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財政リスクは金利・為替市場に影響を与えるか
大槻 奈那
2024/04/25

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概要

長期的に見た場合、日本にとって最大級の不透明要因は財政問題だろう。最近政府が示した2060年までの見通しでは、政府等債務残高のGDPに対する比率が現在の200%強から300%程度まで上昇する可能性が、シナリオの一つとして示された。財政破綻のリスクは殆どゼロに近いとしても、他国の事例のように、市場関係者の財政への見方が厳しくなり、金利や為替市場に影響が出る可能性は排除できない。長期視点では、こうした財政リスクの回避も念頭に置いた資産防衛が必要だろう。



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■ 財政ショックを意識すべき理由

金融・経済のショックには、その範囲に応じて、バブル崩壊等の価格ショック、銀行破綻等が金融システム不全を起こす金融ショック、国の健全性への懸念から生じる財政ショックの三段階がある。これらが複合的に発生することも多い。

このうち、最も発生しにくいが、発生した場合の影響が避け難いのが財政ショックである。国債の返済能力に関わるような危機だけではなく、その不安だけで国債の利回りや為替レートが大きく動揺した事例も多い。2009~12年の欧州債務危機や2022年9月の英国トラス・ショックによる国債暴落は記憶に新しい(図表1)。


日本の財政の厳しさは周知の通りだが、今のところ市場からは警戒されてはいない。では、長期的に考えた場合、どのようなリスクを考えておくべきか。

■ 日本の財政の現状

日本の政府純債務残高のGDPに対する比率は、2007年にイタリアに抜かれG7中最悪となった。それ以降も、他国以上の悪化トレンドにある(図表2)。

これを受け、格付会社S&Pは、2015年9月に日本国債の格付をAA-からA+に引き下げた。前年4月の消費税増税で景気が冷え込み、財政再建と景気回復を両立させるのが難しくなったと判断されたものだ。日本の政府債務はなぜここまで膨張したのか。

一般に、政府債務の膨張を回避するには、1)プライマリ―・バランス(=基礎的財政収支*。以下PB)が均衡し、2)名目成長率が国債の金利を上回ることが必要になる(ドーマー条件) 。

このうち、1)の日本のPBについては、1994年以降赤字続きとなっている(図表3)。国際比較でも、直近(2022年)のPBのGDPに対する比率はマイナス5.4%と、G7中最悪となっている。

マイナス成長の時には、PBの赤字は避け難い面もある。税収が落ち込む一方、企業や個人へのセーフティネットの拡充や景気浮揚のための歳出を増やさざるを得ないためだ。ところが日本では、プラス成長の時期にも赤字から脱却できなかった。政府は2025年度の黒字化を目指しているが、達成は依然不透明だ。

歳出が拡大した要因としては、高齢化に伴う社会保障費の増加や、災害、デフレ等に加え、非効率な歳出が数多く指摘されている(詳細は、財政制度等審議会の建議等を参照)。同時に、制度面でも改善の余地が大きい。PBバランス等の目標は決められているものの、欧米ほど縛りは厳しくない(図表4) 。また、審議時間が限られる補正予算の計上や、独立財政機関が存在しない(先進国中唯一とされる)などの課題も挙げられる。

次に、2)の金利と成長率のバランスについても、ごく最近まで厳しい状況が続いてきた。1990年から2022年度までの33年間で、約8割に当たる26年間は、名目GDP成長率が国債の平均金利を下回った(図表5)。

では、今後日本の財政に改善の見込みはあるのか。

*プライマリ―バランス:税収等と歳出(国債費を除く)との差。

■ 経済成長と財政の長期的な見通し

今月の経済財政諮問会議で、日本の経済・財政の2060年までの試算が初めて示された。これまでも10年間の試算は半年ごとに示されていたが、今回の試算は、2040年以降に加速する医療・介護費の拡大の影響等を織り込んだものだ。昨年の大卒新入社員が還暦を迎える頃までという超長期の見通しだ。

これによれば、直近の生産性向上や出生率を前提とした「①現状投影シナリオ」の場合、2025年~60年度の平均実質成長率は、年率0.2%程度の上昇にとどまる(図表6)。

一方、過去40年間の成長力を前提とした推計が「②長期安定シナリオ」である。生産性上昇率を1.1%とし、かつ、資本設備の拡大や、高齢者の労働参加拡大と出生率の上昇を加味したこのシナリオでは、長期的な平均実質成長率は1.2%程度となる。

この2つのシナリオにはそれぞれやや極端な点があるため、図表6にはもう一つのシナリオを付記している。足元の回復を背景に、生産性向上を年1%とする一方、出生率や労働参加は①のシナリオを用いた(「現状+生産性向上シナリオ」)。この場合、平均経済成長率は、実質で約0.7%、名目で約1.9%となる。

この中間的なシナリオで、2060年時点の日本の一人当たり実質GDPを試算すると、約7.9万ドル(購買力平価ベース)となる(図表7)。依然低位に留まるものの、上位との差は若干縮まる。但し、現在の為替レートを基準にすると大きく落ち込む。

これらのGDP予想に対する政府債務の比率を試算したのが図表8である。「現状投影シナリオ」では、PBは赤字続きで、中長期的には名目金利が成長率を上回ってしまう。このため、現在200%強となっている対GDP政府等債務比率は、2060年には300%程度まで上昇する可能性がある。出生率を引き上げ、労働参加も引き上げるという「長期安定シナリオ」ですら、楽観視はできない。政府債務のGDPに対する比率は、医療・介護費等の増加等で160%台後半に留まる。

なお、図表8には、参考として米国の債務比率を掲載したが、こちらも厳しい状態が続くと見られている。一部では、政府債務のGDP比が1%ポイント上昇するごとに金利が2~3bpずつ上昇するという見方もある。米国議会予算局は、米国の10年国債金利がコロナ前20年間の平均よりかなり高い4%強で推移すると予想しているが、米政府の信用力次第ではさらに上昇する可能性もあるだろう。

日本の長期金利は米国債と一定の相関がみられることから、ますます金利を上回る成長を達成するのが難しくなるかもしれない。

■ 市場へのインプリケーション

短期的には、金利上昇期待で日本国債は人気化する可能性もある。しかし、長期的にみた場合、冒頭のような市場の動揺が発生することはありえないのだろうか。

第一の不安材料は日本のソブリン格付である。日本の格付は、債務の膨張にも拘わらず2015年以来変更されていない。日本の経済規模や政治経済の安定性、円の準備通貨としての地位等が理由となっている。しかし、近年国際決済に占める日本円の割合は低下傾向にあり、日本の信用力の定性的なサポート要因は弱まりつつある。今後もし、経済成長率が停滞し、債務の膨張が続けば、市場関係者の見る目は厳しくなるだろう。

第二に、日本国債の投資家構造である。日本国債は、海外投資家の比率が低い点でこれまでショックが発生した国とは異なるとされる。しかし、海外投資家の保有比率は過去よりも高まっており(図表9)、足元では、国内民間金融機関と拮抗している。日銀の保有分を除くと、海外投資家の保有比率は26%程度にまで高まっている。企業や個人の海外資産シフトの動きも気になるところだ。また、銀行にとっては、自国通貨建て自国国債はリスクウェイトがゼロであり資本を増やさずに投資できるというメリットがあるものの、株式市場のPBR向上の要請もあり、収益拡大に向けて日本国債以外への投資を拡大せざるを得なくなる可能性もある。将来的には、高齢化等から金融機関の預金が減少する可能性もある。

これらの点から、日本の財政リスクとその市場への影響は、長期的には無視できないだろう。少しの財政不安でも、市場に大きな動揺が発生することがある。長期的に資産を防衛するためには、日本の株式や債券に過度なウェイトを置かないことが必要だろう。また、日本のみならず、世界的に政府債務が膨張していることから、法定通貨の価値変動に影響を受けにくい金などへの分散も有力な選択肢であろう。

 

 


大槻 奈那
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

内外の金融機関、格付機関にて金融に関する調査研究に従事。Institutional Investors誌によるグローバル・アナリストランキングの銀行部門にて2014年第一位を始め上位。国家戦略特区諮問会議有識者議員、規制改革推進会議顧問、デジタル行財政改革会議アドバイザリーボード委員、財政制度等審議会委員、金融庁・資産運用に関するタスクフォースメンバー、東京大学応用資本市場研究センターフェロー等を勤める。日本経済新聞「十字路」、日経ヴェリタス「プロの羅針盤」、ロイター為替フォーラム等で連載。日経Think!エキスパート・コメンテーター、テレビ東京「モーニングサテライト」で解説。名古屋商科大学大学院 マネジメント研究科教授 一橋大学博士(経営学)


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