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- AIの経済効果を予想する
生成AIの経済的効果はどの程度と見込まれるのか、ピクテのチーフエコノミスト、パトリック・ツヴァイフェル(Patrick Zweifel)と、リスク・マネージャーのマイケル・ストレンヴェル(Michael Stollenwerk)が考察しました。
生成AIは膨大な期待を生み出しています。たとえ最も極端な予測が現実とならなくとも、中期的には経済成長を大幅に押し上げる可能性があると考えられています。
ルーティンワークの自動化、業務の最適化、資源活用の効率化を可能にすることで、経済の生産性向上に寄与することが期待されています。世界的に人口の高齢化が進み、一人当たり労働生産性が低下しつつある現状を考えると、これは非常に重要な意味を持ちます。
AIの経済的影響や、そのタイミングについては依然として議論の的となっていますが、AIの活用は急速に進展しています。ChatGPTが発表されてから24か月で、米国人の40%がAIを利用しており、これはインターネットが導入された後の同期間における利用率の2倍に相当します。調査実施前の1週間で、約4分の1の人が少なくとも1回は利用しており、10人に1人以上が職場で毎日利用しているという結果がでています1。
そして、特定の分野ではAIの経済的影響がすでに現れています。オンライン教育サービスを提供しているチェグ(Chegg)は、学生がChatGPTを利用して宿題を手伝ってもらうようになったことで、時価総額の99%を失いました2。一方で、これまでのところ、個人は生成AIを積極的に受け入れているものの、IT業界以外の企業は生成AIの導入に慎重な姿勢を示しています。
生産性に関する議論
しかし、それにもかかわらず、専門家たちはAIが生産性向上にもたらす効果についてさまざまな予測を立てています。
特に、学者やコンサルティング会社の一部は、AIが経済的生産性へ与える影響を試算しており(上記の表を参照)、全体として、大きな経済的利益が見込まれています。ただし、例外もあります。2024年にノーベル経済学賞を受賞したダロン・アセモグル(Daron Acemoglu)氏は、今後10年間の米国の生産性向上率を年0.07%と予測しています3。一方で、同じく経済学者のアギヨン(Aghion)氏とブネル(Bunel)氏は同じ手法を用いて、同期間における米国の生産性向上率を年0.68%と予測しています。各業界の生産性向上率の予測値は年率0.5%から3.4%の範囲ですが、その多くは0.7%から1.3%の範囲に集中しています。
私たちは、AIの有益な効果が現れるまでの数年間は、生産性への影響が緩やかか、あるいは一時的にマイナスになる可能性が高いと考えています。
人々はまずAIの持つあらゆる可能性を発見し、それを使いこなし、さまざまな機能にAIを統合する必要があるでしょう。こうしたプロセスを経て初めて、生産性へのプラスの効果が期待できるのです。これは、蒸気機関から半導体に至るまで、すべての主要なイノベーションに共通する流れです。重要なのは、新しい技術の採用がしばしば時間のかかるプロセスである中で、これらの効果がどれほど速く現れ始めるかという点です。
一方で、AIシステムを稼働させるために必要なエネルギーや半導体への資本投資は、短期的には全体の経済生産性を引き下げる要因となるでしょう。AI事業者の中には、自社で原子力発電所を保有することを検討し始めている企業さえあります。最近の論文で、ティルブルク(Tilburg)大学のベルティン・マーテンス(Bertin Martens)氏は、「生産性の大幅な向上がなければ、現在の投資コストの水準では持続可能性が確保できない」と指摘しており5、「2030年までのAIモデルのコスト予測を維持するには、先進国全体で年率3%の生産性向上が必要である」と試算しています。
資本投資に伴う、もう一つの短期的なコストとして、特に生産性の向上が大幅に遅れた場合には、インフレ率の上昇が考えられます。しかし、長期的には、予想通りに賃金の上昇速度が緩やかに進んだ場合、生産性の上昇はむしろデフレ圧力となるはずです。
生成AIが収益に与える影響予測(業種別、2023年)
出所: McKinsey & Co, 2024 AI industry report
% of total industry revenue: 業界総収入に占める割合(%) min:最小 max:最大 Total revenue (USD bn): 総収入(億米ドル)
High tech:ハイテク Banking:銀行 Pharmaceuticals and medical products:製薬・医薬品 Education:教育
Telecommunications:通信 Healthcare:ヘルスケア Insurance:保険 Media and entertainment:メディア・エンターテイメント
Advanced manufacturing:先進的製造業 Consumer package goods: 消費財
Advanced electronics and semiconductors: 先進電子機器・半導体
労働市場の摩擦
生成AIによって生産性向上というプラスの影響がもたらされる一方で、短期的には労働市場の混乱とマイナスの影響が生じる可能性があります。
労働者が失業のリスクにさらされる可能性が最も高い分野の一つが輸送セクターです。完全自動運転車両はすでにいくつかの都市で運用されており、AIによってこれが広く普及すると考えられます。米労働統計局の「職業展望ハンドブック」によれば、米国内だけで運転関連の仕事は約400万件あり、そのうち310万件がトラック運転手です。プロの運転手がAIに置き換えられることは労働者にとってマイナス要素ですが、一方で通勤時間が短縮されることはプラスの要素です。自動運転車を利用する人は、仕事や趣味などに費やせる時間が平均で一日一時間増えることになります6。
AIの最大の恩恵がどの分野にあるかは、まだ明確ではありません。AI導入の初期段階では、AIが低スキルの労働者を平均レベルまで引き上げるのに役立つ可能性があります。しかし同時に、AIが完全に彼らに取って代わる可能性も否定できません。その一方で、ルーティンワークをAIに任せることで、人間が本当に価値を生む部分の仕事に集中できるようになる業界もあるでしょう。
AIの産業利用
ヘルスケア、製薬、バイオテクノロジー、ITインフラやホスティング、メディア、ソーシャルプラットフォーム、マーケティングなど、AIへの投資が最も多い業界では、生産性の向上と労働力への影響が最も顕著に表れると見込まれます。
マッキンゼーは、生成AIが業界ごとの予想収益に与える影響について専門家に調査を行いました7。最も恩恵を受けると見られているのがハイテク業界で、収益が4.8%から9.3%増加すると予想されています。次に、製薬・医薬品が2.6%から4.5%、ヘルスケアが1.8%から3.2%、メディアおよびエンターテインメントが1.8%から3.1%の増収が見込まれています。
生産性向上の予測値のばらつきは、主にAIによって採算が取れるタスクの範囲をどう見積もるかの違いによるものです。予測を行う多くの専門家は、同じデータソースであるO*NETを使用しています。このデータベースには800以上の職種に関する情報が含まれており、平均収入、業界との関連性、35の構成要素に基づく必要なスキルレベル、そして詳細な作業内容に関するデータが収録されています。
収益性が高い形で自動化が可能なタスクの割合は、6%から80%までと、幅広く見積もられています。この範囲の下限に近い予測をしたアセモグル氏は、AIが新製品やサービス、雇用を生み出す可能性や、業界の重点分野の変化に応じて労働力の集中が変化する可能性を考慮していないと指摘されています。そのため、より高い推定値の方が現実に即したものである可能性が高いと考えられます。
[1]Bick et al., “The Rapid Adoption of Generative AI”, https://www.stlouisfed.org/on-the-economy/2024/sep/rapid-adoption-generative-ai
[2]https://www.wsj.com/tech/ai/how-chatgpt-brought-down-an-online-education-giant-200b4ff2
[3]Acemoglu (2024), The Simple Macroeconomics of AI, NBER working paper, https://economics.mit.edu/sites/default/files/2024-04/The%20Simple%20Macroeconomics%20of%20AI.pdf
[4]Aghion and Bunel (2024), AI and Growth: Where Do We Stand?, working paper, https://www.frbsf.org/wp-content/uploads/AI-and-Growth-Aghion-Bunel.pdf
[5]Martens, B. (2024), The tension between exploding AI investment costs and slow productivity growth, working paper 18/2024, Bruegel, https://www.bruegel.org/sites/default/files/2024-10/WP%2018%202024.pdf
[6]Zhang and Steinbach (2024),American Driving Survey: 2023(Research Brief). Washington, DC:AAA Foundation for Traffic Safety.
[7]McKinsey (2024), The economic potential of generative AI – The next productivity frontier, https://www.mckinsey.com/capabilities/mckinsey-digital/our-insights/the-economic-potential-of-generative-ai-the-next-productivity-frontier
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