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25年度補正予算と金利リスク
大槻 奈那
2025/11/28

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概要

本日、政府は昨年を上回る歳出規模18.3兆円の補正予算を閣議決定した。国費の大半を国債発行で賄う方向で、日銀の買入れ減額とも相まって、債券市場への負荷は強まっている。政府は政府効率化省の創設や新たな財政規律指標の提示で信認確保を図るが、銀行は規制や含み損で購入余力が限られ、海外投資家への依存が高まる。個人投資家など新たな購入層の拡充策に加え、財政運営の明確な方針と丁寧な説明が金利安定の重要な前提となるだろう。



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■ 高市政権初の経済対策発表

28日に閣議決定された補正予算では、歳出規模18.3兆円、事業規模42.8兆円という内容が示された。コロナ禍やリーマンショック時と比べれば控えめではあるが、実質GDPも需給ギャップも回復基調にある中では、やはり大規模なものとなっている(図表1)。


このうち、歳出額の半分以上の11.6兆円を国債の追加発行で賄うこととされている。昨年度の補正予算に伴う国債発行額6.6兆円を大幅に上回る金額である。補正予算後の今年度の国債発行額は計40兆円程度と、前年度の42.1兆円より若干減少すると説明されている。しかしこれは、そもそも今年度の当初予算で前年から国債発行額が抑制されたためだ。


これに対する債券市場の反応はどうか。既に、今年の日本の長期、超長期国債利回りは(もとの金利水準が低かったとはいえ)他国比大幅な上昇傾向にあったが、今月に入ってからの上昇率は著しい(図表2)。これまでも、経済対策が発表された月は、株価の上昇の割に金利が上昇しやすい傾向にあったが、過去の平均と比較しても、今回の上昇幅はとりわけ大きなものとなっている(図表3) 。



■ 目安とする財政指標




図表1の通り、補正予算による経済対策はこれまで多数行われてきた。近年では、本予算を補完するものとして殆ど常態化している。

そのような中でも、今回金利の上昇が大きい背景には、日銀の政策金利引き上げへの思惑もあるが、これに加えて、いくつか過去との違いが影響している。

<目安とする財政指標①:政府純債務対GDP比率>

高市政権は、市場に配慮し、強力な成長戦略と並行し、財政健全化についても様々な形で言及している。社会保障費を含む歳出削減や、「日本版DOGE」設置による財政支出効率化推進にも触れている。



こうした施策と並んで、財政の市場からの信認確保に重要なのは財政健全化指標へのコミットメントの明示である。近年の先進国で国債市場が動揺した例として、2022年の英国「トラス・ショック」が挙げられるが、この事例も、直接的なデフォルト懸念というより、財政規律へのコミットメントの揺らぎが主因だった。

高市政権が具体的な財政規律の指標として触れているのは、今のところ「政府の純債務残高対GDP比率」と「複数年ベースのプライマリーバランス(PB)」である。純債務残高対GDP比率は、グロスの債務総額から、政府の金融資産を控除したネットベースの債務残高で健全化を図るものである。日本のグロスの政府総債務対GDP比率は約230%と他国比で極端に高い一方、純債務ベースでみると、先進国中最悪ではあるものの、グロスほど突出していない(図表4)。もっとも、純債務で見る場合、控除項目が国によって異なる場合がある。しかも、控除される資産には年金など国民生活に直結する項目も多く、政府が容易に利用できるものではない点にも留意すべきだ。



<目安とする財政指標②:複数年ベースのプライマリーバランス>



もう一つの健全化指標は、複数年ベースでのプライマリーバランス(国債費を除く政府収支、PB)黒字化である。一時的な支出による景気押し上げ効果など財政の柔軟性を確保しやすい点で単年度ベースと異なるメリットがある。日本のPBバランスは債務残高ほど悪くなく、他国に比べ改善傾向が鮮明である(図表5)。もっとも、今後もし、翌年以降の緊縮を前提に支出が増加してしまうような運営が行われれば、結局財政健全化が先送りされ市場の信認が失われる。更に、今後金利が上昇した場合、名目成長率を上回る可能性もある。このような中で、PBバランス赤字が続けば、政府債務の拡大が制御しにくくなる。慎重な運用ルール作りと規律ある運営が求められるだろう

■ 購入者の制約と今後の見通し

現在日本銀行は、2027年3月頃までを目安とした段階的な国債買入れ減額の方針を示しており(来年央に中間評価を行う予定)、この期間の減額分と新規発行国債の吸収主体が市場の注目点となっている。


この2年間で減少分を賄ってきたのは主に海外投資家である。日本の長期・超長期金利はドルベースで魅力があるため、海外投資家による一定の購入は継続すると考えられる。しかし、海外投資家は国内投資家より財政や格付けへの感応度が高く、また、他国の金利の魅力が増せば容易に手放すと考えられるため、海外投資家頼みの市場では金利のボラティリティ上昇の可能性が排除できない。


国内勢はどうか。かつて最大の買い手だった民間銀行が購入を増やすには二つのハードルがある。第一は銀行勘定の金利リスク規制(IRRBB)である。これは規制上の「第二の柱」、すなわち緩やかな規制だが、銀行としては無視できない。2025年3月時点で国際基準行の「重要性テスト比率」は8.8%で上限目安の15%を超える銀行が3行存在する(図表6)。

国内基準行はより厳しく、11行が上限目安の20%を超えている。現時点での銀行全体の追加購入可能額は、10年国債換算で70兆円余りと政府の今後10年間の公債残高の増加幅(内閣府試算で170兆円、図表7)と日銀の購入減額幅に照らすと力不足である。銀行の購入余力は自己資本が増加すれば拡大しうるが、近年は配当増額などから資本増加ペースは鈍い。

第二の問題は銀行の国内債の含み損である。9月末時点で上場地銀の含み損は合計約2.8兆円で、コア資本の14%に達する(図表8)。金利上昇が続けば更なる悪化も避けられず、足元の金利上昇局面では購入余力は限定的と考えられる。



一方、今後拡大が期待できる投資家層は個人部門である。現在、国債全体に占める個人保有割合は1.6%程度と極めて小さい。欧米主要国でも個人の保有比率は一桁%というレベルが一般的だが、それでも日本より高く、加えて投資信託を通じた保有も多いとみられる。



現在、富裕層では、普通預金から定期預金へのシフトが過去最大級となっている。1億円以上の個人預金口座における定期預金の金額は、前年同期比で30%以上増加しており、中でも、3億円以上の口座でみると増加率は70%に上る(図表9)。このように個人は金利収入に意欲的になっており、新たな国債投資家層として十分期待できると考えられる。ただし、金利の決定方法や商品性の柔軟性には依然改善の余地が大きい。

■ 当面の見通しと留意点

日本では、安定的な国債購入者層が減少している上、現在金利が上昇局面にあることから、担い手不足が顕著である。個人や海外投資家等に拡大余地はあるものの、財政のファンダメンタルズについて市場に丁寧な説明が行われることが前提となる。長期・超長期金利にはもう一段上昇の可能性が高いものの、政府による財政健全性維持への道筋の透明化や、発行年限や商品設計の修正が進めば、日銀の利上げの最終段階が見えてくる来年には、金利のボラティリティが安定化に向かう可能性が高いだろう。


大槻 奈那
ピクテ・ジャパン株式会社
シニア・フェロー

内外の金融機関、格付機関にて金融に関するリサーチに従事。Institutional Investors(現Extel)によるグローバル・アナリストランキングの邦銀部門にて2014年第一位を始め上位。財政制度等審議会委員、金融審議会専門委員、国家戦略特区諮問会議有識者議員、一橋大学理事、東京大学応用資本市場研究センターフェロー等を勤める。日本経済新聞 十字路、ダイヤモンド・マーケットラボ、DowJones読売Proの目、ロイター為替フォーラム等で連載。日経Think!エキスパート・コメンテーター、テレビ東京「モーニングサテライト」で解説。名古屋商科大学大学院 マネジメント研究科教授 東京大学文学部卒、一橋大学博士(経営学)


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