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- 転換期の日本の国債市場:高まる世界との連動性
最近の日本の国債市場の動揺は、一過性の現象ではなく、転換期を迎えた可能性を示唆する。財政については、過去日本が頻繁にショックに見舞われ、その度に悪化が加速してきたことを考えると先行きも楽観視できない。需給面でも、生保の大幅な投資拡大は望みにくく、足元で残高を増やしている銀行も、規制や含み損の制約で余力は限られる。日本の国債市場は内需主導の特異な市場と言えなくなりつつあることを再認識し、より多面的な資産分散を検討すべき段階にある。
■ 日米超長期国債市場の相関が上昇
従来、国内の大手機関投資家の安定した需要に支えられてきた日本の国債市場は、世界の安全資産としての地位を維持してきた。
ところが、第二次トランプ政権が発足し、カナダや鉄鋼等への追加関税が発表された2025年3月初頭以降、タームプレミアムの上昇とともに超長期国債の利回りが急上昇し、世界の金融市場を驚かせた(図表1)。そしてこの時期以降、日米の超長期債市場の利回りの連動性が、大幅に高まっている(図表2)。
足元では、日銀の国債購入減額の幅や政府の発行計画の調整への期待から、金利はやや落ち着いている。この状態が続くなら、金利上昇は一時的な市場の動揺に過ぎなかったといえる。しかし一方で、財政の見通しや国債の需給動向を考えると、構造的な変化の始まりであるという可能性も排除できない。
■ 構造変化の可能性①:財政の見通し
日本の財政が世界的にみて厳しい状態にあるのはいうまでもない。それでもこれまで金利が安定してきた理由の一つは、財政の悪化は管理可能なレベルで止まるだろうという期待感があるためだ。足元では、名目GDPの成長等から、政府債務対GDP比率の悪化が抑えられている点も支えとなっている。しかし、以下のような点を踏まえると、やはり財政への不安は拭えない。財政の状況を、フロー面(財政収支)とストック面(債務残高)から振り返っておく。まず、フロー面だが、プライマリーバランス(基礎的財政収支、PB)については、これまで政府が掲げてきた今期の黒字化目標の達成は困難になっている。(図表3)。今後も、高齢化や医療の高度化・高額化による社会保障支出や防衛費の増大等で、改善を続けるには相当な困難が待ち受ける。さらに、現在の物価高対策として補助金や消費税減税等を行えば、その達成は遅れる可能性が高い。例えば、8%の軽減税率をゼロとするなどの消費税減税を行えば、PB黒字化達成は、一定の経済成長を前提としたとしても、現在の想定(過去投影ケース)よりも2年程度遅れる可能性が高い。
次にストック面だが、これはフローの指標以上に厳しい。政府債務残高の対GDP比率は2024年末で236%に達し、先進国の中でも際立って高い。この水準は、その後国際金融市場でのプレゼンス低下を余儀なくされた第二次世界大戦直後の英国に次ぐ水準である(図表4)。
しかし問題は、この水準自体ではなく、将来的にどのような軌道を描くかである。IMFの予想によれば、日本の政府債務対GDP比率は中長期的に230%程度に留まるとされる。
ところが、日本では、平成以来、様々なショックが概ね6~7年に1度発生し、財政対応が必要になった点に注意が必要だ。この結果、平時でも、概ね年1.2ポイント程度上昇してきた政府債務対GDP比率は、ショック時は平均7.3ポイントの上昇へと悪化が加速する(図表5)。こうしたショック時の財政悪化の現実は、平時を前提とする財政見通しの限界を改めて認識させる。
財政悪化の懸念は、とりわけ、自国との比較で分析する海外投資家に高いと考えられる。海外投資家の保有割合が増えれば、財政の先行きに対して向けられる目は厳しくなるだろう。
■ 構造変化の可能性②:国内外投資家の動向
近年国債の長期、超長期ゾーンの買い手として期待されてきたのは生命保険会社だが、足元では需要の弱さが目立つ(図表6)。今年度導入される経済価値ベースのソルベンシー規制で求められている資産の長期化にメドがついたことや金利先高観が主因とみられる。加えて、人口減少による保険契約者数漸減の可能性等を踏まえれば、中長期的に国債購入額を継続的かつ大幅に増やしていくとは考えにくい 。
かつて国債の強力な買い手だった銀行はどうか。預金の増加や金利の復活で国債が購入しやすくなったため、銀行は、日銀の国債購入減額開始後に国債残高を大きく増加させている(図表6)。
しかし、その投資余地には制約もある。第一の制約がIRRBB(バンキング勘定における金利リスク)規制である。これは、金利変動時でも企業価値の下落幅が資本の一定割合以内に収まるよう、金利リスクを抑えることを求めるものだ。国内基準行ではこの比率を20%以内、国際基準行では15%以内に抑える必要がある。国内銀行平均値は2024年3月末時点で12%程度まで上昇しており(図表7)、これらを元に試算される追加の国債購入余力は100〜150兆円程度とみられている。この規制が導入されていなかった頃の銀行保有額の最大値(2013年3月の317兆円)の2分の1以下しか保有できないという計算である。一方で、内閣府の中長期の経済財政見通し(過去投影ケース)によれば、国債の増加幅は2034年までで約189兆円と、これを大きく上回る可能性がある。さらに、銀行の抱える国内債の含み損の問題もある。金利の上昇に伴い、地域銀行では、国内債券の含み損は大幅に拡大しており、2025年3月末時点で2.6兆円に達している(図表8)。仮に、5年国債利回りが1.5%に上昇すれば、含み損は3.4兆円、純資産比で約10%(税効果考慮後)に達する可能性がある。
国内生保と銀行という大口投資家の投資余力に一定の制約があるとすれば、海外投資家の参入余地が高まる。足元でも、長期、超長期債の海外投資家の買い越し額は急上昇しており、これが海外市場との連動を生んでいるという見方もある(図表9)。今後海外投資家の比率が高まれば、財政に対する見方は厳しくなり、日本と他国の国債市場との連動性は一層高まるだろう。
■ 試される日本の国債市場の耐性と投資家のスタンス
かつて、プレーヤーの殆どが国内投資家で占められていた国債市場は、財政リスクの再認識や需給の制約等によるグローバル市場との連動性という重圧にさらされている。今後、日本の国債市場が内需主導の特異な市場としての性格を維持し続けることは容易ではないように見える。
投資家は、金利動向への感度を高め、より多面的な資産分散を検討すべき段階に入っていると思われる。
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