を年金ポートフォリオに組み入れようとまでは思いません。必要とされる規模の炭素隔離がどのように実現されるというのでしょうか?化石燃料の燃焼時に排出される二酸化炭素(CO2)の僅か10%を隔離するにも、恐らく、世界の年間原油生産量とほぼ同量のCO2を処理することが出来る世界規模の新しい産業を発展させなければなりません。また、極めて収益性の高い原油を地中から地上に汲み上げるのではなく、巨額の資金と大量のエネルギーを費やして、何十億トンもの超臨界二酸化炭素流体を地中に流し込まなければならず、地上から地中へと、逆方向のプロセスを進めることになるでしょう。


投資のためのインサイト


ピクテは、クリーン・エネルギーへの移行が、電力企業に留まらず、運輸・交通、製造、建設、情報技術(IT)、エネルギー・インフラ等、幅広い企業に関連する、複雑で長期的なプロセスになると考えます。このことは、広いバリューチェーン全体に投資の機会があることを示唆するものですが、実際に、クリーン・エネルギー関連の年間投資額は、2030年までに、現在の約3倍に相当する4兆米ドルを上回るものと予想されます。




再生可能エネルギーは、世界のほとんどの地域で、すでに最も安価な電力源となっています。国際エネルギー機関(IEA)は、風力発電ならびに太陽光発電が世界の電力総生産に占める比率が、2021年の10%程度から2050年には70%程度に達するものと予測しています。もっとも、間欠性という課題を抱える再生可能エネルギーの大規模な導入は難しい課題であり、負荷調整、ならびに電力セクターとEVや家庭用暖房等その他のセクター間における相互依存関係の最適化に係る再考を必要とします。




公益企業にとっての課題には、家庭のインフラ設備や送電網インフラの改良の他、送電網管理ならびに機動性強化のためのデジタル化やコネクティビティー機能の拡充が含まれます。このことは、ソフトウェア・アプリケーション、半導体、電源管理部品等、ハードウェアとソフトウェア、双方の分野でビジネス・チャンスを生み出すものと考えます。




 



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