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中央銀行の損失は問題なのか?
2022/12/16

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概要

● 10年間に及んだ非伝統的な金融緩和政策とバランスシートの拡大から、金融引き締めへと転換し、金利が急速に正常化してきたことに伴い、いくつかの中央銀行では経済的損失が計上され始めている。中央銀行が支払う準備預金の金利と保有債券から得られる利子収入のギャップが拡大するにつれて、損失はさらに拡大するとみられる。
● 中央銀行が資金を使い果たすということはありえず、経済的損失が中央銀行が物価を安定させる金融政策遂行能力を毀損することはない。しかし、場合によっては、こうした損失が、国債発行の増加、過剰流動性の解消を加速させる動機付け、あるいは準備預金の金利の引き上げなど、実務的な影響をもたらす可能性がある。
● 中央銀行が長期にわたって多額の損失を出し続ければ、たとえ財政的・法的義務がなくても、政治的な圧力によって資本を再建するよう求められる可能性がある。これは、中央銀行の独立性だけでなく、「インフレファイター」としての信頼性に対しても懸念を生じさせる可能性がある。



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中央銀行は破綻するのか?

スイス国立銀行は、今年に入ってから1,420億スイスフランの損失を計上しました。英財務省は、英中央銀行(イングランド銀行、BOE)が保有する債券の売却損と量的金融緩和政策によるマイナス金利の影響を補填するために、年間200~300億英ポンド程度をBOEに渡す必要があります。オーストラリア準備銀行(RBA)は、パンデミック債券購入プログラムに関して370億豪ドルの損失を発表し、120億豪ドルの債務超過に陥りました。欧州中央銀行(ECB)は、政策金利の上昇に伴い損失を計上する可能性があるとの警告を発し、オランダの中央銀行は最近、将来の資本状況について警告を発しました。米連邦準備制度理事会(FRB)の米財務省への国庫納付については、今年に入って120億米ドルの欠損となっています。

一体何が起きているのでしょうか?中央銀行が損失を出すことは問題なのでしょうか?中央銀行が破綻することはあり得るのでしょうか?経済学者のウィレム・ブイター氏が2008年にこの問いかけをしたとき、その意味するところの大部分は、大げさな極論のようなものでした。しかし時は流れて2022年になり、2007年~08年の金融危機、二度の世界的な不況、そして新型コロナウイルスのパンデミックに対して実行された長期間に渡る大規模な金融緩和の結果、中央銀行のバランスシートは20兆米ドル以上も膨れ上がってしまい、ウィレム・ブイター氏の問いかけがいよいよ話題としてあがってきそうです。

インフレ率が数十年ぶりの高水準に達し、金利が急速に正常化する中、中央銀行が損失を出す理由は主に2つあります。第一に、フローの面では、中央銀行は資産購入プログラム(量的金融緩和、QE)や銀行貸出オペによって積み上げられた大量の準備預金(ベースマネー)に金利を支払わなければならないことです。ほとんどの場合、中央銀行が準備預金に支払う金利は、中央銀行が保有する債券の平均利回りよりも上昇しているため、収益の減少につながり、場合によっては損失が発生します。

第二に、中央銀行が保有する金融資産の時価が購入価格を下回った場合、損失が発生します。代表例は、額面以上の価格で購入した債券です。中央銀行は保有する債券を時価評価する必要がないため、ほとんどの場合、損失は未実現のままですが、代わりにクーポン収入を受け取り、額面金額で償還を受けます。しかし、FRB とBOE は量的金融引き締め(QT)の一環として債券の売却を始めており、購入価格を下回る時価で売却することによる損失が発生しています。RBAは特殊なケースで、保有する債券の評価損を時価ベースで洗い替えしている数少ない中央銀行の一つです。

 

中央銀行の損失は問題にはならない...問題が起こるまでは

この問題は、一見単純に見えます、中央銀行が資金を使い果たすことはありません。実現した損失を相殺するために必要なお金を、いくらでも刷ることが可能です。重要なことは、中央銀行の財務会計が、物価安定への回帰を含む通常の金融政策の実施に対して影響を与える理由はない、ということです。

中央銀行の損失は理論的には非現実的なものですが、政府財政面を含め、実際には重要な結果をもたらすことがあります。BOEとRBAがわかりやすい例でしょう。中央銀行の損失は機械的に国債の発行を増加させ、両者とも資本増強を余儀なくされる可能性があります。また、ECBやFRBが巨額の損失を出すと、両者ともバランスシートの縮小を計画より早いペースで進める可能性があります。特にECBが11月にターゲット長期借換オペ(TLTRO) の条件を変更したのは、巨額の金融損失のリスクが背景にあったためだと思われます。

さらに視点を広げると、中央銀行の損失が長期にわたって著しく増加した場合、資本増強を求める政治的圧力が高まる可能性があります。その一方で、財政的な支援の必要性は、物価の安定を実現しようとする中央銀行の信頼性を損なうかもしれません。言い換えれば、経済的損失がもたらす究極の脅威は、中央銀行の独立性に疑問符が付く可能性があるということです。ECBが10年以上前に指摘したように、中央銀行の財務状況が悪化した場合、中央銀行は政府に資本増強を求め、政府は公的資金を投入する見返りに、中央銀行の意思決定に影響を与えようとする可能性があります。言い換えれば、中央銀行の損益状況はテクニカルなトピックにとどまらず、財政政策と金融政策の協調に関する、極めて重要な政治的な意味合いを持っているのです。

 

中央銀行は何ができるか?

理論上、中央銀行は損失への対応として選択肢をいくつか持っています。

1. 何もしないこと 

ほとんどの場合、中央銀行の損失は彼らが行う金融政策に影響を与えません。近年、多くの中央銀行が引当金を積み立てており、損失額が引当金を上回ったケースにおいても、いくつかの中央銀行は政策遂行上の課題に直面することなく、債務超過のまま金融政策を実施してきました。こうした例として、チェコ共和国、スウェーデン、チリ、イスラエル、メキシコの中央銀行が挙げられます。

2. 商業銀行の超過準備預金を削減すること

利払いが必要な準備預金の水準が高止まりしていることが中央銀行の損失の主因です。中央銀行は、債券を売却することで超過準備預金の取り崩しを加速させることができます。

3. 準備預金の金利を引き下げること

中央銀行は、超過準備預金に支払う金利を引き下げるか、金利の支払いが必要な準備預金の割合を制限する「逆ティアリング」の形式を導入することができます。

4. 財務バッファーを用いること

中央銀行は準備金や引当金を含むバッファーを使って損失をカバーし、損失によって債務超過に陥ることを防ぐことができます。

5. 株主(政府)に増資を依頼すること

これは納税者である国民が関わる政治的決断となります。2010年のユーロ危機の初期に、ECB が資本を50億ユーロ増やすことを決定したことがその一例です。


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