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パンデミック前の水準に戻ってきた金需要と、記録的な金購入に動く世界の中央銀行
塚本 卓治
2022/11/14

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概要

2022年7‐9月期の金需要は前年同期比28%増の1,181トンだった。年初来累計の金需要は2019年同期比でも2%の増加となり 、パンデミック前の水準をほぼ回復した。それを後押ししたのは世界の中央銀行による金購入だ。年初来の累計購入量は1967年以来最大となった。またインフレ懸念などから個人を中心とした需要も堅調だったが、金ETF需要は引き続き減少となった。



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2022年1-9月期の金需要は、個人と中央銀行の需要拡大により堅調に推移し、年初来累計の金需要はコロナ前の水準を回復

国際調査機関ワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)が1日発表した2022年7‐9月期の金需要は、前年同期比28%増の1,181トンだった。年初来累計の金需要は3,387トンとなり、2021年同期比で18%の増加となった。また2019年同期比でも2%の増加となり、新型コロナウイルスのパンデミック前の水準を上回った(図表1参照)。

金の主な需要項目は図表1で示したように、宝飾品、中央銀行、バー・コイン、金ETFおよび類似商品、テクノロジーからなる。その中の最大項目の一つ、宝飾品需要は、世界経済の悪化にもかかわらず、7-9月期は前年同期比10%増の523トンと堅調に推移。年初来累計でも前年比2%増の1,454トンとなった。

その宝飾品需要の中心は中国とインドだが、まず中国の宝飾品需要をみると7‐9月期は前年同期比5%増の163トンと、緩やかな伸びとなった。新型コロナウイルス関連の散発的な規制が消費者心理を悪化させたものの、主要都市でロックダウン規制が緩和されたことや、人民元が下落したことで金の安全資産としての魅力が再評価されたことが背景にあると見られる(図表2参照)。

インドの7‐9月期の宝飾品需要は前年同期比17%増の146トンとなった。インドの都市部では経済活動が正常化し、消費者の宝飾品需要が回復した。

世界の中央銀行の7‐9月期の購入量は四半期では過去最大に、年初来累計購入量は1967年以来最大となった

世界の中央銀行による金購入量は、7-9月期に前期比115%増となる399トンまで急増した。これは、2000年以降の四半期での最大購入量を記録した2018年7-9月期の241トンのほぼ倍に相当する。また、年初来の累計購入量は673トンとなった(図表3参照) 。これは米ドルが金本位制下にあった1967年以来の最大の購入量となる1。

インフレ圧力の高まりと金融引き締めによる世界金融危機への懸念とロシアのウクライナ侵攻による地政学的な不確実性が金購入量増加の主要因となっている。さらには、国際通貨システムの変化や、基軸通貨国の経済リスクの高まりへの新興国の懸念なども反映されたものとみられる。

実際、世界の中央銀行による継続的な金需要は、WGCによる2022年の年次中央銀行調査では、新興国を中心に中央銀行の回答者の25%が今後12ヶ月間に金準備を増やすつもりと回答していた。

ただし、WGCによると、 7-9月期の世界の中央銀行の金需要は、報告ベースの購入量と、報告されていない購入推定量の組み合わせとなっている。将来より多くの情報が入手可能になった時点で修正が行われる可能性があることには留意が必要だ。なお、定期的に金の購入量を報告していない国として知られているのは、中国とロシアだ。

投資需要: 個人はインフレを重視し、バー・コインの投資を拡大。一方で、金ETFの投資家は、金の機会費用上昇から保有量を減らした

次に投資需要だが、7‐9月期は前年同期比47%減の124トンとなった。この期間の金の投資環境は、数十年来となる広範な高インフレと、それを抑えようとする中央銀行の金融引き締め策による金利上昇と米ドル高の影響を受けたが、個人と機関投資家の動きは異なるものとなった。

個人を中心としたバー・コインの投資家はインフレを重視し、インフレに対するヘッジとして金への投資を拡大した。7‐9月期のバー・コイン需要は前年同期比36%増の351トンと大幅に上昇した。特に欧米市場では、インフレの高進、経済成長の鈍化、さらには地政学的な懸念がバー・コインの需要を支えた。

例えば、WGCが9月に実施した米国の個人投資家(金投資経験者)調査によると、投資家の82%が「金はインフレや為替変動からの保護に役立つ」、85%が「政治や経済の不透明な時期に対する良い安全装置である」と回答している。

一方で、機関投資家を中心とする金ETFの投資家は、世界の中央銀行による大幅な利上げの進行と米ドルの急騰を金の機会費用の上昇と捉え、保有量を減らし、7-9月の金ETF需要は227トンのマイナスとなった。ただ年初来累計では7トンの増加とプラスを維持している。

来年は利上げサイクルの終焉とともに米ドル高も一服する可能性もあり金の投資需要が回復する可能性も

今年の3月からはじまった米国の利上げサイクルは来年早々に終焉を迎えることが予想されており、また米ドル高もその勢いを失いつつある。

そうした中、投機筋のポジションをみると、ニューヨーク商品取引所(COMEX)の金先物オプションのマネージド・マネーのネット・ポジションは3年ぶりにネット・ショートとなっている(図4参照)。投機筋のポジションは金に対するネガティブなセンチメントをすでにかなり織り込んでいることから、一部の投資家がショートポジションを解消すると、金価格のトレンドが反転し上昇に転じる可能性がある。

先週の金価格は急速に上昇し、中期線とされ今まで金相場の頭を抑えてきた75日移動平均線を上回ってきた(図表5参照)。また長期線とされる200日移動平均線を後少しで上回るところまで来ており、長期的なトレンド転換の最初のシグナルがでるまで後一歩のところまで来ている 。

引き続き金価格の大きな変動への心構えは必要だが、こうした変化を起こしつつある要因の一つとして、パンデミック前の水準まで回復してきた数年ぶりの金需要の変化には注目したい。


塚本 卓治
ピクテ・ジャパン株式会社
エグゼクティブ・ディレクター 運用本部 投資戦略部長

日系証券会社にて債券およびデリバティブ業務に従事した後、外資系運用会社および日系ファンド・リサーチ会社にて投資信託のマーケティングを担う。通算20年以上にわたり運用業界で世界の投資環境を解説。ピクテではプロダクト・マーケティング部長等を経て、現職。経験豊富なストラテジストが揃う投資戦略部を統括する傍ら、自らも全国の金融機関や投資家を対象に講演を行う。マサチューセッツ工科大学(経営学修士)、日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)、日本テクニカルアナリスト協会認定テクニカルアナリスト


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