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英国:「ミニ・バジェット」によりリスクが上昇
2022/10/04

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概要

英国財務相が発表した「ミニ・バジェット」が、英国国債と英ポンドの見通しに与える影響についてピクテが考察します。



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「ミニ・バジェット」:異例の財政政策

9月上旬、英国保守党のボリス・ジョンソン元首相の後任として、リズ・トラス氏が選出されました。トラス首相は減税などの政策により、英国の潜在成長力を発揮させると約束したこと等から当選しました。これは、ジョンソン政権のリシ・スナク元財務相(党首選でトラスに敗れた)を含む保守党が支持する慎重な財政政策方針からの大きな脱却を意味します。

トラス首相は2012年にクワシ・クワーテング財務相と共同執筆した政治論文で(「ブリタニア・アンチェインド:成長と繁栄のためのグローバル・レッスン」)、英国経済に対する見解を示しています。この論文でトラス首相は、1980年代に推進されたサッチャリズムに賛同を示し、減税政策は経済の活性化に有効であると考えていることを明らかにしています。しかしながら、長期的な計画がどうであれ、トラス首相が今注力すべき課題は個人消費と景況感を悪化させ続けているエネルギー価格の高騰です。このため、家計向けのエネルギー価格抑制策は今年10月の導入を予定しており、標準的な家庭におけるガス・電気使用量の支払額が年間2,500ポンドに制限される仕組みとなっています。

エネルギー価格の抑制策に続き、「ミニ・バジェット(小さな予算)」と題した財政政策が発表されました。

  • 所得税の引き下げ:11月6日に予定されていた国民保険料(給与税に相当)引き上げの中止。所得税の基礎税率を20%から19%に引き下げ。所得税の最高税率45%(所得15万英ポンド以上)を引き下げ。アルコールへの課税は2月から凍結。
  • 法人税の引き下げ: 法人税を23年4月に25%に引き上げる計画を撤回、19%に据え置く。
  • 住宅購入時の印紙税削減:住宅購入時に支払う印紙税の賦課対象額下限30万ポンドから42.5万ポンドに引き上げ。

ボーナス:銀行員のボーナス上限を撤廃

マクロ経済の観点からは、直近で発表された財政政策は英国の短期的な経済見通しを一転させることはなく、非常に厳しい環境が続くと思われます。イングランド銀行によるGDP予測では、第3四半期は第2四半期と同様の前四半期比0.1%減を予想しています。このような予測は、持続している労働市場の回復により、本格的な景気後退入りはしていないものの、英国経済が「テクニカル・リセッション」(2四半期にわたるGDPのマイナス成長)に陥ることを意味しています。しかしながら、景気の悪化(特に個人消費の低迷)が労働市況の悪化につながるのは時間の問題だといえるでしょう。

トラス政権下で減税などの財政政策の実施が発表されたものの、2023年の経済の先行きには大きな下振れリスクが存在すると考えます。エネルギー価格抑制策によって光熱費の上昇は一定程度抑えられますが、これまでのエネルギー価格の高騰が家計に大きな負担をかけ続けていることにも留意するべきでしょう。9月の個人消費のデータは、家計の経済状況の悪化を示唆しており、このような状況は年末商戦まで続く可能性があります。経済活動活性化の足かせとなっているもう一つの要因は、金融政策の引き締めであり、金利上昇の影響を受けやすい住宅セクターが最も大きな打撃を受けると思われます。印紙税に関する減税策が「ミニ・バジェット」に加えられているものの、利上げの影響をどれほど相殺できるかについては引き続き注視していくべきでしょう。

イングランド銀行は、トラス政権の財政政策により、インフレ期待のボラティリティがさらに高まることを恐れており、金融引き締めの強化を通じ、財政政策の影響を一部相殺したいと考えているでしょう。そのため、市場は今後さらなる大幅な利上げ(100bps程度)が実施されることを予想しています。

イングランド銀行には「信頼性レジームの転換」のリスクがあると考えています。中央銀行としての信頼性を損なうことを恐れるイングランド銀行は、特に海外投資家を安心させるために(そして英国債の魅力を高めるために)、金融政策の引き締めを加速させる可能性があると考えています。しかしながら、海外投資家の要求を優先するような金融引き締めは、英国国内に及ぼす悪影響への懸念の高まりにつながり、1992年に英国を欧州為替相場メカニズム(ERM)から離脱させたポンド危機の記憶を呼び起こすことになるかもしれません。

しかしながら、イングランド銀行は、現在直面している課題に対処し、その過程で独立性を維持する可能性が高いと思われます。今後数週間にわたり、長期債利回りの急上昇を背景に、「積極的な」量的引き締め(積極的な債券売却)を若干縮小する可能性も否定できないでしょう。

図1:消費者マインドが悪化する中、「ミニ・バジェット」が家計への支援となるかは不明

出所:Pictet WM – CIO Office & Macro Research, Bloomberg Finance LP(2022年9月23日時点)

英国国債:新興国の道を辿る?

「ミニ・バジェット」で発表された減税策が異例な規模だったとはいえ、英国国債市場への影響は予想以上に大きなものとなりました。英国3年債の利回りは50bps、英国10年債の利回りは30bpsと、イールドカーブ全体で急上昇しています(図2)。「ミニ・バジェット」とエネルギー価格抑制策の発表を受け、英債務管理庁(DMO)は2022-2023年度の政府の純借入額を1,617億ポンドから2,341億ポンドに引き上げ、国債発行額を624億ポンド増の1,939億ポンドとしました。

図2:英国国債 イールドカーブ

出所:Pictet Wealth Management, Factset(2022年9月23日時点)

英国国債への売りが加速していることから、市場は国債発行額の大幅な増額(約47%)に対して、予想以上に懸念していることを示唆しています。英国債市場の低迷は、信認回復のためにインフレ対策を強化するイングランド銀行と、減税政策を発表した政府が対立することへの懸念によるものだと考えています。

市場参加者は来年の政策金利のターミナルレートが5.3%を超えると見ています。市場はイングランド銀行が大規模な減税策とエネルギー価格抑制策による中期的なインフレの高まりに対抗するため、さらに積極的な利上げを実施すると予測しています。経済成長率が鈍化する中で、5%を超える政策金利の予想は高い水準にあると思われますが、市場参加者はイングランド銀行のインフレへ対応策を引き続き注視していくでしょう。

海外投資家がすでに英国国債の発行残高の約30%を保有している中で、イングランド銀行は量的引き締めを通して、現在保有している約37%のシェアを急速に削減することを計画しているため、ここからさらに海外からの資金を呼び込むためには、利回りが現在の水準からさらに上昇する必要があると思われます(図3)。英ポンドの急落を考慮すると、イングランド銀行はインフレ対策への信頼性と英国国債の魅力を維持するために、非常に積極的な利上げを行わなければならないと考えられます。イングランド銀行が直面しているジレンマ(国債利回りの急騰と通貨の急落)は、新興国で多く見られる課題と類似している部分があります。

図3:英国国債保有比率(%)

出所:Pictet Wealth Management, Factset(2022年9月23日時点)

そのため、英国国債の利回りはイールドカーブ全体でさらに上昇し、フラット化すると考えられます。また、2年債・10年債の利回り格差のマイナス幅はさらに拡大する可能性があります(本稿執筆時点では約-30bps)。

英ポンドは依然として下落圧力に晒されている

英国の深刻な経常赤字(第1四半期はGDPの8%)は、対米ドルですでに急落している英国通貨にさらなる下落圧力をかけています。英国は、構造的な経常赤字の穴埋めをするために、「他人の親切」に依存するようになっています。「ミニ・バジェット」の発表は、このような依存度がさらに高まる可能性を示唆しており、投資家はこのような傾向に対して懸念を示しています。そのため、英国10年債利回りが大幅に上昇しているにもかかわらず、英ポンドは急落しています。その他の主要国と比べ、英国の貿易収支が悪化していることから、英ポンドは世界的な景気後退に対して非常に脆弱であるといえるでしょう。

図4:財政支出の拡大により、英ポンドは大幅に下落

出所:: Pictet WM – CIO Office & Macro Research, Bloomberg Finance LP(2022年9月23日時点)

市場が過剰に反応しているともいえますが、英国の国際収支悪化への懸念が高まっていることから、短期的に英ポンドへの積極的な投資は避けるべきだと考えられます。しかしながら、2023年のイングランド銀行の利上げペースに対する市場の期待がすでに非常に高いことを考慮すると、イングランド銀行が市場の期待を超え、「先手」を打つことは容易ではないかもしれません。


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