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ブラジル大統領選                ~ルラ元大統領は勝利を収めるも議会の分断に直面~
2022/11/17

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概要

・2022年10月31日に行われたブラジル大統領選の決選投票では、ルラ元大統領が現職のボルソナロ大統領との国を二分した選挙戦を僅差で制し、通算3度目の当選を果たしました。

・ 左派のルラ氏には右派色が強く分断した議会の収拾を図ることが求められます。議会では後述の「セントラオ」と呼ばれる政治集団が、重要な人選を左右するキングメーカーの役割を果たすことが予想されます。

・ ルラ氏はボルソナロ政権から健全な経済基盤を引き継ぐ一方で、慢性的な経常赤字や巨額の政府債務等、新政権の政策運営を縛りかねない積年の課題への対応を求められます。

・ 大統領選が終わったことに加えてブラジル国債の実質利回りが5%超の高水準にあり、中央銀行による利上げ終了の公算が大きい状況が、国内外の投資家に好感される可能性があると考えます。もっとも、新政権はブラジルの巨額の公的債務に真剣に対処する姿勢を早急に示す必要があり、それが出来ない場合には海外資金の流出の可能性もあると考えます。

・ ブラジル株式市場については、特に現地通貨建てソブリン債との比較で、やや慎重な見方を維持しています。企業収益の先行きに係る不透明性を勘案すると、株価の上値余地は限定的だと思われるからです。

・ ブラジル・レアルの上値も限定されると考えます。中央銀行の金融政策、コモディティ(国際商品)市場や財政の先行き等、レアルを下支えてきた要因が、今後、反転する可能性があると見ているためです。


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3期目の政権運営を担うルラ元大統領

2022年10月30日に行われたブラジル大統領選決選投票では、予想以上の接戦となった選挙戦を通じて世論調査をリードし、2003年から2010年にかけて大統領を務めたルイス・イナシオ・ルラ・ダシルバ(ルラ)元大統領が有効投票の50.9%を獲得して勝利を収め、劇的な復活を果たしました。

一方、ブラジル史上初めて再選を果たせなかった現職のボルソナロ大統領は、選挙結果の発表後丸2日間沈黙を守った後、支持者を前に慎重に言葉を選んだ簡潔な演説を行って、敗北は認めないまま、憲法への尊重を誓うと同時に、政権移行手続きの開始を承認しました。

選挙の最終結果を受けて、ボルソナロ大統領を支持するトラック運転手等が高速道路と主要都市をつなぐ道路を封鎖するなど、抗議デモが発生しています。選挙結果に対するボルソナロ派の反発もあって、抗議行動が続く可能性はあるものの、州知事が治安部隊を動員し、食糧不足や燃料不足を懸念する国民からの圧力が強まれば、抗議行動は徐々に収束していくものと考えます。

ルラ氏の勝利は、チリ、ペルー、コロンビア等、南米各国で相次ぐ左傾化(左派政権成立)の流れの一環のように思われ、ブラジル国外にも影響を及ぼすことが予想されます。

一方、ルラ氏の僅差の勝利は、ブラジル国内の際立った二極化を浮き彫りにしています。ルラ氏は右派色が強く分断した議会に対処する必要があり、特定のイデオロギー指向を持たない中道派「セントラオ」が、政権の重要な人選を左右するキングメーカーとしての役割を果たすことになると考えます。

ルラ氏の経済政策は明らかにされていませんが、選挙後初の演説では、実質賃金の引き上げ、家計の債務負担の軽減、所得格差の是正等の政策に言及しています。また、政権に対する信頼性、安定性、先行きの可視性の必要性にも言及があったことが、ブラジル財政の立ち位置に懸念を抱く金融市場を安堵させたものと考えます。市場は、今後数週間のうちにも発表が予定される次期政権の陣容、とりわけ、経済担当閣僚の任命を注視しています。

ルラ元大統領は過去の実績を再現出来るか?

大統領選終了後、数日間の金融市場の反応は、比較的良好で、ルラ氏の当選が市場を脅かす結果にはならなかったことを示唆しています。同氏の過去2期の経済実績が良好だったことから、金融市場は今のところ、「不明な政策を好意的に解釈している」のかもしれません。ルラ氏の過去2度の任期中(2003年から2006年、ならびに2007年から2010年)に、ブラジル経済は年率平均4.1%の成長率を実現しており、失業率およびインフレ率がそれぞれ改善する中、レアルは対米ドルで約2倍の値になりました。また、グローバル金融危機の発生にもかかわらず、プライマリー・バランス(基礎的財政収支)はプラス圏に留まりました。

ルラ氏が、1995年から2002年まで大統領を務めたカルドゾ元大統領から相対的に健全な経済を引き継いだことや、少なくとも2008年のグローバル金融危機発生時まで続いていた商品市場の「スーパーサイクル」が好業績の一因になった一方で、ルラ氏が所属する「労働党」に放漫財政のイメージが付きまとうのは、2011年から2016年までのルセフ元大統領の任期中に経済のファンダメンタルズが劇的に悪化したためです。ルセフ氏の6年間の実績は、GDPがゼロ成長、失業率が悪化し、プライマリー・バランスがGDP比プラスからマイナスに転落、レアルが対米ドルで約半値に減価する等、惨憺たるものでした。

一方、2019年から2022年までのボルソナロ大統領の場合は、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)やエネルギー危機への対応を勘案すると、いずれの指標についても、比較的良好だったと考えます。実質GDP成長率は小幅ながらプラス成長を維持し、失業率は改善、プライマリー・バランスはGDP比マイナスからプラスへ改善しています。インフレ率は約2倍に上昇したとはいえ、ブラジル・レアルは対米ドルで下落しています。

健全な経済にも脆弱性が垣間見られる

ルラ氏は比較的健全な経済ファンダメンタルズを引き継ぐことになります。ブラジル経済は、世界的な景気後退の脅威が迫る中、2022年4~6月期に前期比年率でプラスの成長を遂げた一方で、景気先行指標は低下基調です。欧州各国とは対照的に経済活動の拡大は続いていますが、10月の製造業購買担当者景気指数(PMI)は、5月と比べ低下しています。

2022年7~9月期の失業率が、大統領選挙戦を控えた「駆け込みの」公共投資を一因に低下したことから、個人消費はインフレの急騰にもかかわらず底堅さを保ったものと思われます。また、10月の消費者信頼感指数が5月と比べ持ち直していることも、こうした見方を裏付けるものと考えます。

消費者物価指数(CPI)が直近の3ヵ月連続で前月から低下していることに示される通り、ディスインフレ傾向が見られることも好材料です。インフレ率は9月まで低下を続けており、4月にピークを付けた可能性があると思われます。

ブラジルの貿易収支は通貨高を一因に、2016年以降、大幅な黒字を計上しています。コモディティ価格の高騰が交易条件、ひいては対外黒字に寄与していることから、2023年中に中国が経済を再開すれば、コモディティを中心としたブラジルの輸出品に対する需要を押し上げることも期待されます。

ブラジル経済のアキレス腱は慢性的な経常赤字で、GDP比ベースでは2021年に比べて2022年1~9月は悪化しています。ブラジルの貿易黒字が継続していても、金利上昇に因る歳入の縮小分を完全に相殺する公算は小さいと考えます。

高位に留まる金利水準が、ブラジル国債の元本返済および利払い費用を圧迫しており、プライマリー・バランスが十分な黒字を維持しているにもかかわらず、公的債務は増加の公算が大きいと考えます。また、経済活動の鈍化も、債務の拡大につながります。従って、新政権の財政政策の自由度は限定されると見ています。

足元の良好なインフレ動向を勘案すると、ブラジル中央銀行(BCB)は、恐らく、世界の主要中銀に先駆けて利下げに転じることが可能だと思われます。そうなれば、減速気味の経済の追い風となり、経常収支および財政収支の悪化が限定されると考えます。もっとも、財政運営の余地が限られていることから、ルラ政権の最初の動きが注視され、正統的な政策から逸脱することがあれば、資本の流出の形で制裁を受ける公算が大きいと思われます。

                              

                         

ソブリン債の投資収益に期待

ブラジル中央銀行(BCB)は10月の政策決定会合で、2会合連続の政策金利の据え置きを決定しました。政策金利は既に13.75%に引き上げられており、インフレの鈍化傾向が見られることから、BCBは向こう数ヶ月間、あるいは、恐らく2023年下期まで、金利の据え置きを継続することが予想されます。年初来、米ドルに対してブラジル・レアルが予想外に堅調に推移していることにも示されているように、BCBが早期に利上げに踏み切ったことが奏功して、景気後退が回避されたものと考えます。

BCBの政策金利がピークを付けた可能性があることから、現地通貨建てのブラジル国債利回りは政策金利を割り込んでいます。財政規律を重視する新政権が誕生し、2023年中に米連邦準備制度理事会(FRB)の利上げが終了すれば、足元の市場が織り込む以上の利下げが行われる可能性も考えられます。もっとも、こうしたシナリオは、インフレ率が低下基調を続けることと、レアルが対米ドルで大幅に下落しないことが前提条件となっています。

海外投資家は、2022年上期にはブラジル債券を買い控えたように思われますが、 大統領選の終了、高水準の実質利回り、 BCBの利上げ終了の公算等は、国内外の投資家にとっての強い追い風になると考えます。新政権は、第一に、巨額の公的債務を長期的に持続可能な水準に縮小することに真剣に取り組む姿勢を示さなければならないと考えます。

                   

                                         

株価の上値余地は限定的

MSCIブラジル株価指数の年初来リターンは、先進国市場および新興国市場の双方を大きく上回っています。通貨高が追い風の一因となったことは確かですが、良好なパフォーマンスは、主に、コモディティ価格の高騰と高水準の国内金利を背景とした企業収益の一貫した改善基調に起因するものと思われます。

MSCIブラジル株価指数構成銘柄の時価総額の半分以上、および利益の9割近くを金融、素材、エネルギー企業が占めています。したがって、同指数構成企業の平均一株利益は、コロナ禍前の水準を、米ドルベースで3~4割、現地通貨ベースで7~8割程度上回ります。こうした水準が持続することに懐疑的な見方を示す株式アナリストが散見されますが、ピクテの見方も同様です。中国が「ゼロコロナ政策」を堅持する中、グローバル経済の先行きを占う指標が悪化基調をたどっているため、ルラ政権は、恐らく、原油の国内価格の上限を設定するため、ペトロブラス(ブラジルの国営石油会社)に圧力をかける可能性があると考えます。従って、企業収益はよくても横ばいと見ています。

バリュエーション面では、MSCIブラジル株価指数の株価収益率が過去最低値を付け、2023年の減益を織り込んで余りある水準に低下しているものの、株価純資産倍率等、その他の指標は、過去15年平均と比較して上昇余地が限定的です。また、株式益回りが政策金利、および現地通貨建て10年国債利回りと同水準にあることと、BCBが利上げの終了を示唆していることが相まって、国内投資家は、昨年来、株式よりも債券を選好する姿勢を強めています。

外国人投資家のブラジル株式に対する投資意欲は、新政権の陣容と、今のところは殆ど明らかにされていない政策方針によって左右される公算が大きいと思われますが、米国および欧州の景気後退入りの可能性が恐らくリスク選好全般に及ぼす影響も同様に重視されるべきだと考えます。

以上から、当面は、ブラジル株式市場に対してやや慎重な姿勢を維持します。株価の上値余地は、短期的には小さいと見ており、ボベスパ指数の年末予想についても、足元の水準と変わらない115,000と、従来予想を維持しています。新政権の政策以外では、特に商品価格との関連から、中国のゼロ金利政策の終了時期が注視されると考えます。

通貨高要因は反転の可能性

ブラジル・レアルは、年初来、米ドルを含むすべての主要通貨を上回って堅調に推移しています。レアル高の背景にあるのは、2021年3月以降の積極的な利上げ政策とコモディティ価格の高騰が株式市場の下支えとなって財政の先行きに対する懸念が幾分和らいだことです。2021年12月には、中央銀行が通貨防衛のための為替介入を余儀なくされた通り、2022年年初時点のレアル安も奏功したものと思われます。

一方、今後はレアル高を支えてきた条件が反転する公算が大きいように思われます。中央銀行が利上げを終了し、2023年中にも利下げに転じる可能性があることに加えて、世界経済の先行きの悪化を背景にコモディティ価格が低迷し、企業収益を圧迫する可能性があるからです。また、社会保障支出の拡充を公約とする次期大統領の政策が、歳出上限等の厳しい財政規律に抵触し、財政基盤を揺るがす可能性も考えられます。財政の先行きは、高水準の金利コストと経済活動の鈍化を受けて、既に悪化の公算が大きく、債務の持続可能性がレアルのリスク要因となる状況は変わりません。

                                  

                                      

一方、FRBが10月の連邦公開市場委員会(FOMC)で、利上げの継続を表明すると同時に、政策金利(FFレート)の誘導目標の最終到達点(ターミナルレート)が「予想を上回る水準に達する」可能性があるとの強い警告を発したことから、ドル高の継続が予想されます。従って、向こう数ヶ月については、レアルが、足元の水準から大幅に上昇する公算は小さいように思われますが、中期的には、財政の先行きを巡る懸念が和らぐ限り、ブラジル債券市場への海外資金の流入がレアルを下支えする可能性があると考えます。

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