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日本の長期金利の見通しと、影響度の“非線形”な拡大
大槻 奈那
2025/07/16

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概要

最近の長期、超長期金利の一部は中期的な物価上昇予想の上昇で説明できるが、足元では、需給の緩みや財政悪化懸念といった別の要因の影響が強まっている。今後も消費税問題や補正予算、防衛費増額等を背景に、財政悪化懸念が金利の上昇圧力を招く恐れがある。これまでの金利上昇の実体経済への影響は限定的だったが、今後はその影響度が急速に拡大する可能性がある。財政拡張を巡る議論と、それに対する金利の反応には、これまで以上の警戒が求められよう。



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■ 長期国債利回り上昇とその要因

日本の長期、超長期国債の利回りが上昇している。新発10年国債の利回りは、7/15に一時2008年以来の1.595%に達し、その後も高い水準で推移している。同じく30年債の利回りも3.195%まで上昇、こちらは過去最高となった(図表1)。年初来の上昇率をみると、全年限で利回りが上昇しており、特に、10年超のゾーンでは大幅な上昇となっている。

こうした長期金利の上昇は何を反映しているのか。一般に長期金利の上昇は、1)景気拡大期待、2)期待インフレ率の上昇、3)財政悪化等による信用リスクの上昇、4)他国の金利の影響等に起因する。


一番目の景気拡大については、トランプ関税の不透明感がむしろ高まっていることから今回の金利上昇の背景とは考えにくい。

では二番目の期待インフレ率についてはどうか。消費による5年後の物価上昇率予想と中長期金利との間には強い相関がみられる(図表2)。つまり、現在の中長期金利の上昇は、人々の中期的な期待インフレ率の上昇をある程度素直に反映している可能性がある。



ならば、コメの値段の落ち着きなどで人々の期待インフレ率が低下してくれば、金利も落ち着いてくるのだろうか。しかし、問題はそう簡単ではない。最近は、長期金利と期待インフレ率の関係では説明できない部分(実際の長期金利と、予想物価上昇率から推計される長期金利との差)が大きくなってきているためだ(図表3)。


この残差部分と米国国債利回りに有意な相関は見られないことから、残差の拡大は海外市場以外の要因であると考えられる。
即ち、この残差の拡大は、財政への警戒感に伴う(及びこれに伴う需給のゆるみ)、信用リスクプレミアムの角田に起因すると思われる。

■ 財政に関する3つの懸念

当面の日本の財政については、3つの大きな懸念がある。消費税減税、防衛費拡大、補正予算の議論である。一点目の消費税減税については、仮に5%に引き下げられた場合、年間10兆円を超える税収減となりうるため財政への影響は甚大だ。参議院選挙次第では、市場の注目を集めることになるだろう。



第二に、防衛費の更なる拡大である。先月NATOは防衛費をGDPの5%(中核の防衛支出3.5%、インフラ整備費等で1.5%)まで引き上げることで合意した。日本はNATO加盟国ではないため、この合意の対象外ではあるものの、米国との関税交渉の中でこの問題に焦点が当たる可能性がある。仮に、NATO加盟国と同様に防衛費をGDPの3.5%まで引き上げるよう求められた場合、1.8%程度となっている現在の防衛費予算をおよそ倍増させる必要がある。これは実額にして年10兆円程度の歳出増である(図表4)。

第三に補正予算である。昨年の補正予算も物価高対策等の名目で、リーマンショックとコロナ期以外に次ぐ13.9兆円という規模となったが、今秋も昨年を上回る可能性が高いだろう。



図表5の通り、過去、補正予算が発表された月には、それ以外の月を大きく上回る金利上昇がみられた。同じ月に株価の上昇は観測できないことから、補正予算による景気拡大期待が金利を押し上げたというよりは、財政悪化が意識されたことが金利を押し上げた可能性がある。

秋に向け、これらの議論が一層の金利上昇を招くリスクには十分警戒すべきだろう。

■ 長期金利の実態経済への影響①:企業部門

中長期金利の上昇は実体経済にどの程度の影響を与えるのか。

企業部門については、これまでは、長期金利の上昇が借入コストに与える影響は限定的だった。特に大企業では、企業の借り入れ金利は、短期金利(Tibor)に連動する割合が高いためだ。



しかし、足元では、企業の平均借入金利と国債利回りが過去30年間見られなかったほど接近している(図表6)。これ以上国債利回りが上昇するなら、銀行はリスクをとって企業に貸し出すよりも国債で運用した方が運用効率が高いことになる(債券の時価評価の問題はあるが、満期保有に区分すれば時価評価を免れる)。このため、今後は企業向け融資の金利が、中長期金利上昇に連れて上昇する可能性がある。

■ 長期金利の実態経済への影響②:個人部門

長期金利の上昇は、短期に連動する変動型ローンが多い日本では直接的な影響を与えにくい。しかし、住宅ローン金利の選択に対しては、大きな影響を与えている。2025年4月の調査では、住宅ローンを借りた人の中で変動型を選んだ人の割合が79%に上昇し、過去10年で最高となった(図表7)。今後の短期金利上昇リスクを感じながらも、ひとまず低利な変動型を選んだものとみられる。金利上昇リスクがさらに高まった場合、これらの一部が固定型にシフトする可能性が高く、利払い負担増加を通じて家計消費の下押し圧力となるだろう。



もう一つの懸念材料が借り入れ期間の長期化である。直近の調査では35年を超えるローンの割合が25.5%に達した (図表8)。金利上昇時にも、これ以上の返済期間延長は難しいため、特に高齢時の返済負担の増加が老後不安の膨張を招きうる。



金利上昇の実体経済への影響はこれまで限定的だった。しかし今後は、実体経済に非線形の影響をもたらし、株価等の資産価格にも影響を与える可能性が高い。財政拡張の議論とこれに対する金利の反応には、一層の注意が必要だろう。


大槻 奈那
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

内外の金融機関、格付機関にて金融に関するリサーチに従事。Institutional Investors(現Extel)によるグローバル・アナリストランキングの邦銀部門にて2014年第一位を始め上位。財政制度等審議会委員、金融審議会専門委員、国家戦略特区諮問会議有識者議員、一橋大学理事、東京大学応用資本市場研究センターフェロー等を勤める。日本経済新聞 十字路、ダイヤモンド・マーケットラボ、DowJones読売Proの目、ロイター為替フォーラム等で連載。日経Think!エキスパート・コメンテーター、テレビ東京「モーニングサテライト」で解説。名古屋商科大学大学院 マネジメント研究科教授 一橋大学博士(経営学)


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