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デジタル・デカップリングの拡大
2028/11/28

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概要

中国の人工知能(AI)スタートアップDeepSeekが1月に発表した大規模言語モデルは、米国のライバルOpenAIと同等の性能を、はるかに低いコストとコンピューティングパワーで実現しました。これは、単なる米中AI覇権争いの幕開けに留まりません。



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中国の人工知能(AI)スタートアップDeepSeek(ディープシーク)が、1月に米国のライバルOpenAI(オープンAI)に匹敵する性能を持ちながら、コストとコンピューティングパワーを大幅に抑えた大規模言語モデルを発表したとき、それは単に米中間のAI覇権争いの幕開けを告げただけにとどまりませんでした。

この開発は、各国政府は技術的独立性、政治的同盟関係、そして経済的未来を左右する厳しい選択を迫られることになる新たな世界の到来を告げました。各国政府は今、米国か中国のテクノロジーに同調するか、または両方を慎重に活用するか、という難しい選択を迫られています。これは重大な結果をもたらすことになる複雑な判断なのです。


大きな変動

この変化する状況の中心にあるのはリソースの問題です。米国のアプローチは、これまで一貫して莫大な資本投資によって支えられてきました。例えば、OpenAIのGPT-4のような最先端モデルのトレーニングには、6,300万米ドル以上のコストがかかると推定され、主要な米国の研究機関は2024年までに1億米ドル以上を費やしています。

Deep Seekは、このモデルを根本から覆しました。同社は、強力なV3モデルをわずか556万米ドルで学習させたと報じられています。この驚異的な効率性は、「ディスティレーション(蒸留)」と呼ばれる高度な技術を活用することで実現されました。これは、大型の「教師」モデルの出力を基に、小型でより軽量なAI「生徒」モデルを訓練させる手法です。また、革新的なアーキテクチャもこの効率性に寄与しました。

DeepSeekは、強力なR1推論モデルをオープンソース化するという重要な決断を下しました。この取り組みによって、最先端AIへのアクセスが広く開放され、世界中の開発者が無料でこのモデルを基に開発を行うことが可能になります。同社のモデルにアクセスするためのAPIサービスは、OpenAIの同様のサービスと比べて90%安価であり、AIの基盤層を事実上コモディティ化しています。この傾向は、独自の高コストシステムが持つ競争力を脅かす可能性があります。

これに対し、米国のAI大手企業も黙ってはいません。OpenAIのサム・アルトマン(Sam Altman)CEOは「さらに優れたモデルを提供する」と誓い、同社の最新モデルは複雑な推論やプログラミングにおいて著しい進歩を遂げています。これらのモデルは、AIのコーディング課題解決能力を飛躍的に向上させ、今年の業界テストでは成功率69%を記録しました。これは、2023年のわずか4.4%からの大きな飛躍です。シリコンバレーからのメッセージは明確で、知能の最前線を切り開くのは依然として自分たちだ、ということです。


半導体戦争と自給自足への追求

このアルゴリズムの戦いはハードウェアという基盤の上に成り立っています。中国が自国の技術に依存していることを認識した米国は、AI開発の命綱である先進的な半導体に厳しい輸出規制を課しました。この措置は中国の進歩を妨げるつもりでしたが、代わりに技術的自立への強い推進力を生み出しました。中国の対応は迅速かつ断固たるもので、同国のテクノロジー大手の一社が、米国の半導体設計企業に対する強力な競争相手として台頭しています。一方、米国は自国のサプライチェーンを強化しています。

最先端言語モデルの知能の進化
AI分析指数

AI分析指数:AIの多角的側面を包括する複合指標。モデルの知能レベルを比較する最も簡便な方法であり、7つの評価項目、MMLU-Pro、GPQA Diamond、Humanity’s Last Exam、LiveCodeBench、SciCode、AIME、MATH-500を統合し算出。
出所:Pictet Wealth Management,
期間:2025年6月10日時点
 

米国のCHIPS法は520億米ドル以上を割り当て、半導体製造を米国に回帰させるためのインセンティブを提供しています。また、米国の巨大テクノロジー企業も、単一のサプライヤーへの依存を減らすために、独自のカスタムAIチップ開発に資本を投入しています。こうした取り組みにもかかわらず、技術格差は依然として存在しており、中国は最先端の半導体製造ではまだ遅れをとっています。しかし、中国企業は海外のデータセンターをリースしたり、在庫を積み上げたりするなど、さまざまな回避策を酷使しており、あらゆる手段を講じてこのギャップを埋めようとする決意を示しています。


価値観の衝突:民主的AIと独裁的AI

この競争は技術を超えてイデオロギーの領域にまで及んでいます。AIシステムの選択は、ますます政治的な声明とみなされるようになっています。ヴァンス副大統領を筆頭とする米国の政府高官は、同盟国に対し「独裁主義的な支配者」とAI契約を締結することに警鐘を鳴らしています。米国のビジョンは、言論の自由と自由の理念を反映したAIを目指すことです。


これは中国のモデルとは対照的です。中国のAIモデルは、政治的に敏感な話題を検閲し、国家指導者への批判をフィルタリングすることで知られています。このことから、「民主主義的AI」と「権威主義的AI」という概念が生まれ、データセキュリティやプライバシーに重大な影響を及ぼしています。米国政府が懸念しているは、中国が世界中のユーザーデータへのアクセスを利用して、AIをスパイ活動や悪意のある影響操作に使用する可能性があることです。この懸念がデジタル・デカップリングを加速させており、Perplexityのようなサービスは、DeepSeekのモデルを米国内のサーバーで実行することを提案しています。これにより、中国の検閲を排除してユーザーデータが中国に渡らないようにすることが可能になるからです。


新たなゴールドラッシュ:経済的機会

基盤となるAIモデルのコストが急激に低下する中、真の経済的な機会は、これらの強力な技術をいかに実用化するかというアプリケーション層へとシフトしています。これにより、ヘルスケアや製造業、消費者向けテクノロジー、政府サービスなどの分野で、イノベーションの波が巻き起こっています。特に中国は、広範な導入に向けて非常に積極的に取り組んでいます。2023年の調査によると、中国のAIベンチャーキャピタルの43%が製造業に向けられているのに対し、米国では3%に過ぎませんでした。また、別の調査では、中国企業の半数がすでに積極的にAIを活用しているのに対し、米国企業ではわずか3分の1にとどまっていることが明らかになりました。このような低コストと積極的な消費者基盤によって促進された急速なAIの統合は、中国全体の生産性の大幅な向上につながる可能性があります。さらに、中国のスタートアップ企業はすでにビジネスモデルを転換し、強力で低コストのオープンソースモデルを活用して、大規模な初期トレーニング費用をかけることなく、カスタマイズされたビジネスソリューションを構築しています。


岐路に立つ世界

今後数年間で各国が行う選択は、今後数十年にわたる世界の技術的な構図を決定づけることになり、さまざまな未来の可能性をもたらすでしょう:

1.分断された世界

最も可能性の高い近い将来のシナリオは、世界の主要経済圏における「デジタル・デカップリング」のさらなる拡大です。地政学的緊張の高まりにより、少なくとも2つの並行するAIエコシステムが出現する可能性が加速するかもしれません。一方は、米国とその同盟国が主導するもので、もう一方は中国が主導するものであり、それぞれ異なる基準を持ち、相互運用性が制限される可能性があります。このような状況は協力が妨げられ、世界的なイノベーションを停滞させる恐れがあります。

2.米国の優位性の継続

米国は最先端のハードウェアや次世代モデルにおける優位性を活用して、世界的なトップの地位を維持し、中国を一歩後ろに置き続ける可能性があります。ただし、これは輸出規制の効果と自国のイノベーションの進展速度に左右されます。

3.中国の急速な進展

効率性への注力、巧妙な代替策、そして国内半導体産業への大規模な投資を通じて、中国は主要なAI能力において米国とほぼ同等の地位に達する可能性があります。これは米国のリーダーシップに根本的な挑戦をもたらし、真の二極化したAI世界を生み出すことになるでしょう。



DeepSeekの台頭は、新たな競争相手が登場しただけにとどまりません。それは、AI競争の本質そのものを再定義しました。各国の選択は、もはや単なる技術的な好みの問題ではなく、深い地政学的および経済的な判断を伴うものとなっています。各国が選ぶ道は、未来のAIがグローバルな協力と共有された進歩の世界となるのか、それとも分断されたエコシステムと技術的覇権をめぐる対立が激化する世界となるのかを決定づけるでしょう。

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