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- AI(人工知能)とJカーブ:大きな利益の前には大きな苦難が待ち受ける
投資家がAI(人工知能)の長期的な恩恵を享受するには、より深く、かつコストのかかる調整局面を覚悟する必要があります。
電気、内燃機関、インターネットなど、歴史上の主な技術革命は、いずれも投資家に同様の経験をもたらしてきました。すなわち、短期的な痛みを経た後に、長期的な利益が訪れるというものです。
コストと恩恵は、常にJカーブを描きます。
まず、コストの問題が生じます。新技術に対する多額の設備投資が、開発の初期段階を特徴づけます。その結果として、生産性や企業収益性が一時的に低下することが一般的です。
続いて、社会全体の調整という激動の時期が訪れます。この時期には、新興技術によって一部の雇用が失われる一方で、新たな雇用も創出されます。
こうした段階を経て初めて、新技術の普及による恩恵、つまり、生産高、収益、雇用の増加、さらには余暇時間の拡大といった社会的利益が実現し始めます。
19世紀後半の電化を例に取りましょう。
企業はまず、工場内の配線工事に多額の投資を行い、その過程で既存の工程を混乱させましたが、生産性や利益の面ではほとんど成果が見られませんでした。
その後、新技術を中心に事業全体を再編し、工場のレイアウトを変更し、より連続的な生産方式を導入することで、ようやく労働者一人当たりの生産量の向上とコスト削減という真の成果が現れました。初期の投資の波から相応の時間が経過したこの段階になって、ようやく投資家へのリターンが生まれ始めたのです。
これは、最新の汎用技術であるAI(人工知能)が今後どのように進化していくのかを考えるうえで、非常に有益な示唆を与えてくれます。
AIもまたJカーブに沿って進んでいることは、すでに明らかです。ピクテ・リサーチ・インスティテュートの最新調査によれば、AIは依然として発展のごく初期段階にあるようです1。
現時点では、多くの産業において生産性の低下が見られます。データインフラへの大規模投資、組織再編、労働者の再教育などにかかるコストが、測定可能なリターンを一時的に上回っているのです。
言い換えれば、認知的業務プロセスの再設計が、従業員の適応速度を上回るペースで進んでいるため、技術的には大きな進歩があるにもかかわらず、生産性が低下しているということです。
図表1:汎用技術における生産性のJカーブ
出所: Pictet Research Institute.
注:Acemoglu (2025), Acemoglu & Restrepo (2020), Atkeson & Kehoe (2007), Autor (2024), Brynjolfsson et al. (2021), Brynjolfsson & Hitt (2003), Devine (1983), IFR (2024b), Jorgenson & Stiroh (2000), McKinsey (2023)の実証研究に基づく
これは、AI技術を開発する企業にも、AIを導入する企業にも、等しく当てはまります。
メタ(Meta)、エヌビディア(Nvidia)、マイクロソフト(Microsoft)といったテクノロジー企業は、今年だけでAIデータセンターの構築に6,000億米ドル以上を投じ2、生産プロセスの全面的な見直しや人員削減を進めていますが、現時点では収益面で目に見える改善はほとんど確認できていません。
とはいえ、具体的な恩恵の兆しがまったく見られないわけではありません。
例えば医療分野では、AIと人間によるチームが放射線科医の業務負担を軽減しつつ、疾患の検出率を高め、その後数年間における進行がんの発生率を低下させることに成功しています3。また、物流センターでは、ビジョンガイド技術によりピッキング速度が二桁の改善を達成しています。コールセンターでは、チャットボットが定型的な顧客対応を担うことで、人間のスタッフはより複雑な業務に集中でき、結果として全体的なコスト削減につながっています。
農業分野でも恩恵が現れ始めています。AIを活用した作物モニタリングツールにより、農家は水や肥料の使用量を抑えながら収穫量を増やすことが可能になっています。
これらすべてを踏まえると、AIの進化は、インターネットや電気といった過去の汎用技術がたどった道筋を着実になぞっているように見えます。
もっとも、一つだけ潜在的な違いがあり、しかもそれは極めて重要な点です。
AIのコスト面での影響は、先進国がこれまで経験したどの技術革命よりも深く、かつ長期にわたる可能性が十分にあります。
AIがホワイトカラーとブルーカラーの双方の雇用を脅かすものと見なされるようになるにつれ、その導入は社会的・政治的に大きな抵抗に直面する可能性が高いでしょう。
こうした状況を踏まえると、投資家はAIが引き起こす混乱が長期化する可能性に備えておく必要があります。
AIの経済的・社会的コストの管理:財政負担
AIはすでに深刻な社会的外部性、すなわち負の副作用を引き起こしていますが、金融市場、特に国債市場はそれをまだ十分に織り込んでいないように見受けられます。
調査によると、AIの導入により、法律、銀行、ソフトウェア開発、広告、会計など多岐にわたるサービス業界において、低スキル職やエントリーレベルの雇用が置き換えられ始めています。
IMFによれば、AIの影響を受けやすい業界におけるエントリーレベルの雇用は、AI需要の低いセクターと比較して、すでに3.6%低い水準にあります4。
AIイノベーションの中心に位置する企業でさえ、労働者を機械学習システムに置き換えつつあります。
例えばマイクロソフトは2025年1月以降、従業員数を7%削減しており、アマゾン(Amazon)は2026年1月までのわずか3ヵ月で3万人の雇用を削減しました。四大コンサルティングファームも、主に若手社員を対象に数千人規模の人員削減を発表しています。
失業率が上昇し格差が拡大すれば、政府は対策を迫られることになります。
政策の選択肢としては、再教育やスキルアップのためのより手厚く的を絞った補助金、雇用義務化など雇用削減を阻止・抑制する規制措置、さらにはAIハイパースケーラーに対する時限的な臨時課税などが挙げられます。
こうした対策には財政負担を伴いますが、何もしなければ、より深刻な結果を招きかねません。対策を怠れば、経済の生産性向上に貢献するスキルを持たず、働く意欲を失った人材が生まれるリスクがあります。
新しい技術の導入が円滑かつ秩序立って進む、典型的な生産性向上局面では、実質金利が上昇し、ブレークイーブン・レートは低下します。これは、インフレ期待が定着することを意味します。
しかし、政府が失業者に対して十分な支援を提供せず、移行が無秩序に進んだ場合には、大規模な失業への懸念から、家計は消費よりも貯蓄を優先するようになります。その結果、経済成長が抑制され、実質金利が低下する可能性があります。
私たちは、各国政府がAIに関連する労働市場の深刻な混乱に対処するための措置を講じるとみています。その結果として、国債市場にはいくつかの投資上の影響が生じると考えられます。
公的支出の増加は、すでに高水準にある公的債務をさらに膨らませ、中央銀行は財政の安定を優先するために金利を人為的に低く抑えざるを得なくなるでしょう。
リスクフリーレートが低下すると、政府は海外の債権者よりも国内投資家からより多くの資金を調達しようとする傾向が強まります。自国通貨建ての投資家基盤が厚ければ、安定した資金調達が可能になり、外部環境の変動に対する脆弱性が軽減されるためです。
米国では、すでにこうした兆候が見られます。政府の借入資金調達に用いられる短期国債(主に国内投資家が購入)の割合は、市場に流通している債券の約21%に達しており、これは財務省借入諮問委員会(TBAC)が推奨する15~20%の範囲をやや上回る水準です5。
この結果、米国政府債務の平均残存期間は短期化しており、財務省は、資金調達コストを時間をかけて調整する一定の柔軟性を維持している一方で、金利が予期外に急騰した場合には脆弱な立場に置かれます6。
他の条件が同じであれば、これは債券のイールドカーブをスティープ化させる要因となるはずです。公的債務の金利感応度が高まる中、政策当局は「金融抑圧」、すなわち実質金利を人為的に低く抑えたり、利回りに上限を設けたりする手法に、より依存する可能性があります。その場合、債券利回りは自由市場のシグナルとしての機能を失い、真のインフレリスクやデフォルトリスクが十分に価格へ反映されず、資産クラスとしての情報伝達機能が歪められる恐れがあります。
英国では、すでに税負担が高い水準にあることから、政府はさらなる増税ではなく、追加の借入に依存する可能性が高く、その結果、国債利回りの上昇やポンド安につながる懸念があります。
図表2:近視眼的
短期国債発行額が総発行額に占める割合(12ヶ月移動平均)
出所: Institute of International Finance
欧州では、強固な産業基盤が世界的なAI設備投資ブームの恩恵を受け得る一方で、規制によってAI導入のペースをあえて緩める選択を行う可能性があります。
しかし、AIに関連する追加借入は、既存の社会保障支出に上乗せされることになります。これにより、ユーロ圏の対GDP(国内総生産)債務比率は一段と上昇し、財政の余地はいっそう制約され、投資家はより高いプレミアムを要求するようになるかもしれません。
日本もまた、AIによる混乱に対応するため、すでに高水準にある公的借入をさらに拡大せざるを得ない公算が大きいと考えられます。
したがって、先進国経済が直面するリスクは二つあります。ひとつは、多くの政府がより多くの債務を抱える圧力にさらされること、もうひとつは、その多くが短期債として発行されることでロールオーバーリスクやデュレーションリスクが高まることです。
実質的には、AIによる経済変動に伴う福祉費用の増加は、国債の純供給量が構造的に拡大し続けることを意味します。これが中央銀行や民間需要によって完全に相殺されない限り、タームプレミアムは構造的に上昇し、利回りは時間の経過とともに高止まりするか、あるいは一層強力な金融抑圧が行われることになります。
金融抑圧がどのような形を取るにせよ、最終的には債務のマネタイゼーションに行き着きます。これは通常、通貨にとってはマイナス要因となる一方、金などの実物資産にとっては相対的にプラスに作用します。
公的債務の観点から見ると、新興国はこの難局を乗り切るための備えが比較的整っていると考えられます。社会福祉関連支出は先進国に比べて低く、政府債務はGDP比で約70~76%と、先進国の約120%と比べても低水準にとどまっています7。
先進国市場と新興国市場における債券利回りの格差が拡大すれば、株式投資家にも影響が及ぶ可能性があります。
リスクフリー資産ではなく株式を保有することに対して投資家が求める追加的な報酬である株式リスクプレミアムは、追加の債務を負ったり債務をマネタイズしたりすることなく、AI導入に伴う社会的コストを吸収する意欲と余地を有する経済圏において、より魅力的になると考えられるためです。
逆に、円滑な移行を実現するための財政余地を欠く国は、AIの負の影響にさらされるリスクが高まります。こうした国の金融資産は、他の条件が同じであれば、より高いリスクプレミアムを要求されることになるでしょう。最悪の場合、これらの国がAIへのアクセスを制限する選択を行い、長期的な成長を一段と抑制してしまう可能性すらあります。
AIサプライチェーンへの投資:勝者と敗者
もっとも、AIのJカーブが進行する中で株式投資家が考慮すべきなのは、株式リスクプレミアムの変化だけではありません。
AIの導入には多くの課題が伴い、無数の商業上のリスクと機会を生み出します。これはAIサプライチェーンに関わる企業にとっては当然のことですが、AIから効率性を引き出そうとする企業や、AIによってビジネスモデルが陳腐化しかねない企業にとっても同様です。
AIの恩恵を評価することがいかに難しいかを示すように、最近の調査では、ChatGPTやCopilotなどの生成AIツールを試験導入した組織の95%が、投資に対するリターンはゼロだったと報告しています8。
このため、株式投資家はAI関連銘柄への投資について、より厳選されたアプローチを取るべきです。私たちの見解では、幅広いソフトウェアやアプリケーションのプロバイダーに投資するのではなく、AIブームを支えるインフラのボトルネック、すなわち、生産能力の拡大やコンピューティング能力の向上を可能にする半導体、メモリチップ、ハードウエアを特定し、そこへの投資に注力すべきです。一方、ソフトウェアやアプリケーション分野では、業績見通しが現状の評価に追いつていない可能性があります。
セクター別に見ると、エネルギー、素材、重機メーカーなどの重工業は、AIによる効率化の恩恵を最大限に活用し、収益性を高めるのに有利な立場にあります。これらのセクターは従来から生産性の向上が難しく、大幅な効率改善の余地が残されているためです。
低迷期から豊かさの時代へ
投資家は、AIを差し迫った経済・投資のゲームチェンジャーとしてではなく、長期にわたる構築プロセスとして捉えるべきです。
世界のAI関連支出は急速に増加しており、2026年には前年比44%増の2.5兆米ドルに達すると予測されていますが、世界経済全体の規模と比べると、なお控えめな水準にとどまっています9。
米国のテクノロジー企業によるAI関連支出はGDP比約1%と推定されています。これは、2010年代半ばの米国シェール革命や1990年代のドットコムバブルなど、過去の投資ブームと比較すれば小規模です10。1980年代の日本における商業用不動産ブームや、2010年代のオーストラリアの鉱業ブームは、いずれもGDP比でその5倍以上の規模に達していました。
こうした背景を踏まえると、投資家は今後発生する社会的・財政的な調整コストを十分に織り込む必要があります。AIがもたらす長期的な恩恵は、多くの人が現在想定している以上に、より深く、より不均一で、かつ財政面での負担も大きい移行期を経て実現される可能性が高いと考えられます。
図表3: 他の分野と比較して、AI投資の急増は過度ではない
主要産業の構造改革における投資の推移(GDP比)
Source: BIS, https://www.bis.org/publ/bisbull120.pdf
もっとも、財政的負担や社会的緊張を伴う移行の「痛み」の段階が、それに耐える価値がないということを意味するわけではありません。これは「ジェヴォンズのパラドックス」と呼ばれる現象に照らして理解できます。歴史上ほぼすべての主要な技術革新の際に観察されてきたものであり、技術によって資源や作業の効率が大幅に向上すると、その実質コストが低下し、人々や企業はその資源をより多様な用途に活用するようになるため、結果として総消費量がむしろ増加する、というメカニズムです。
私たちが考えているように、AIがこうした歴史的パターンに従うとすれば、AIの活用が広がるにつれ、私たちが担う業務の範囲と量は拡大し、人間を恒久的に代替するのではなく、新たな形態の仕事や産業、ビジネスモデルを生み出し、より高い生活水準を支えることになるでしょう。
それは、長期にわたるJカーブを乗り越えるに値する未来をもたらす可能性があるといえます。
[1]https://am.pictet.com/ch/en/intermediaries/investment-research/demographics-and-technology
[2]https://www.reuters.com/business/global-software-data-firms-slide-ai-disruption-fears-compound-jitters-over-600-2026-02-06/
[3]https://ecancer.org/en/news/27721-ai-supported-mammography-screening-results-in-fewer-aggressive-and-advanced-breast-cancers-finds-full-results-from-first-randomised-controlled-trial
[4]https://www.imf.org/en/publications/wp/issues/2024/09/13/the-labor-market-impact-of-artificial-intelligence-evidence-from-us-regions-554845
[5]TBAC is made up of private market participants with whom the Treasury consults as part of the quarterly refunding process.
[6]https://www.jec.senate.gov/public/vendor/_accounts/JEC-R/debt/Monthly%20Debt%20Update.html
[7]https://www.imf.org/external/datamapper/GGXWDG_NGDP@WEO/OEMDC/ADVEC/WEOWORLD
[8]https://mlq.ai/media/quarterly_decks/v0.1_State_of_AI_in_Business_2025_Report.pdf
[9]https://www.gartner.com/en/newsroom/press-releases/2026-1-15-gartner-says-worldwide-ai-spending-will-total-2-point-5-trillion-dollars-in-2026
[10]https://www.bis.org/publ/bisbull120.pdf
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