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タンパク質フォールディングにおけるAIの進歩の意味

タンパク質の力

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人工知能(AI)によって、タンパク質の折り畳み構造の秘密(タンパク質フォールディング)が解明されたことが、新薬開発の迅速化、より強い穀物の開発、細菌を使った再生利用などに道を開いています。



タンパク質は細胞の重要な構成要素であり、細胞は生命体の構成要素です。タンパク質構造がどのように形成され変性するかを理解することは、生物学の理解に重要であり、新薬開発の迅速化、より強い穀物の開発、プラスチック廃棄物の分解などを容易にしています。

とはいえ、タンパク質の構造は、その構成要素であるアミノ酸からなる線状ポリマーが、折り畳まれた3次元構造の形状をしているため、最近まで解明が困難でした。タンパク質の折り畳み構造は、性質の異なる様々なアミノ酸の相互作用の最適化を可能とし、紙ではなく、鎖状のビーズで作られた折り紙のような形をしています。 


ボストンに拠点を置く創薬企業、AIプロテイン(AI Proteins)の共同創業者であるクリス・バール博士(Dr. Chris Bahl)は、「実験によってタンパク質の構造を決定するには、労力と時間を要します。そのための実験は、タンパク質構造が初めて解明されてからの半世紀で数十万回行われたに過ぎません」と述べています。大きな数字のように思われるかもしれませんが、タンパク質構造が何億個もある可能性を考えると、ごくわずかの数字に過ぎません。また、その解明には、何年もかかるような骨の折れる作業だけでなく、X線結晶構造解析や低温電子顕微鏡分析など、費用のかさむ技術を必要とします。

こうした状況が一変したのは、(アルファベットの子会社である)ディープマインド(DeepMind)が、政府間研究機関の欧州分子生物学研究所(European Molecular Biology Laboratory:EMBL)と提携し、人工知能プログラム、「アルファ・フォールド(AlphaFold)」を共同開発した2021年のことです。アルファ・フォールドはAIを使い、「人間の能力を遥かに凌駕するスピード」でアミノ酸配列からタンパク質構造を予測することが出来る、とバール博士は話しています。このツールは2億以上のタンパク質構造の予測を可能にしています。

2022年には、フェイスブックの親会社、メタ・プラットフォームズ(Meta)が、バクテリア、ウイルス、微生物などから採取され、それまで特性が解明されていなかった約6億個のタンパク質の形状を予測するデータベースを公開しました。メタ・プラットフォームズの手法には、ChatGPTが公開されてから注目を集めている、大規模言語モデル(LLM)が使われています。LLMは、数文字あるいは数語から文章を予測することの出来る、タンパク質の「オートコンプリート」のようなものです。

LLMとアルファ・フォールドの主な違いは、LLMが近接するアミノ酸配列、あるいは多重配列アラインメント(MSA)に係る情報を必要としないことです。MSAは、タンパク質配列のデータベースを検索し、生命体の既知の類似配列を特定します。一方、LLMは、既知のタンパク質とは類似点のないタンパク質の構造を予測することが可能であり、突然変異が起こった場合にタンパク質に起こり得る変化を探ることが出来るという点が強みです。LLMのアルゴリズムはアルファ・フォールドに比べて正確性に欠けると考える研究者がいる一方で、LLMは作業が相対的に速く、わずか2週間で構造を解明するという利点を有しています。「このような革命を実際に体験出来ることは、科学者にとって望外の幸せです」と、EMBL所長のエディス・ハード(Edith Heard)教授は述べています。

重要なことは、誰でも、新しい発見が利用出来るのだということです。アルファ・フォールドは、(インターネット上で無料閲覧が可能な)オープンアクセスのプログラムであり、メタ・プラットフォームズもデータベースの作成に必要なコードを公開しています。こうした姿勢は、アルゴリズムにとって領域を拡大するものであり、ハイテク企業がアルゴリズムの構築に際して公開データベースに依存している状況を反映しています。

ディープマインドのアルゴリズムは、EMBLが持っていたデータがなければ構築出来ませんでした。「アルファ・フォールドを本当にゲームチェンジャーにしたかったら、これをオープンアクセスにして、すべての人と共有しなければならなかったのです」と、ハード教授は述べています。



研究の加速

AIを使った予測は科学研究を加速させています。米国コロラド大学の生化学者たちは、10年間にわたり解明を試みてきた、バクテリアのタンパク質構造を15分で確定することが出来、抗生物質耐性菌の研究を助けています。また、英国のポーツマス大学では、プラスチックを分解する酵素の開発にアルファ・フォールドを使っています。「これらは、地球の修復に役立ちます。素晴らしいことです。これほどのスピードで研究が進められるなんて数年前には想像さえ出来ませんでした」とハード教授は述べています。

スウェーデンのストックホルムにあるカロリンスカ研究所(Karolinska Institutet)は、尿路や消化器官内の細菌感染を阻止する可能性があるタンパク質構造の解明に、アルファ・フォールドを使っています。また、オックスフォード大学では、寄生虫による感染サイクルのすべての局面を標的とする、マラリア・ワクチンの開発を進めており、マラリアの治療だけでなく感染防止にも取り組んでいます。これまで、ワクチンだけでマラリアの完全な治療が出来なかったのは、数百あるいは数千の表面タンパク質があり、そのすべてを標的として定めることが難しかったからです。アルファ・フォールドは、蚊の内臓にいる寄生虫の成長に必須のタンパク質であり、主要タンパク質の一つであるPfs48/45を特定することで既知の技術を凌駕したのです。

医薬品の研究分野では、誤った標的を追求しているために、膨大な時間と資金が浪費されています。予測AIは、新薬の開発を成功させる確率を高めることが可能です。「これまでは時間も資金もかかり過ぎましたが、これからは、科学のあらゆる分野が開花すると思います」とハード教授は述べています。 

アルツハイマー型認知症やパーキンソン病などの神経変性疾患は、タンパク質の折り畳み構造の間違いが原因です。神経変性疾患の他、糖尿病やがんなど、死因の上位を占める現代病の多くは、人類が何千年も宿敵としてきた細菌やウイルスではなく、身体の機能不全が原因なのです。医薬品の多くが、体内の特定のタンパク質を標的として作用するため、間違って折り畳まれたタンパク質の構造についての情報にアクセスすることが、薬の開発を促すと同時に、標的とするタンパク質に正確に結合し、その機能を変える薬剤の設計を可能とします。AIプロテインのバール博士は、次世代型の殺虫剤や農業への応用等、医学以外の分野での様々な進化にも楽観的で、「これは、生物学に対する支配を解除する手段です。生物学には、基本的にタンパク質が介在しており、タンパク質の設計は生物学に対する前例のない支配を人類に与えてくれるからです」と述べています。


タンパク質を超えて

もっとも、疾患に関連するタンパク質の全てが薬剤に反応するわけではありません。薬物分子にしっかりと効果的に結合することが出来ず、薬に反応しないタンパク質があるからです。このような場合にも、リボ核酸(RNA)に焦点を当てることでAIが役立ちます。RNAは、DNA(遺伝子情報を含む分子であり、生命体が機能するために必須のタンパク質を生成するための設計図)と、そうしたタンパク質の生成過程の間の重要なステップです。人間の細胞が作る10万個ほどの異なる種類のタンパク質のそれぞれは、DNA配列から転写されて作られる固有のRNA配列を持っています。

タンパク質が生成される前にRNAを標的とすれば、タンパク質の生成前あるいは生成過程で、薬がタンパク質を変えることが可能です。新型コロナウイルス・ワクチンや一部のがん治療薬などのRNA治療薬は、既に何百万人もの患者の治療に使われており、コンピューター上でRNAの形状を、迅速かつ正確に予測する能力は、RNA分子の理解を促し、ヘルスケア・セクターでの利用の幅を広げるものと考えます。 

「AIを活用したRNA構造の予測が大きな効果をもたらす理由は、必要とするRNAだけを標的にする薬剤を見つけることが極めて困難だったからです」と説明するのは、米国カリフォルニア州に拠点を置くアトミック AI(Atomic AI).の創業者で最高経営責任者(CEO)を務めるラファエル・タウンゼント博士(Dr Raphael Townsend)です。RNAの構造が理解出来れば、プロセスをより選択的なものにすることが出来ると考えます。

これまでの成果は将来を期待させますが、科学の面でも規制の面でも、多くの課題が残されています。米食品医薬品局(FDA)の「デジタルヘルス・イノベーションに関する行動計画(Digital Health Innovation Action Plan)」は、デジタルヘルス・プロダクトの承認プロセスを加速させることを期待して2017年に発表されました。また、2021年には、FDAが英国およびカナダの規制当局と共同で策定した、医療機器分野の機械学習に係る指針が発表されました。 

製薬分野におけるAIの具体的な使用に係る指針は未だ策定されていませんが、FDAは、政策の立案に際して検討されるべき事項を明確に記載した討議資料を公表し、市民、製薬業界、研究機関などからのフィードバックを促しています。「規制当局がこうした事項を早急に検討する必要があるのは、新薬の開発に臨床試験が大きな障害となることが予想されるからです」と、AIプロテインのバール博士は警告しています。

もっともバール博士は、医学の「新しい夜明け」を期待して、総じて楽観的です。博士によれば、「生物学における予測AIは、生物医学研究や宇宙物理学等、あらゆる分野の『芸術と科学のルネッサンス』の一部です。すべてが相乗効果を持って起こり、計算技術の進歩が、実験室で使われるテクノロジーや自動化の進歩と同時に前進している」のです。



投資家のためのインサイト

  • コンサルティング大手のマッキンゼー(McKinsey)によれば、世界の約270社がAIを活用した新薬の開発に取り組んでいます。その多くは米国を拠点とする企業ですが、欧州の先進国や東南アジアの企業も注目を集め始めています。

  • 新薬の開発に使われるAIの売上高は、2022年に6億米ドルに達したものと推定されます。調査会社のマーケッツ・アンド・マーケッツ(MarketsandMarkets)は、年率平均45.7%の増収率を見込んでおり、2027年の売上高が40億米ドルに達すると試算しています。

執筆者
エコノミスト・インパクト(Economist Impact)

エコノミスト・グループ(The Economist Group)が、企業や財団、NGO、政府などと連携し、サステナビリティ(持続可能性)、ヘルス、グローバル化などの重要なテーマについて、さらなるポジティブな変化の実現を目指して立ち上げた事業体。シンクタンクならではの厳密な分析力と、メディアブランドとしての創造性を兼ね備え、世界的に影響力のある人々を巻き込んだ独自のサービスを幅広い層に展開している。



本ページは2023年8月にピクテ・アセット・マネジメントが作成した記事をピクテ・ジャパン株式会社が翻訳・編集したものです。



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