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ミクロの微生物は世界最大の難題解決にどう寄与するか?
2023/07/20

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概要

デンマークのバイオ・サイエンス企業、クリスチャン・ハンセン(Chr. Hansen)社の最高経営責任者(CEO)が、同社のコミットメントや、野心的な合併計画を含む将来の計画について語ります。 



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「サプライヤーとのエンゲージメントが鍵です。サプライヤーは、私達が行うすべての取り組みの効果を倍増してくれるからです。」

「30年前に同じ質問をされたとしたら、今、ここにいることなど、予想さえ出来なかったでしょう」と話すのは、デンマークのバイオ・サイエンス企業、クリスチャン・ハンセンのCEOを務めるモーリシオ・グレーバー(Mauricio Graber)氏です。同氏は、「人生は旅のようなものです」とも述べています。グレーバー氏の職業人生が始まったのは、米国のノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院で経営学修士(MBA)課程を修了しようとしていた1980年代後半のことでした。同氏は、大学の学部で電子工学を専攻していたことから、技術職に就くのが自分の運命だと思い込んでいたのですが、大学院在学中に、キャンパスで行われた米国の甘味料大手、ニュートラスイート(NutraSweet)社のロバート・シャピロ(Robert Shapiro)最高経営責任者(CEO)の講演を聞いたことが将来を決めることになりました。 

野心的な学生だったグレーバー氏が今でも覚えているシャピロ氏からのアドバイスは、「一緒に仕事がしたいと思える情熱的な仲間が見つけられるところで働きなさい。技術や製品は、仕事を始めてから覚えられるからです」というもので、グレーバー氏に大きな影響を与えました。同氏は、経営学修士号(MBA)取得後、すぐにニュートラスイートに入社し、1990年代半ばに、スイスを拠点とする世界最大の香料メーカー、ジボダン(Givaudan)に転職するまで、同社で働きました。メキシコ出身のグレーバー氏は、20年以上にわたりジボダンに勤務し、フレーバー部門の責任者を務めた後、2018年にクリスチャン・ハンセンに移籍することを決めました。

グレーバー氏は、この5年間、食品、栄養、製薬、農業などの分野で使われる培養物、酵素およびプロバイオティクスの生産では世界最大手の一つであるクリスチャン・ハンセンのCEOを務めてきました。コペンハーゲンの北25キロメートルに位置するヘルスホルムに本社を置く同社の歴史は、クリスチャン・ディトレフ・アンメントルプ・ハンセン(Christian Ditlev Ammentorp Hansen)氏がコペンハーゲン市内の金属作業場跡に工場を建てた1874年に遡ります。当時は、チーズの製造工程で使われる動物性液体凝乳酵素(レンネット)が同社の唯一の製品でしたが、現在では、毎日10億人以上が、同社が作る原材料が含まれた製品を使っている、と同社は試算しています。乳製品原料事業は今も同社の中核事業であり、同社の製品は、ほぼ1秒ごとに、チーズやヨーグルト製造に使われています。 

クリスチャン・ハンセンの規模の大きい事業は、社内はもとより、学術界、官民の研究機関、ビジネス・パートナー等との協働による研究開発(R&D)に支えられています。研究開発活動は、同社の「培養物コレクション」を使って行われますが、これは、5万株以上の微生物菌株を集めた世界最大級のコレクションです。研究開発活動の多くは、コレクションに含まれる微生物菌株の新しい組み合わせを作ること、あるいは、特定の要件を満たすよう、微生物菌株の特性を改良することです。同社の培養物コレクションは、種類や数が膨大であり、次世代のための「良い細菌」を見つける機会が詰まった「宝庫」と言えるでしょう。 

グレーバー氏によると、開発された微生物菌株は、様々な用途に使用され、その多くが、世界で最も困難で厄介な課題の解決に直接、寄与しています。食品廃棄物を例に取ると、同社が開発した、いわゆる「生物(生体)保護培養物」は、食品の中に悪玉菌が作られるのを防ぎ、食品の賞味期限を延ばす天然の培養物です。また、植物分野では、農薬の使用を減らす、植物の健康のためのソリューションを提供しており、動物分野では、抗生物質の使用を減らし、その結果、抗生物質の過剰投与に起因する人間の健康への影響を回避するためのプロバイオティクスを提供しています。



グレーバー氏等の試算によると、クリスチャン・ハンセンの製品の80%が国連の持続可能な開発目標(SDGs)に貢献しています。では、残りの20%はSDGsに抵触するものなのでしょうか?グレーバー氏によればそうではありません。例えば、あるのが当然だと思われている穴をチーズにあける細菌を作っています。「好物のチーズに穴があいていないことなど、想像出来ないでしょう。」と同氏は続けます。「でも、それは持続可能な地球には貢献しませんよね?ですから私たちはそれをカウントしないのです」。社外コンサルティング会社のPwCがこれを監査し、認証しています。

クリスチャン・ハンセンは、気候変動への取り組みも誓約しています。売上高10億米ドル以上の世界の上場企業約6,000社に、持続可能性の評価に基づいて年間ランキングを付与しているカナダのメディア・投資調査会社コーポレート・ナイツ(Corporate Knights)は、2023年、クリスチャン・ハンセンを2022年における最も持続可能なバイオテクノロジー企業に選出しました。SDGsに明確に配慮した売上と、科学的根拠に裏付けられた温室効果ガス排出量の削減目標が、受賞の決め手となりました。クリスチャン・ハンセンは、同社が自ら排出する直接排出量(スコープ1)およびエネルギーの使用に伴う間接排出量(スコープ2)に留まらず、バリューチェーン上のすべての活動に係る他社の排出量(スコープ3)についても目標を策定しており、2030年までに、スコープ1およびスコープ2排出量を42%、スコープ3排出量を20%削減することを目標に掲げています。 

排出量をスコープ別に見ることで明らかとなったのは、同社が排出する温室効果ガス排出量の約87%がスコープ3排出量であることです。排出量の削減に取り組むには、サプライチェーン(バリューチェーン)全体の排出量を見なければ意味がないことは明らかです。「サプライヤーとのエンゲージメントが鍵になるのです」とグレーバー氏は説明しています。 

「サプライヤーは、原材料の調達から世界中の輸送および物流の提携に至る、私達の取り組みの効果を倍増してくれるからです」とグレーバー氏は説明しています。大企業のサプライヤーは、クリスチャン・ハンセンのサプライヤーでいるためには、脱炭素化に取り組む必要があることを伝えられています。一方、大規模のサプライヤーと同等の資金力や人材を持っていない可能性のある、中小規模のサプライヤーには、器具等の提供を含めた支援がなされています。 

「ヒトマイクロバイオームは、将来にとって極めて重要な機会を提供しています。」

地球の健康が人類の優先課題であるのと同様に、人間の健康も重要です。グレーバー氏によれば、クリスチャン・ハンセンの健康および栄養部門は、急速に成長しています。総売上に占める比率は37%に留まりますが(食品培養物および酵素部門が残りを占めています)、健康および栄養部門の成長は、複数の強いマクロ・トレンドに支えられています。新型コロナウイルスの世界的流行(パンデミック)はその一つです。グレーバー氏によれば、「感染収束後は、免疫、腸の健康、予防医学としてのヒトマイクロバイオームなどの重要性に強い関心が寄せられています。」クリスチャン・ハンセンは腸の健康を改善し維持するためのプロバイオティクス菌株を、多数、開発しており、この分野への投資を増額しています。「ヒトマイクロバイオームは、将来にとって極めて重要な機会を提供しています。」

植物由来食品の出現からも新しい機会が生まれています。グレーバー氏によれば、「消費者需要はあるのですが、味の特性に欠けるため、消費者がリピーターとなって市場の成長に寄与するような状況に至っていないのです。同氏は、クリスチャン・ハンセンの微生物発酵技術が、乳製品で実現したように、発酵製品にも風味やコクを実現出来ると確信しています。

こうした好機をとらえて将来の成功につなげるため、グレーバー氏は、2022年12月、酵素メーカーのノボザイム(Novozymes)との合併案を発表しました。実現すれば、デンマーク企業間の合併では過去最大の合併となります。同氏によれば、「微生物ソリューション大手のクリスチャン・ハンセンと酵素ソリューション大手のノボザイムの製造基盤を統合する極めて相互補完的な合併であり、異色のバイオ・サイエンス企業が誕生します。」合併は、クリスチャン・ハンセンの創立150周年直前の2023年年末に完了することが予定されています。合併案は、2023年3月に開かれた両社の臨時株主総会で、いずれも、承認されており、規制当局の承認にかかっています。

気候危機対策に係る両社に共通のコミットメントにも相乗効果が得られるとグレーバー氏は考えており、「私達は歴史上の転換点にいます。持続可能性の観点からすると、世界の人口を養うための食料増産を可能にする、持続可能な「農場から食卓まで」の食料生産システムに対応するためのソリューションを、将来のために開発する必要がありますが、開発は、持続可能で自然を壊さない方法で行われなければなりませんし、地球の資源の利用を減らさなければならないのです」と話しています。グレーバー氏の発言が正しいとしたら、酵素や微生物は小さくても、人類が直面する最も深刻な課題を解決する鍵なのかもしれません。


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