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スイス:エネルギー供給の脆弱性
2022/09/15

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概要

スイスのエネルギー供給の脆弱性を、エネルギー消費の特徴や周辺国からの輸入などの観点からピクテが分析します。



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スイスのエネルギー供給は輸入に大きく依存している

ウクライナ紛争に伴うスイスのエネルギー供給の脆弱性を評価するには、まずアルペン諸州におけるエネルギー供給と消費の状況から分析を始める必要があります。2021年のスイスの一次エネルギー供給量は約100万テラジュール(TJ)となっており、石油製品(26%)、核燃料(20%)、水力発電(14%)、天然ガス(13%)、石油(10%)などから構成されています。スイスの石油および石油製品の消費量が占める割合はEUとほぼ同水準(36%)ですが、天然ガスと石炭への依存度は相対的に低くなっています。

スイスは化石燃料や原子燃料を大量に保有していないため、一次エネルギーの約80%を輸入しています。そのため、地質学、気象学、物流、地政学などの観点から、スイスはエネルギー供給の途絶に脆弱であると考えます。

図1:スイスの最終エネルギー消費量(1910年~2021年)

出所:Pictet WM-CIO Office & Macro Research, Office Fédéral de l’Energie(2022年8月時点)

スイスの最終エネルギー消費量の大部分(84%)は、石油の精製や、水力発電などを通して生産された石油製品、電力、天然ガスが占めています。

先進国の中でも、最もエネルギー集約度が低い国の一つであるスイスは、2010年にエネルギー消費量のピークを迎え、その後年率約1%(絶対値ベース)のペースで消費量を削減しています。

原油供給不足は冬季の大きな懸念とならない可能性が

スイスでは、石油は主に自動車の燃料、または暖房用として消費されます。つまり、石油消費量のうち3分の2は運送などに利用され、2割程度は家庭用暖房に利用されています。

ロシア産原油の禁輸など、ロシアに対する国際的な制裁措置とライン川の水位低下による通行制限という2つの課題が、スイスの石油輸入に支障をきたす可能性があります。

図2:石油製品の消費量(%)

出所: Office Fédéral de l’Energie(2022年8月時点)  

欧州連合(EU)の制裁措置の発表に追随し、スイスは2023年年初までにロシア産原油と一部の石油精製品を禁輸すると発表しました。スイスはロシアから直接石油を輸入していないため、この措置は理論的には容易に実施できるように思われます。しかしながら、スイスはロシアから原油を調達しているEU諸国(特にドイツ)から石油製品を輸入しているため、間接的にロシア産原油を輸入していることになります。その結果、最大18%の石油消費量がロシア産である可能性があり、10%から12%程度が現実的な数値になるものと推測されます。石油市場は規模が大きい上、流動性が高く、グローバルな市場であるため、今回の禁輸措置によってスイスの石油が不足することはないと思われますが、コモディティ市場の緊張感は高まるでしょう。

図3:スイスの石油輸入額(百万ドル)

出所:UN Comtrade(2022年8月時点)

また、スイスの石油輸入の27%は水路を経由しているため、この夏のライン川の水位低下は物流面で大きな困難をもたらしました。その一方で、秋から冬にかけて気温が下がり、水位が上昇すると、少なくとも一時的にこの問題は解決すると思われます。

スイスの電力供給はフランスに大きく依存

スイスの最終エネルギー消費量の26%を占める電力は、家計、製造業、サービス業でほぼ均等に使用されており、経済のあらゆるセクターにとって欠かせないエネルギー資源の一つです。

「ヨーロッパの水の城」と呼ばれているスイスは、水力発電を通して、電力需要の約60%を賄っています。残りの大部分は、原子力エネルギー(約30%、ただしスイスは2017年に国内の原子力発電所の段階的廃止を決議)、再生可能エネルギー、火力エネルギーによる発電で補っています。

図4:スイスの電力供給状況

出所: Office Fédéral de l’Energie(2022年8月時点)

スイスのエネルギー供給の脆弱性は、輸入への依存にあります。エネルギー純輸入量はエネルギー需要の約3%と低い水準となっていますが、水力発電量が多い夏には電力を輸出し、冬には電力需要の約40%を輸入しています。また、スイスは長年にわたり、夜間に欧州他国から安価な電力を輸入し、揚水発電設備に貯蔵し、電力価格の高い日中に消費、または再輸出を行っています。

図5:スイスの電力輸入・輸出(%)

出所:UN Comtrade(2022年8月時点)

スイスの電力輸入はフランスに大きく依存しているため、フランスの電力会社であるEDFが閉鎖された原子炉を再稼動させることができない場合、冬の電力供給が不足する可能性が高まります。フランスの原子炉56基のうち32基が稼動停止しており、そのうち12基が腐食の問題で停止しており、その他は定期メンテナンスのために停止しています。現段階では、国内の原子力発電量が低下するリスクは低いと思われます。また、スイスにある4基の原子炉で使用されているウランの最大45%は、ロシアから輸入されていると推定されますが、少なくとも中期的に代替供給源を確保することは可能と思われます。また、ロシア産ウランが短期的に不足しても、海外と国内に濃縮ウランと天然ウランを大量に貯蔵しているため、不足分を補うには十分だと言えるでしょう。

貯蔵設備不足がガス供給不足のリスクを高める

スイスの天然ガスへの依存度は、EU諸国よりやや低くなっています(エネルギー消費量に占める割合:15% vs 22%)。しかしながら、今後数ヶ月にわたり、スイスにとって天然ガスは最も供給不足の懸念が大きいエネルギー源です。スイスでは、暖房のために天然ガスを利用する家庭とサービス業者が最大の消費者であり(それぞれ44%、22%)、その他のほとんどは工業用となっています(32%)。このことから、ガス消費は冬季に集中することが分かります。年間消費量のうち約75%のガスは10月から3月末までに消費されます。

図6:スイスのガス輸入源(2021年)

出所:Association Suisse de l’Industrie Gazière (ASIG)

スイスのガス供給における脆弱性の最も大きな要因は、ロシアからの輸入に大きく依存していることです(スイスで消費されている天然ガスの約43%が直接的・間接的にロシアから輸入されていると推定)。スイスの天然ガスはすべてドイツ、フランス、イタリアなどの国からの輸入に依存しているため、ドイツなどの欧州諸国で天然ガスが不足した場合、スイスにも影響が及ぶ可能性があります。

図7:国別のガス貯蔵量

出所:PWM - AA&MR, ASIG(2022年9月2日時点)

また、スイスの天然ガス貯蔵設備が不足していることもガス供給の脆弱性を高めています。スイスの天然ガスはほとんどがフランスに貯蔵されており、年間消費量の15%にあたる6TWhを占めていますが、これは冬季の消費量の15日分程度に過ぎません。スイス当局は現在、フランス、ドイツ、イタリア、オランダからロシア産以外のガスを購入し、この貯蔵量を倍増させようとしています。しかしながら、隣国がガス不足に直面している今、ガスの貯蔵能力が不十分だということは深刻な課題となるでしょう。

EUの目標に沿った、冬季ガス消費量を15%自主削減するというスイス連邦議会の決定は、この相互依存関係を考慮した上で分析されるべきだと考えます。

冬が近づく

ウクライナ紛争は世界的なエネルギー危機を引き起こし、スイスを含む欧州に最も深刻な影響を及ぼしています。特に天然ガスと電力に関しては、今年の冬のエネルギー需要を完全に満たせる保障はないでしょう。

スイス当局は、ガスの貯蔵量を最大化し、追加供給の確保に努め、消費量を削減するなど、さまざまな対策を講じています。また、エネルギー不足による影響を最小限に抑えるため、近隣諸国との緊急時の対応計画や国境を越えた協力体制を整えています。

しかしながら、エネルギー供給不足の懸念がある限り、欧州諸国は自身の運命を完全に握ることは難しいと思われます。


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