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- 米国・先進国の信用格付けの見通しと、市場への影響
1990年代初頭まで、ムーディーズによるG7諸国の格付けは全てAaaだった。しかし、今回の米国の転落で、最上位から落ちたことがない国はドイツだけとなった。今後も、防衛費や社会保障費等を中心に歳出の膨張が予想され、先進国の格付けは悪化傾向が続くだろう。ソブリン格付けと長期国債利回りには一定の相関がみられるため、格下げは財政を更に悪化させるという悪循環を招きうる。将来的に先進国およびその発行する通貨全体の弱体化に繋がる可能性も排除できない。
■ 米国の格下げと債券市場の反応
5月16日、ムーディーズが米国のソブリン格付けを最上位から1ノッチ引き下げ、Aa1とした。その理由は、もはや米国の財政の悪化を経済の強さで埋め合わせることはできないため、等と説明されている。
既に、S&Pが2011年、フィッチが2023年に米国を格下げしていたのに対し、ムーディーズは出遅れた形になった。このため、今のところ債券市場に対する影響は穏やかである(図表1)。しかし、フィッチの格下げ時には、米国の債務上限問題等から金利の上昇が続いた。今回も、税制改正の議論が行われており、8月頃までに決着しない場合、債務上限問題が再燃する可能性がある。その場合、S&Pとフィッチが格付けのアウトルックを「安定的」から「ネガティブ」に変更する可能性も排除できないこと等から、当面米長期金利は不安定な動きが続く可能性がある。
■ 主要国のソブリン格付けの変遷
今回の米国の格下げで、ムーディーズでAaaから落ちたことがないG7の国はドイツだけとなった。1990年代初頭までは、G7諸国の格付けは最上位のAaaが当たり前だった(図表2)。しかし、その後の財政赤字と債務残高の拡大で(図表3)、イタリア、カナダ、日本の順に最上位から転落した。1994年以から10年にわたり財政再建を進めたカナダはその後Aaaに復活したが、これは例外で、殆どの主要国で継続的に格下げの憂き目に遭っている。唯一、Aaaを維持しているドイツについても、近年財政収支赤字が続いていることや経済成長率の悪化、政治的な混乱等から、格下げのリスクが高まっている。
このように、主要先進国の信用力は、長期に亘り、緩やかながら低下し続けている。特に米国については、格下げで、基軸通貨を発行する国の国債が「無リスク資産」とは呼べないという難しい状態となった。
■ 中長期的なソブリン信用力の見通し
2024年末時点の米国の財政赤字はGDPの6.4%に上り、政府債務もGDPの98%に相当するまでに膨張している。超党派の議会予算局(CBO)は、今後も更なる悪化を見込んでいる(図表4)。
先週、米下院歳入委員会はトランプ政権が進める減税案を可決した。これには、チップや残業代、自動車ローンの利子などの税金免除や、州・地方税と高齢者への追加控除、相続税免除枠の拡大等10年間で4兆ドルにも上る減税策が盛り込まれている。依然下院通過には相当の議論と修正が必要と思われるものの、一定の減税が実現する可能性はある。
CBOの3月時点の試算によれば、これらの減税案が可決した場合、2034年の対GDP政府債務残高は9ポイント、財政収支は1.6ポイント、ベースケースに比べて悪化する。イーロン・マスク氏が率いる政府効率化省(DOGE)が歳出カットを進めているが、その規模は、5/20時点で1700億ドル程度と、GDPの0.6%程度に留まる。相互関税の収入も不確実であり、いずれも、減税の代替財源としては力不足である。もちろん、ソブリン格付けの要素は財政だけでなく、多岐に亘る(図表5)。経済成長力や基軸通貨発行国としての資金調達力、銀行システムの頑健性などを考えると、米国がムーディーズによって更に格下げされる可能性は当面は低いと考えられる(因みに、ムーディーズの格付け基準を見ると、経済力の要素がやや強めな印象であり、これが米国の格下げが他社より遅かった理由とも考えられる)。但し、これらの要素は完全に独立ではなく、互いに影響を与え合う。経済が悪化すれば、税収の減少から財政も弱くなり、イベントリスクへの耐性も低下する。このように、何らかの要素の綻びが波及して想定外の格下げを招く事態もあり得る。
財政リスクは、米国だけでなく、日本を含む殆どの先進国で高まるだろう。格付けは、多国間の比較という相対評価とともに絶対評価の面も持つため、全ての国の財政が同じペースで悪化していても引き下げられることがありうる。高齢化や医療の高度化・高額化による社会保障費の膨張に加え、近年では、軍事費(防衛費)も、長年の低下傾向から増加に転じている(図表6)。一方で、政党間のパワーバランス等から政府の徴税力は総じて不透明化している。このため、先進国の格付けは、経済成長力の急拡大や、財政規律の大幅な強化が図れない限り、トレンドとしては低下方向を想定せざるを得ない。
■ 今後の市場へのインプリケーション
格付が引き下げられた場合、金利にはどの程度の影響があるのか。各国のドル建ての10年国債利回りは格付けと一定の相関があり、格付けが1ノッチ低い国は0.14%ポイント程度利回りが高いという関係が見られる(図表7)。この関係を用いて試算すると、米国の政府債務に対する利払い費は、 1ノッチの格下げで年間7兆円程度増加し、財政を一層圧迫することになる。
米ドルを中心とする為替レートはどうか。為替は世界の国々の通貨の相対評価で決まる。このため、主要国の信用力が全体に悪化するなら、ドル安には繋がらない。その場合懸念されるのは、現在の法定通貨全体の信用力が劣化するというシナリオだ。そうなると、世界の法定通貨に対しモノの価格が相対的に上昇する、即ちインフレ率が高まる可能性がある。
こうした懸念のもとでは、金(ゴールド)が、信用力が劣化しない支払い手段としての地位を一層高める可能性がある。更に、金以外に、国の信用力に左右されない電子的な通貨が出現する可能性も否定できないだろう。
ソブリンの信用力低下に伴う金利や通貨のリスクの上昇は、長期的に金融システムに大きな変化をもたらすかもしれないため注視しておきたい。
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