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銀行の混乱は経済を揺るがすとしても2008年の再来にはならず
2023/03/28

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概要

スイス政府が介入・主導したクレディ・スイスの救済買収と、米国地銀の相次ぐ破綻が経済に影響を及ばすことは間違いありませんが、深刻な信用収縮が発生する確率は極めて小さいと考えます。



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低コストの資金調達は人間の判断力を鈍らせます。几帳面な財務担当者が果敢にリスクを取り、慎重な行動に徹する企業が、正常な環境では回避するはずのリスクの高い事業の魅力に負けてしまうからです。

方向性を見失って混乱してしまうことのコストは、金利が急騰する局面でこそ、露呈するものです。

こうした観点からすると、米国地銀の相次ぐ破綻や政府主導のクレディ・スイスの救済買収は、変則的な対応というよりは必然の結果だったように思われます。

中央銀行による金融引き締めが、景気の悪化をもたらすことは自明の理と言ってよいでしょう。

とはいえ、2008年の金融危機の再来を予想するのは間違いのように思われます。経済成長の鈍化はもとより、経済の急激な収縮の可能性も否めませんが、深刻な信用収縮が発生する確率は極めて小さいと考えるからです。

一方、投資家にとっての明るい材料は、10年以上前のリーマン・ブラザーズ破綻の直後に導入された規制によって、世界の銀行セクターを支える基盤が大幅に強化されていることです。

2008年の金融危機の根本的な原因となった不良債権は、金利上昇局面では常に問題を起こすものですが、かつてのように銀行のバランスシートに影響を及ぼすことは、もはやありません。

欧州の銀行は資本規制の強化に対応するため、不良債権を10年前の約1兆ユーロから、融資総額の2%にも満たない3,500億ユーロ以下に削減しています。また、欧州域内の銀行は、その他の財務指標で見ても健全なように思われます。

欧州銀行監督局のデータによれば、30日間の予想預金引き出し額に対する銀行保有の流動資産の比率を表す流動性カバレッジ比率は、欧州域内平均で162%と、銀行規制が定める100%を上回っています。 

一方、バークレイズ銀行によれば、米銀の預貸率(預金に対する貸出比率)は、2007~2008年の約95%から約70%に低下しています。

                                                                                                                                     

サブプライム・ローン危機に苦慮した中央銀行は 金融システムの賢明な管理者に姿を変えています。従来型の金融政策では金融リスクの抑制に限界があることをいち早く見抜いた、米連邦準備制度理事会(FRB)が主導する世界の中央銀行は、極めて広範な危機管理策を導入しています。

量的金融緩和、フォワード・ガイダンス、銀行向けの補助金付き融資(最も直近の例では、FRBが3,000億米ドルを上限に新設した「パンデミック緊急購入プログラム(REPP)」)は、企業ローン、債券および株式の買入と並行して活用されています。

議論の余地はあるとしても、金融システムを守るため、政府との協調行動を取る中央銀行が出来ることには限りがないように思われます。リーマン・ショックが金融政策立案者にとっての暗闇の時だったとしたら、UBSによるクレディ・スイスの救済買収は、彼らにもっと好意的な光を当てるべきでしょう。

とはいえ、いずれも、経済が無傷で済むことを意味しているわけではありません。

銀行セクターの動揺を背景とした消費者心理や企業心理の悪化は必至です。銀行融資の伸びも大幅に鈍化する可能性が否めません。

こうした状況を踏まえ、ピクテは、2023年の世界のGDP成長率見通しを下方修正し、米国についても同様の見方をしています。

クレディ・スイスの破綻に起因して発生するリスクの一つとしてあげられるのが、世界の銀行が資金調達源として依存してきたAT1債市場の終焉です。クレディ・スイス発行のAT1債がUBSによる買収に伴って価値を全て失ったことから、AT1債市場の先行きが疑問視されています。AT1債は、2008年の世界金融危機後に、納税者の負担による銀行セクターの救済を回避する目的で導入された債券です。AT1債が投資家に高いクーポン金利を支払ってきたのは、銀行の経営悪化に伴う組織再編時に株式転換の可能性があるというリスクを有しているからです。AT1債は、市場金利が最低水準に張り付く環境で、投資家や銀行の人気を博し、市場規模は3,000億米ドルに迫っていましたが、スイスの金融当局がクレディ・スイスのAT1債を無価値としたことの影響は避けられそうにありません。少なくとも、投資家がクーポン金利の引き上げを要求する動機となって、銀行の資金調達コストを押し上げる可能性が考えられます。その結果、融資が減少し、とりわけ米国の中堅行の間で既存の融資トレンドが悪化することが予想されます。また、状況が更に悪化すれば、地元の銀行に依存する中小企業や家計への融資が縮小する公算が大きいと考えます。

銀行セクターの苦境は消費者心理や企業心理にも影響を及ぼす可能性があります。信頼感の悪化は消費支出や企業投資を下押す可能性が高く、家計、企業ともに、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)期に貯め込んだ貯蓄を崩さず、やりくりする公算が大きいと思われます。

JPモルガンなどの投資銀行は、銀行セクターの苦境が向こう2年のGDP成長率を1%押し下げる可能性があるとの警告を発していますが、ピクテでは、金融の引き締めに対してFRBが利上げの到達点を従来予想から引き下げる公算が大きいと見ており、米国経済の回復力は投資銀行の予想以上に強靭であると考えます。

とはいえ、目先の金融市場を動揺させる可能性のある逆風が吹きつけていることは間違いありません。

投資家は市場力学の変化に備えることが必要です。

小型株や景気変動の影響を受けやすい景気敏感株に加えて、ハイイールド債などの相対的にリスクの高い債券は、市場のもう一段の調整に特に脆弱なように思われますが、いずれの資産クラスも経済情勢のもう一段の悪化の可能性を十分に織り込んでいるとは思われません。一方、景気変動の影響を受け難く収益が安定した質の高い株式は、市場の動揺時にも持ち堪える公算が大きいと考えます。また、国債にも上昇(利回り低下)の可能性があると考えます。金融市場は、経済情勢の悪化に伴って混迷の度合いを深めようとしていますが、米国および欧州市場で展開されている銀行セクターの混乱が深刻な金融危機につながる公算は小さいと考えます。

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