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イングランド銀行 信頼損なう恐れ
2022/09/06

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概要

英国の経済見通しとイングランド銀行の金融政策についてピクテが考察します。



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衰えぬインフレ圧力

米国、英国、ドイツの10年物ソブリン債券利回りは、市場参加者がインフレ圧力の高まりを断固として抑制しようとする中央銀行の姿勢を織り込んだため、8月初旬から大幅に上昇しています。消費者物価指数(CPI)上昇率の最高値を更新し続けている(7月は前年比10.1%)英国の10年物ギルト債(英国国債)利回りは最も急速な上昇を見せました(8月は87bps上昇の2.76%、図1)。イングランド銀行(BOE)の利上げ期待の高まりにより、ギルト債イールドカーブの短期ゾーンはさらに大幅に上昇しています。市場参加者は政策金利(バンクレート)が2023年半ばに4.3%でピークに達するとの見通しを示しており、米国FF金利の予想値である3.9%を上回っています(図2)。インフレ圧力は依然として高いため、景気後退が懸念されているにもかかわらず、BOEは年末までにさらなる利上げを余儀なくされる可能性が高いと思われます。

図1:米・英・独 10年物ソブリン債券利回り

出所:Pictet Wealth Management – Factset(2022年8月30日時点)

英国ではエネルギー価格の高騰が続いており、1ヶ月の電気契約が427ポンド/MWh(8月30日時点)に上昇したことで、市場のインフレ期待が急激に高まっています。英国のインフレ・スワップカーブによると、英国のインフレ率は2022年後半にピークを迎え、その後は緩やかに低下すると予想されていますが、それでも今後1年間の平均値は10%程度に達すると見込まれます。英国のエネルギー規制当局(Ofgem)はエネルギー価格の年間上限を10月に3,549ポンドに引き上げると発表しました。これは、4月の54%の引き上げに続き、現行上限価格からさらに80%引き上げることを意味しています。電気・ガスは英国CPIの3.6%を占めるため、上限価格の引き上げにより、10月のCPI上昇率(前年同月比)はピーク時の13%を上回る15%となる可能性があります。

図2:米・英・ユーロ圏 政策金利予想

出所:Pictet Wealth Management – Bloomberg Finance LP.(2022年8月30日時点)

5年物インフレ・スワップレートは4%以下と相対的に安定していますが(図3)、賃金の引き上げを求める労働者によるストライキや高額なエネルギー料金の支払い拒否などの動きから、高インフレによって人々の生活の脆弱性が高まっていることは明白です。その一方で、財政支援強化によるエネルギー価格高騰の抑制や賃金上昇は、高インフレを長期化させてしまう可能性があります。英国の次期首相が導入する財政刺激策の規模は明らかにされていませんが、報道機関によると、GDPの1.3%~4.2%に相当する300億~1,000億ポンドと考えられています。財政刺激策の規模が大きくなればなるほど、景気後退の局面でもBOEはアグレッシブな金融引き締めを行わなければならない状況に陥る可能性があります。

図3:米・英・ユーロ圏 インフレーション・スワップカーブ

出所:Pictet Wealth Management – Bloomberg Finance LP.(2022年8月30日時点)

8月3日の政策決定会合で示唆されたように、BOEは9月に保有するギルト債の積極的な売却を開始する可能性が高いと思われます。BOEが保有しているギルト債は8,430億ポンドに及び、発行残高の約35%に相当します(図4)。今後12ヶ月間にわたり、800億ポンドのギルト債をバランスシートから削減するというBOEの目標には、満期償還金再投資の停止も含まれるため、積極的な売却は四半期あたり100億ポンドに留まるでしょう。しかしながら、(財政刺激策とBOEの積極的なギルト債売却により)公開市場でのギルト債の供給が増加すれば、BOEに代わる(海外の)国債の引き受け手がより高いリスクプレミアムを要求する可能性があり、イールドカーブ全体にさらなる上昇圧力がかかる可能性があります。BOEの利上げ継続に伴い、利回りの上昇はイールドカーブの短期ゾーンで顕著に表れ、イールドカーブの逆転(2年債~10年債)がさらに広がり、景気後退は市場の懸念以上に深刻化・長期化すると思われます。

図4:イングランド銀行のギルト債保有額

出所:Pictet Wealth Management – Factset(2022年8月30日時点)

金融政策と財政政策のバランス

購買担当者景気指数(PMI)などの景気先行指標は、英国経済が減速していることを示しており、8月の S&P Global/CIPS 総合 PMI は 50.9 まで低下しました。これは、景気拡大と縮小の分かれ目となる50を小幅に上回っており、サービス部門に回復力が残っていることを示しています。しかしながら、英国が景気後退に直面していることに変わりはなく、BOEも2022年第4四半期に英国は景気後退入りし、予想以上に深刻化・長期化する景気後退局面を迎えると予測しています。BOEは2023年と2024年の実質GDP成長率をそれぞれ-1.5%と-0.25%に引き下げましたが、これは実質所得の減少が起因しています(金融政策レポート参照)。

BOEがインフレ圧力上昇に対して「力強く行動」し続け、年末にかけて50bpsの追加利上げを行う可能性は高いでしょう。しかしながら、景気後退の深刻さによっては、ターミナルレートが調整されると考えられます。市場参加者の2023年半ばのターミナルレート予想値は、(Brexitや低い生産性が影響し)中期的な経済見通しが悪化していることから、相対的に高い水準にあると考えています。

英国政府の財政状況も懸念材料の一つと言えるでしょう。国際通貨基金(IMF)は、パンデミック以降の名目GDP成長率の回復と財政赤字の着実な削減により、英国の債務残高対GDP比は今年88%に低下すると予測しています(図6)。しかしながら、財政赤字は再拡大すると考えています。まず、政府はエネルギー料金の高騰による個人や企業の負担を緩和するための財政支援策を打ち出す可能性が高いと思われています。また、英国国債の25%をインフレ連動債(インフレ率に応じて元本と利子が調整される債券)が占めていることから、BOEの継続利上げにより、政府は資金調達コストの上昇に直面すると考えられます。その一方で、財政への負担が増加しているにもかかわらず、英国政府の財政状況は、債務残高の対GDP比が相対的に低いこともあり、欧州の近隣諸国(特にフランスやイタリア)よりも安定しています。さらに、第2四半期の純利払い費はGDPのわずか2.2%であったことに加え、英国国債の平均残存期間は14.6年と高い水準となっています。つまり、厳しい経済・財政状況にもかかわらず、英国の公的債務の持続可能性に大きな懸念はないと考えます。

図5:英国政府の財政状況

出所:Pictet Wealth Management – IMF, Factset(2022年8月30日時点)

インフレは英国にとって深刻な課題であり、特に財政刺激策が大規模かつ広範囲に及ぶ場合、中央銀行への信頼を維持するために、BOEはさらなる金融引き締めをせざるを得ないと思われます。


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