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米AI半導体規制の緩和と強化  サウジとトランプ政権の「巨額ディール」の裏側
田中 純平
2025/05/16

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概要

中東歴訪中のトランプ米大統領は5月13日、サウジアラビアとの間で防衛や生成AI分野などを含む約6,000億ドルの取引を確保した。サウジアラビアは「ビジョン2030」に基づき、AIイノベーションのハブを目指しており、中国のAI半導体の台頭を阻止したいトランプ政権側の意向と合致したようだ。S&P500指数はこの「巨額ディール」を素直に好感し、前日比で0.72%上昇した。



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トランプ政権がサウジと歴史的合意

ホワイトハウスは5月13日、トランプ米大統領がサウジアラビア滞在中にサウジ政府および企業との間で、約6,000億ドルの取引を確保したと発表した(図表1)。ホワイトハウスが発表したファクトシートによれば、米国はサウジに対して約1,420億ドル相当の武器売却で合意しており、ミサイル防衛、空軍・宇宙開発、海上安全保障、通信など多岐にわたる分野を含んでいる。テクノロジー分野では、グーグル、オラクル、セールスフォース、AMD、ウーバーの米国企業5社と、サウジのデータセンター会社であるデータボルトが、両国で最先端技術に対して約800億ドルの投資を行う計画だ。また、データボルトは米AI(人工知能)サーバー大手のスーパー・マイクロ・コンピューターと複数年にわたる提携を発表し、米国のAIデータセンター向けに200億ドル規模の超高密度GPUプラットフォームとラックシステムへの投資が決定された。

これだけのディールが同時に発表されたのには理由がある。トランプ氏のサウジ訪問に合わせて、首都リヤドでは米国投資フォーラムが開催された。そこに招待されたのは、テスラのイーロン・マスクCEOやオープンAIのサム・アルトマンCEO、エヌビディアのジェンスン・ファンCEOのほか、アマゾンやアルファベット、シティグループ、ブラックストーン、ウーバー、ボーイングといった米国の名だたる企業の最高経営者たちだ(図表2)。このイベントに備えて、実務者レベルで事前にディールのすり合わせが行われていたと考えるのが自然だろう。

米AI半導体規制の緩和と強化:トランプ政権の選択

サプライズとなったのは、AI半導体規制の緩和が同時に発表されたことだ。トランプ米政権はサウジを含む中東や東南アジアへのAI半導体の輸出規制案を撤回すると5月13日に発表した。代替案はまだ明らかになっていないが、サウジのAI半導体へのアクセスが容易になることは想像に難くない。実際、エヌビディアやAMDなどは5月13日に、サウジの政府系ファンドが所有するAIスタートアップ企業ヒュメインとの業務提携を発表した。エヌビディアは数十万個のAI半導体を販売する計画で、第一弾として1.8万基の「GB300グレース・ブラックウェル」を供給する予定だ。

一方、米国の対中半導体規制は強化された。中国の通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)が開発したAI半導体「Ascend(アセンド)」の使用について、米商務省は輸出管理規制に違反するとの指針を5月13日に発表した。サウジを含めた国内外の企業にルールを守るよう求めている。ファーウェイのAI半導体はエヌビディアの一部製品に匹敵する性能を有しているとも言われており、中国のAI半導体がサウジで主流になることへの危機感が、トランプ政権側にあったと推察される。

サウジ側も今回の米国投資フォーラムに向けて周到に準備が進められていた。ヒュメインはサウジの政府系ファンドPIFが立ち上げたAI企業であり、ムハンマド・ビン・サルマン皇太子が会長を務める国家主導プロジェクトだ。これが発表されたのは5月13日であり、トランプ氏のサウジ訪問に合わせて急遽設立された印象は否めない。しかし、サウジは2030年までにAIイノベーションのハブを目指す国家改革戦略「ビジョン2030」を着々と実行しており、ヒュメインはその一環でもある。サウジのデータAI庁の研究部門の総責任者アルシェリー氏によれば、同戦略で示された96の戦略目標のうち70%がデータとAIの活用に関わっているという。石油収入依存からの脱却を急ぐサウジにとって、巨額の投資マネーと莫大なエネルギーを必要とするAIビジネスは、まさに千載一遇の好機と言えるだろう。

サウジとの巨額ディールに沸く米国株

米国株式市場では、スイスで行われた米中貿易協議で米中追加関税が大幅に引き下げられたことに加え、今回の米国とサウジの大型ディールが好感されている。特に時価総額が比較的大きな生成AI関連株の上昇が目立っており、S&P500指数は最高値更新まであと4.3%となった(2025年5月14日時点、終値ベース)(図表3、4)。

米中協議の進展で融和ムードが演出されたが、半導体分野における対中規制はむしろ強化された。一方、サウジとの合意では、AI関連投資を促すディールが盛り込まれており、トランプ米政権のしたたかな戦略が透けて見える。


田中 純平
ピクテ・ジャパン株式会社
投資戦略部長

日系運用会社に入社後、主に世界株式を対象としたファンドのアクティブ・ファンドマネージャーとして約14年間運用に従事。北米株式部門でリッパー・ファンド・アワードの受賞歴を誇る。ピクテ入社後はストラテジストとして主に世界株式市場の投資戦略等を担う。ピクテのハウス・ビューを策定するピクテ・ストラテジー・ユニット(PSU)の参加メンバー。日経CNBC「朝エクスプレス」、テレビ東京「Newsモーニングサテライト」、BSテレビ東京「NIKKEI NEWS NEXT」に出演。週刊エコノミスト「THE MARKET」で連載中。日本経済新聞やブルームバーグではコメント多数引用。日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


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