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トランプ版「国家資本主義」の衝撃
田中 純平
2025/09/10

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概要

社会主義と資本主義のハイブリッドとも言える「国家資本主義」は、これまで中国が代表例とされてきたが、トランプ米政権下でも独自の「国家資本主義」が台頭しつつある。当レポートでは、このトランプ版「国家資本主義」の具体例を紹介し、米国株式市場への影響を考察する。



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「国家資本主義」は社会主義と資本主義のハイブリッド

「国家資本主義」とは、国家が経済に主体的な役割を果たす経済体制であり、いわば社会主義と資本主義のハイブリッドである。代表例としては、近年の中国が挙げられる。元来、米国は資本主義の象徴的存在であったが、トランプ2.0以降はイデオロギー的な変容が見られるようになった。

大きな転換点となったのが、エヌビディアやAMDに課せられた米国政府への「上納金」だ。両社が手掛けるAI半導体を中国へ出荷する許認可を得る代わりに、その売上高の15%を米国政府へ納めることが取り決められた(図表1、2)。正式な通達は出ていないようだが、決定が下されれば前代未聞のディールとなる。

エヌビディアは、地政学的な問題が解消すれば、25年8-10月期に中国向けAI半導体を20~50億ドル出荷できる見通しを発表している。仮に50億ドルとすれば、50億ドル×15%=7.5億ドル(約1,100億円)にもなり、決して業績への影響は小さくない。

米国政府はインテルの株式を約10%取得

さらに半導体業界を震撼させたのは、米国政府によるインテル株式の取得だ。バイデン政権下で成立したCHIPSプラス法に基づき支給される予定だった半導体補助金の見返りとして、トランプ政権はインテルの新株を約89億ドル(取得株価20.47ドル×4億3,330万株)で取得し、米国政府の株式保有比率は約10%で筆頭株主になることが8月22日に明らかとなった(図表3)。

なお、8月19日にはソフトバンクグループもインテルの新株を約20億ドルで取得することを発表しているが、取得株価は23ドルであり、インテル株の終値は18日から21日にかけて23.5ドルから25.3ドルで推移していたことを考えると、米国政府にとって明らかに有利な条件である(既存株主の利益は希薄化する)ことが分かる。

今後の焦点は、CHIPSプラス法によって半導体補助金を受け取る予定の他の半導体企業にも、今回の「ディール」が及ぶかどうかである。しかし、現時点ではトランプ政権はこの可能性を否定している。その理由として考えられるのが、「セキュア・エンクレーブ」の存在だ。

米国防総省プログラム「セキュア・エンクレーブ」とは何か?

CHIPSプラス法は米商務省が管轄するプログラムであるが、その中に紛れて存在するのが、米国防総省が管轄する「セキュア・エンクレーブ」だ(図表4)。これは、機密性の高い半導体をペンタゴンのために生産・供給するための補助金プログラムであり、報道によればインテルのロビー活動等もあり、インテルのみがこのプログラムから補助金を受け取ることが決まったとされている。国家安全保障という大義名分があるからこそ、米国政府はインテル株式を取得した、とも解釈できる。

実際、ラトニック米商務長官は8月26日、ロッキード・マーチンを含む防衛関連企業への出資の可能性を検討していることを明らかにしている。同社の米国政府向け売上高比率は25年4-6月期で73%に上るため、「大口顧客」の意向に逆らうことは難しいかもしれない(図表5)。 

このまま「国家資本主義」が広がれば、米国企業のROEは低下するおそれがある

米国では、株主利益を最優先する「株主至上主義」が底流にある。このため、米国企業全体のROE(株主資本利益率)は、業績好調なエヌビディアやGAFAMの台頭も相まって、過去3年平均で約19%という高水準を記録している(図表6)。

だが、今後米国でトランプ版「国家資本主義」が広がれば、米国企業のROEが低下し、ROEと相関の高い株価リターンも鈍化するリスクがある。

過去には、リーマンショックの際に米国政府がAIGやGMに対して資本注入を行った例があった。ただし、それはあくまで金融危機時の緊急措置であり、今回のように平時に米国政府が株式を取得するケースは、近年では見られなかった。

トランプ版「国家資本主義」は、米国に刻まれたDNAを根本から書き換えるほどのインパクトを秘めている。


田中 純平
ピクテ・ジャパン株式会社
投資戦略部長

日系運用会社に入社後、主に世界株式を対象としたファンドのアクティブ・ファンドマネージャーとして約14年間運用に従事。北米株式部門でリッパー・ファンド・アワードの受賞歴を誇る。ピクテ入社後はストラテジストとして主に世界株式市場の投資戦略等を担う。ピクテのハウス・ビューを策定するピクテ・ストラテジー・ユニット(PSU)の参加メンバー。日経CNBC「朝エクスプレス」、テレビ東京「Newsモーニングサテライト」、BSテレビ東京「NIKKEI NEWS NEXT」に出演。週刊エコノミスト「THE MARKET」で連載中。日本経済新聞やブルームバーグではコメント多数引用。日本証券アナリスト協会検定会員(CMA)


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