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ユーロ圏:エネルギー問題に左右されるポリシーミックス
2022/09/05

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概要

ユーロ圏の経済見通しと欧州中央銀行の金融政策についてピクテが考察します。



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冬の景気後退深刻化の可能性高まる 2023年に回復は見られるか

ユーロ圏経済を取り巻く環境が悪化する中、ガスや電気の価格が高騰し、最高値を更新し続けています。ロシアのウクライナ侵攻に終わりが見えない状況下、エネルギー価格を日々予測することはあまり意味をなさないでしょう。その一方で、欧州の景気後退は確実視されているため、景気後退の期間と深刻度には注目するべきだと考えます。

天然ガスのスポット価格が直近の約300ユーロ/MWhで推移する場合、ユーロ圏のエネルギー輸入コストは2021年の3倍以上になります。原油価格の高騰は5月以降やや緩和されたものの、ユーロ圏の年間エネルギーコストは約180ユーロ/バレルに相当し、これは2008年および2011年の水準の2倍となります(図1)。直近のエネルギー価格が維持される場合、所得ショック(可処分所得の減少)はユーロ圏GDPの6%を上回るため、予想以上の深刻な景気後退が想定されます。2023年第2四半期から景気回復入りする場合、四半期のGDP成長率は潜在成長率の水準に回帰すると思われます。しかしながら、パンデミック以前の水準に到達するのは2024年以降と考えられており、これは産出ギャップがマイナス圏で推移することを意味しています。

図1:ユーロ圏エネルギー輸入総額と原油価格

出所:Pictet Wealth Management, Bloomberg(2022年8月29日時点)

現時点での欧州経済は堅調ですが、ユーロ圏の先行指標は憂慮すべきペースで悪化しています。

「需要破壊」や代替エネルギーの活用により、エネルギーコストの上昇は緩和されるでしょう。また、ガスの貯蔵目標は2ヵ月前倒しに達成され、ガス消費量の減少目標も予想より早く達成されました。その一方で、ガス需要が拡大する冬に、ドイツなどの国がガスの配給制を導入する可能性は依然として高いと考えます。

エネルギーショックの影響はより直接的にインフレ率に現れるでしょう。EU基準の消費者物価指数(HICP)の小項目の中で、電気、ガス、その他の燃料は約6.2%を占めています。経験則上、ガスのスポット価格が100ユーロ/MWh上昇する場合、ヘッドラインインフレ率は約200bps上昇しますが、緩和策により、インフレ率の上昇幅はエネルギー危機発生時を下回ると思われます。

政府の支援に期待するも、財政政策は万能薬ではない

欧州各国の政府は、エネルギーショックに対応するため、個人や企業に対して様々な支援策を導入しており、その総額はGDPの1.5%を超えています。支援策としては、最終消費者のエネルギー価格上昇による影響を緩和するための規制、一部対象者への雇用支援策、減税などが挙げられます(図3)。

エネルギーショックにより実質所得が減少するため、公共支出は増加し続けるでしょう。しかしながら、パンデミック時のような広範囲な支援策が実施される可能性は低く、その一方で債務相互化を含む、欧州の集中化した対応が行われる可能性があります。高インフレは政府の大胆な財政支援を実施する意欲を減退させることが考えられます。9月25日に行われるイタリアの選挙を控えている中、政治的な不確実性が高まっていることも、財政支援策の展開を制限する可能性があります。フランスのマクロン大統領とドイツのショルツ首相も、それぞれ異なる理由で追加支援の余地を狭めると考えられます。

また、欧州では財政政策と省エネルギー推進策を組み合わせて実施しています。欧州連合(EU)は冬に電力不足に直面するリスクと、ロシア産ガスへの依存度を低減させるため、2022年8月から2023年3月までの期間にガス消費量を自主的に15%削減することで合意しました。ドイツ政府は歴史的建造物の景観照明を禁止し、公共施設の暖房利用を制限しました。また、大手民間企業もエネルギー消費量の削減を進めています。フランスでは、公共施設の暖房上限温度の管理、建物の省エネ化など、「節電」計画が打ち出されています。個人や公共サービスは強制措置の対象から外れており、当面は民間企業が対象となります。

図2:ユーロ圏諸国におけるエネルギー危機への対応

出所:Pictet Wealth Management, IMF, Bruegel(2022年7月時点)

ECB:金融政策正常化を前倒しに実施するケース 

欧州中央銀行(ECB)が直面している課題は日々複雑化しています。そのため、ECBは機会を逃す前にインフレを抑制する断固とした対応を取らざるを得ないと思われます。ECBのイザベル・シュナーベル理事がジャクソンホールで行ったタカ派的な講演は、前例のない課題に直面した際のECBの新たな対応手段として記憶されるでしょう。

シュナーベル理事は、9月の利上げ幅について明確な方針を示すことはありませんでしたが、「慎重さよりも決断力」を重視し、高インフレが定着することを防ぐために、ECBは「力強く行動する」と明言しました。この発言から、ユーロ圏が供給ショックと需要ショックのいずれに直面しているかは重要な観点ではないことが分かります。シュナーベル理事はインフレが長期化すると、経済的・地政学的ショックが繰り返され、人々の中央銀行に対する信頼が損なわれるリスクが高くなると考えていることが分かります。

シュナーベル理事の考えに基づくと、ECBは自身の経済予測ではなく、実際のインフレ率により注目すると考えられます。今後数ヵ月間にわたり、ヘッドラインインフレ率とコアインフレ率がさらに上昇し、それぞれ10%と4%を上回ると予想されているため、75bpsの金利引き上げの可能性が濃厚となるでしょう。

ロイターの報道によると、ECB関係者5人が9月に75bpsの利上げを希望していることが分かりました。この要求がオーストリア、ラトビア、エストニアといった東欧・中欧の小国(オランダも含む)によるものである場合、利上げ幅の決定に大きな影響を与えることはないでしょう。その一方で、この要求がドイツ連邦銀行の総裁によるものであれば、影響力は増大し、シュナーベル理事による要求であれば、市場の大きな注目を浴びることになるでしょう。

また、フランスのフランソワ・ビルロワドガロー総裁が、「9月にもう一段大きなステップ」を踏み、年内に中立金利の水準まで政策金利を引き上げると主張したことにも注目すべきでしょう。ビルロワドガロー総裁の以前の発言によると、中立金利は1%から2%と推定され、今年残り3回の政策会合で100bpsから200bpsの利上げを実施すると思われます。そのため、年末までに100bpsの利上げを実施する場合、9月に50bps、10月に25bps、12月に25bpsのペースが想定され、200bpsの利上げを実施する場合、9月に75bps、10月に75bps、12月に50bpsのペースが想定されます。

インフレの見通しは積極的な利上げを正当化しますが、経済成長の急減速や景気後退に陥った場合、ECBはこうした利上げペースを維持することが困難になることも考えられます。

以上を踏まえて、9月に75bpsの利上げが実施される可能性が高いと考えられる理由は以下のようにまとめられます。

  • ECBは預金金利を0%まで引き上げており、フォワードガイダンスを終了させ、インフレと闘う環境を整えました。米連邦準備理事会(FRB)が75bps(2会合連続)の利上げを実施している中、ECBも同じ選択肢を取る可能性は十分に考えられます。
  • 高インフレが長期化した場合、インフレ期待に対するリスクは上昇します。積極的なインフレ対策を今から始めなければ、今後より大幅な政策金利の引き上げとそれによるコストの増加を負担しなければなりません。
  • ECBは利上げのペースを加速する必要があるため、今後数回の会合で少なくとも100bpsの利上げを実施することが示唆されています。景気後退のリスクが高まっている中、行動を起こす機会は限られています。
  • 一部の総裁の発言から、ユーロ安も積極的なインフレ対策を実施する理由の一つとなっていることが分かります。ECBが通貨高を明確な目標として預金金利を引き上げるとは考えにくいですが、直近のユーロ・ドルレートのパリティ割れはECBの意思決定に何らかの影響を与える可能性があります。

6月に開催されたシントラ会合以来、インフレ率の上昇を背景とした75bpsの利上げの可能性は示唆されていましたが、7月の50bpsの利上げは市場参加者を驚かせました。シュナーベル理事の講演や、8月のユーロ圏消費者物価指数(HICP)の結果により、75bpsの利上げの可能性はさらに高まっています。

ECBが9月に75bpsの利上げを実施したとしても、中立金利の予想値は必ずしも修正されることはないでしょう。利上げを前倒しし、年末までに利上げを終了させる可能性も考えられます。

債券市場のボラティリティの高まりなどにより、金融政策正常化の道筋には不透明さが残ります。2023年初に景気後退入りすると利上げを一時停止し、2023年後半に景気回復が始まると、利上げを再開するという「ストップ・アンド・ゴー」のアプローチを取る可能性が高いと思われます。

最後に、報道によると、ECBは資産購入プログラム(APP)の下で購入した債券の再投資を終了することを通じて、量的引き締め(QT)を開始することまでは現段階では考えていないようです。中立金利水準まで政策金利を引き上げることが最優先課題であるとすれば、バランスシートの縮小などの他の目標とトレードオフになる可能性があります。

イタリアのリスクだけでなく、バランスシートの構成からも、ECBは中央銀行の中でも特殊なケースと言えるでしょう。柔軟性を持つ総額1兆7000億ユーロのパンデミック緊急購入プログラム(PEPP)から発生する償還金再投資は市場分断化を防ぐための第一の防衛策として使用されます。

図3:ECBの債券保有状況

出所:Pictet Wealth Management, ECB(2022年8月29日時点)

一方、新たに導入された伝達保護措置(TPI)はまだ稼動しておらず、債券市場に大きな混乱が生じた場合にのみ使用される可能性があります。ECBはTPIの買い入れによるバランスシートへの持続的な影響を回避すると示しています。TPIが発動された場合、APP再投資の終了(PEPP再投資ではない)により相殺される可能性もあります。いずれにせよ、ECBのバランスシートは今後数年にわたり非常に緩やかなペースで縮小していくと考えています。


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