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金利上昇の“副作用”:邦銀の金利競争激化の行方
大槻 奈那
2025/08/25

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概要

日銀のマイナス金利解除から一年余りが過ぎ、邦銀の資金利益は一割超増加したものの、預貸収益の伸びは2006~07年の利上げ時ほどではない。貸出金利への反映の遅れに加え、金利競争の激化が背景と思われる。また、預金の東京一極集中も一層顕著となっている。今後も預金獲得競争の激化や定期預金へのシフトにより、預金コストの上昇が見込まれる。銀行収益の持続的拡大には、金利に依存しない顧客獲得戦略や運用収益力の強化が不可欠となるだろう。



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■ 18年ぶりの政策金利上昇がもたらした収益

日銀のマイナス金利脱却から1年余りが経過し、「金利のある世界」の銀行収益への影響が明らかになってきた。大手行の2025年4‐6月期の資金利益は、前年同期比で、大手行は+17%、地銀は+11%で、合計2,700億円の増加となった。

しかし、その大半は有価証券運用収支や残高増加によるもので、預貸利鞘拡大の貢献は相対的に小さかったとみられる。


これはなぜか。以下で預金・貸出金業務の動向を分析し、今後の見通しを検討する。

■ 政策金利引き上げに対する預金金利の追随率



24年3月のマイナス金利解除から今年1月までに政策金利が段階的に0.5%まで上昇したことを受け、銀行の預金金利は大きく上昇した。今年6月の新規預金金利は平均で0.24%と、過去1年間で0.20%上昇した(図表1)。この間の新規預金金利の政策金利に対する追随率は51%となった。しかし、この上昇ペースは、前回の利上げ局面(06年7月にゼロ金利解除、07年2月に0.5%まで引き上げ)に比べてやや鈍い。


インフレ率と比べても、預金金利が大幅に低い状態が続いており、1980年以降では最悪となっている(図表2)。前回06~07年の利上げ局面はデフレ基調だったことから、預金金利がインフレ率を概ね上回っていたのとは対照的である。

■ 預金の東京一極集中と他の地域の成長鈍化

こうした“インフレ負け”や、株式等預金以外の運用資産の好調なリターンから、6月末時点の銀行預金の増加率は、前年同月比で+1.5%と低位に留まった。特に、普通預金等の要求払い預金については、このところ減少傾向が続いている。逆に定期預金については、そもそも極めて少なかったことの反動もあり、06~07年を超える増加率となっている(図表3)。



地域別では、東京が前年同月比3.4%増と高い上昇率となっている一方、東北では微減、中部や四国では、ほぼ横ばいとなった。過去10年の預金増加率は東京が突出しており(図表4)、今後も、人口動態やネット銀行(本社が東京の場合、東京に計上される)の拡大を考えると、預金の東京一極集中の流れを止めるのは容易ではないだろう。

■ 貸出金利の動向



貸出金利についても簡単に触れておくと、この1年間の新規貸出金利の上昇幅は0.32%と、預金よりも高かった。しかし、金利水準としては、地銀や第二地銀(以下、“地域銀行”)では、まだ06~07年に及ばず、都市銀行の猛追を許している(図表5) 。

都市銀行の場合、貸出に占める変動金利の比率が高いので、地域銀行よりも早めに金利上昇の恩恵を受けることに加え、地域銀行が競争激化で貸出金利を上げ切れていない可能性もある。今後の貸出利回りの上昇は、業態を超えた銀行間の競争に対し、いかに貸出余力を蓄積し、かつ、商品やサービスで差別化できるかにかかっているだろう。

■ 資金余力の業態格差が拡大

では、業態別の貸出余力はどうなっているのか。過去10年間で預金の増加が貸出の増加を上回っているのは都市銀行のみであり、地域銀行ではトントンか預金増加幅が貸出よりも小さくなっている(図表6)。この結果、地域銀行の預貸率が80%程度に高止まる一方、都市銀行の預貸率は、海外業務拡大の影響もあり、低下が続いている(図表7)。ネット銀行も存在感を高めていることから、地域銀行の競争環境は楽観視できない。


■ 今後の見通し:預貸金利鞘の上昇は鈍化へ


こうした銀行間の預金獲得競争に加え、政策金利の引き上げで物価や資産価格の上昇が落ち着けば、普通預金から定期預金への資金シフトが加速するだろう。

このような預金獲得競争や定期預金比率の上昇を考慮すると、政策金利が上昇しても、銀行の預貸金利鞘は市場の期待ほどには拡大しない可能性がある。

例えば、政策金利が現在から0.5%ポイント上昇し1%となるとともに、四半期毎に普通預金の2~5%が定期預金にシフトすると仮定した場合、新規預金の平均金利は0.6%程度まで大幅に上昇する可能性がある。この水準は、政策金利が0.5%で腰折れた06~07年の利上げ時よりも高く、90年代後半以来の水準となる。



これに対し、例えば貸出金利の追随率を80%と仮定しても、追加の金利上昇幅は0.4%程度に留まる(政策金利の上昇幅0.5%x80%)。この場合の利鞘の上昇幅は0.1%程度に留まる。



もっとも、定期預金の増加にはプラス面もある。負債のデュレーションの長期化で、より長期の債券投資が可能になる点である。現在の地域銀行の預金のデュレーションは、コア預金(普通預金の粘着度を過去の実績から推定する計算方法)を考慮しても3~4年程度で、これが長期化すれば、その分、長期の債券投資をしやすくなる。

金利上昇は、邦銀に久方ぶりの金利競争の余地をもたらした。当面は、資金調達力に勝る大手行が優位性を保つ展開が見込まれる。一方、地域銀行は、金利引き上げ合戦が激化すれば、体力の消耗を招きかねない。今後は、預金金利以外の付加価値、例えばサービスの多様化や地域密着型の顧客ロイヤリティ向上策、さらには資産運用力の強化など、多面的な戦略が一層求められる局面となるだろう。


大槻 奈那
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

内外の金融機関、格付機関にて金融に関するリサーチに従事。Institutional Investors(現Extel)によるグローバル・アナリストランキングの邦銀部門にて2014年第一位を始め上位。財政制度等審議会委員、金融審議会専門委員、国家戦略特区諮問会議有識者議員、一橋大学理事、東京大学応用資本市場研究センターフェロー等を勤める。日本経済新聞 十字路、ダイヤモンド・マーケットラボ、DowJones読売Proの目、ロイター為替フォーラム等で連載。日経Think!エキスパート・コメンテーター、テレビ東京「モーニングサテライト」で解説。名古屋商科大学大学院 マネジメント研究科教授 一橋大学博士(経営学)


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