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景気刺激策の実施は中国経済の本格回復への道のりが長いことを示唆
2023/08/23

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概要

中国経済の力強い回復が待たれる中、足元ではむしろ減速傾向が明確化しています。その背景と中国政府による景気刺激策に関する見通しをピクテが考察します。



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失速する中国経済

2022年年末にコロナ関連規制が解除されたのち、中国経済は2023年年初に力強い回復をみせました。しかしながら、景気回復の勢いはその後失われ、4月には製造業購買担当者景気指数(PMI)が景況改善・悪化の分かれ目を示す50を下回ったほか、その後発表された経済指標からも景気減速の兆候がみられています。

直近発表された第2四半期のGDPは、景気回復ペースの鈍化を示しています。中国国家統計局によると、第2四半期の経済成長率(前年同期比)は6.3%でした。昨年4~5月に実施された大規模なロックダウンにより、前年同期の経済活動が抑制されていたことを背景に数値上は高水準となったものの、市場予想の7.1%には届きませんでした。また、第2四半期の前期比成長率(季節調整済み)0.8%にとどまり、第1四半期に記録した2.7%を大きく下回りました。

加えて、世界各国においてインフレ懸念が根強く残る中、中国のインフレ率は急低下しており、デフレの水準に近づいています。6月の総合インフレ率は0.0%、生産者物価指数(PPI)インフレ率は-5.4%と、2015年以来の低水準となりました。

なぜ中国の景気回復は急速に勢いを失ったのか?

コロナショック後、世界各地で経済の力強い回復がみられました。しかしながら、経済回復のポテンシャルがあると考えられる中国は、なぜこれほど早く回復の勢いを失ったのでしょうか?

世界的な需要の減退がその理由のひとつであると考えます。コロナショック後、世界の経済活動再開により、消費需要はモノからサービスへ移行し、中国製品に対する需要の減少につながりました。

図1A:アジア圏 国別輸出成長率

出所:Pictet Wealth Management, Bloomberg Financial LP。2023年7月時点

しかしながら、世界的な需要の減退は中国に限ったことではありません。多くのアジア圏の輸出国も同様に、輸出成長率の低迷に見舞われているものの(図1A)、そのうち多くの国では国内需要の回復が続いています。例えば、北アジア4カ国のうち、2019年から直近までの期間において、名目小売売上高で中国を下回っているのは日本のみで、韓国と台湾は中国を大きく上回っています(図1B)。すなわち、中国の景気回復の失速は輸出の落ち込みではなく、軟調な国内需要が主な要因であると考えられます。

図1B:アジア圏 国別小売売上高(季節調整済み) 

出所:Pictet Wealth Management, Bloomberg Financial LP。2023年7月時点

では、なぜ中国の国内需要は低迷しているのでしょうか?

注目すべきは2020年から2022年にかけて、中国経済に打撃を与えたのはコロナだけではないということです。2020年8月、中国政府は特定の不動産デベロッパーに対し、レバレッジ抑制を目的とした政策(「3つのレッドライン」)を導入しました。この政策は2021年にさらに厳格化され、不動産市場に大きなストレスを与え、不動産セクター全体の信用収縮と住宅関連の経済活動の低迷をもたらしました。2020年後半、中国政府はアリババを皮切りに、一部の大手IT企業に対する規制強化を実施しました。2021年には、学習塾・家庭教師事業に対する規制が導入され、一夜にして同業界は崩壊しました。つまり、コロナ関連規制以外にも、2020年からの3年間において、中国経済のさまざまな領域に大きな打撃を与えるような政策が実施されていたことがわかります。したがって、コロナ関連規制の解除は経済回復につながる大きなプラス材料ではあったものの、経済の持続的な回復には不十分であったといえるでしょう。

この中でも、住宅セクターのハードランディングは中国経済に最も大きな打撃を与えたと考えます。

中国経済における住宅セクターの重要性は強調するまでもないでしょう。不動産セクターが中国のGDPに占める割合は約7%に過ぎませんが、経済のさまざまな産業と密接に関係しているため、経済全体的に与える影響は非常に大きいといえるでしょう。直近10年間、不動産関連の経済活動が中国の経済成長の約30%を占めていたと推定されています。

不動産セクターは銀行(シャドーバンキングを含む)からの融資(レバレッジ)などを活用しつつ、家計の膨大な貯蓄を川上の鉱業や素材産業、川下の家電や関連サービスといった経済のさまざまな部分に行き渡らせています。地方政府でもまた、不動産セクターへの依存度が高まっており、土地の売却による収入が歳入全体の30%以上を占めていたこともあり、長年にわたり急増したインフラ投資の原資の一部となっていました(図2)。

図2:不動産セクターの中国経済における役割

出所:Pictet Wealth Management。2023年7月時点

不動産デベロッパーのレバレッジに対する厳しい規制と、コロナショックによる住宅販売不振は、結果として2021年後半の中国不動産セクターのハードランディングを招きました。住宅販売と不動産投資はともに2桁の落ち込みをみせ、多くの不動産デベロッパーが債務不履行に陥りました。

その波及効果は大きく、さまざまなデータにも表れています(図3A、3B)。

図3A:掘削機の販売推移(前年比%)

出所:Pictet Wealth Management, Wind。2023年7月時点

図3B:板ガラスの生産推移(前年比%)

出所:Pictet Wealth Management, Wind。2023年7月時点

中国政府が不動産セクターの抑制に踏み切った背景には、住宅市場における長期的な需給構造の変化や、一部のデベロッパーの過剰なレバレッジに対する懸念などがあったと考えられます。しかしながら、18兆ドル規模の経済の主力成長エンジンとなる不動産市場が瞬時に冷え込んだことは、経済に多くの損害をもたらしました。その影響は不動産デベロッパーの信用危機や債券のデフォルトなどにとどまらず、雇用喪失や所得減少にもつながり、個人消費に打撃を与えました。

さらに、中国の家計資産の大部分を占める住宅価格の下落により、景気先行きへの不安が高まり、予防的な貯蓄が増加しました。2021年以降、中国の家計は収入に対して住宅購入に充てる予算を大幅に削減しました。現在の水準は2021年に達したピークを大幅に下回っている上、直近の住宅市場活性化のための刺激策が実施された以前の平均水準(2009年~2015年)を著しく下回っています(図4A)。一方で、家計の銀行預金は、コロナ関連規制の解除から半年以上経った今でも増加が続いています(図4B)。

図4A:中国の都市部の可処分所得に占める住宅販売額の推定割合(%)

出所:Pictet Wealth Management, Wind。2023年7月時点

図4B: 中国家計の銀行預金とその長期トレンド

出所:Pictet Wealth Management, Wind。2023年7月時点

景気刺激策は実施されるのか

政府の過去の政策を振り返ると、このような不況時には、中国政府は強力な景気刺激策を実施し、経済を活性化することが期待されます。しかしながら、足元の状況はそう単純ではありません。

中国国内のパブリック・フォーラムでは、景気刺激策に関する意見は大きく分かれています。景気回復にはより多くの政策支援が必要であることに対してはコンセンサスが得られているものの、どのような政策をどの程度実施すべきかについては意見が分かれています。

まず、一部の意見では、悪化している消費者信頼感を改善し、デフレの長期化(経済の「日本化」)を回避するために、政府はなるべく早い段階から積極的な景気刺激策を実施すべきだと考えられています。このような考えは、直近同様の見解を示したリチャード・クーによる「バランスシート不況」理論に基づいています。この理論によると、政府が経済成長を支える唯一の方法は財政支出の大幅拡大だと指摘しています。時間が経てば経つほど、中国経済が直面する問題は深刻化すると考えられています。

その一方で、中国政府が「質の高い成長」への移行を重視していることと、公的債務の拡大に対する懸念が高まっていることなどから、大規模な景気刺激策は避けるべきとの意見もあります。2015年から2016年にかけて、景気刺激策(低迷する不動産セクターを救済するため)が実施された後、中国の地方政府の債務はGDPの約60%から2022年には77%に増加しました(地方政府の資金調達手段である融資平台(LGFV)の債務を含む、図5)。このような考えに基づくと、強力な景気刺激策は経済に悪影響を及ぼす可能性があり、長期的には持続不可能であると考えられます。

図5:中国の債務残高対GDP比(金融セクター除く)

出所:Pictet Wealth Management, Wind。2023年7月時点

ピクテは、中国政府は短期的には強力的かつ広範的な景気刺激策を控える可能性が高いと考えています。例えば、7月6日の中国共産党の主要な政治雑誌であるQiushiは「政府の成果に対する正しい見解を確立する」と題する記事を掲載しました。この記事では、習近平国家主席が3月の全国人民代表大会で行った、質の高い成長を重視し、長期的な経済成長を犠牲にして目先の高度成長を目指す政策には反対するとの演説を繰り返し強調しています。この記事が発表されたタイミングを考慮すると、大規模な景気刺激策が実施される可能性は低いと考えられます。

今後の政策見通し

当面政府による政策支援は続くと予想されますが、それらの措置は引き続き段階的かつ的を絞って実施され、規模もかなり控えめなものになると考えます。例えば、中国人民銀行による政策金利の引き下げに加え、新エネルギー自動車に対する減税プログラムが2027年末まで延長されました。また、「グリーン」家電に対する新たな政策支援の導入も発表されました。一部の報道によると、北京や上海のような一級都市における住宅購入制限の撤廃など、不動産セクターにおける追加緩和も検討されているようです。

景気刺激策の規模が限定的となる場合、中国の景気回復までの軌道はより緩やかで長期化すると考えられます。ピクテは2023年のGDP見通しを下方修正し、第2四半期のGDPから中国経済が失速していることが確認されたことと、当面は的を絞った政策支援にとどまるとの見通しを反映しました。


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